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私は怪人二十面相
本日。あなたを、お連れするのは欲望と自意識の世界。「モテたい」「推しがいる」「金持ちになりたい」「有名になりたい」……。
そんな欲があれば素質は十分。
さぁ、あなたも今日から怪人二十面相。
目を閉じて深呼吸。
数秒で私は境界線を跨ぐ。
明るいスタジオに「5秒前」の言葉が響きわたった。“今日も日本中に元気を届ける!”決意を持って瞼を開ける。
そう、私は水トちゃん!
さわやかな笑顔と共演者への気配り。いつも通り聞き取りやすい滑舌で進行できたはず。肌は雪のように滑らかで、もちもちだ。羨ましい。
食べ物を口に含めば「幸せそうに食べるね」と、周りからの視線も温かい〜。
あぁ、最高。
「ZIP」
ハートを手で描くと、無事に今日の放送も終了だ。緊張のせいか、掌にジュワっと汗を感じる。
やりきった。
「ただいまぁ」と玄関の扉を開ける。
ん?この匂い。まさか、結婚発表の時に言ってた、だし巻きたまご?
「お疲れ〜」
イケメンボイスが私を迎えてくれた。だし巻きをフライパンから皿に移す彼は、そう、あの有名なカメレオン俳優。
あぁ、最高だよ、幸せすぎるよ。
そこでピピッとアラームが鳴った。「もう10分か。ちょうどいいところだったのに」惜しみながら憧れの世界をあとにする。
本日の任務は終了だ。境界線を飛び越え現実へ。私はニヤけて緩んだ頬にギュっと力を入れた。
よしっ、いつも通りの自分。
完全犯罪。
これで誰にも、数分前まで私が水トちゃんだったとは悟られまい。
***
告白しよう。私はベテランの妄想家だ。
妄想を始めたのはいつからだろうか。確か1番最初は小学校にあがる前。それから続けているので、年数にすれば30年近くになる。
マルコム・グラッドウェル氏は、自身の本『天才!成功する人々の法則』で、一流になるには1万時間の練習や努力が必要だと語った。
私は一流の妄想プレイヤーを目指しているので、これまで通り継続した鍛錬が必要だ。1日だってサボっている余裕はない。
妄想は、脳内で想像を膨らませれば、誰でもすぐに始められる。場所を選ばず、TPOさえ意識すれば周りに迷惑をかけない。それでいて可能性は無限大。
保育園の年長時、私は卒園文集で「セーラームーンになりたいです」と書いた。当時、同じように考えている女の子はたくさんいて、文集にはセーラームーン候補生が並んだ。
他にも、ウルトラマン・野球選手・学校の先生やケーキ屋さんまで。多種多様な夢が並び、私達はその希望に胸を膨らませていた…はずである。
しかし。
憧れの職業に就けた人はほんの少数。特にセーラームーンやウルトラマンの場合、大人になる前に「あれは別世界のことだ」と、嫌でも現実をつきつけられる。
けれど、そこで諦めなければ夢は叶う。妄想という手段があるではないか。
目を瞑り、日頃見てきた戦闘シーンを出来るだけリアルに思い浮かべるのだ。セリフや情景、現実世界もミックスすれば、より確実に戦士が憑依する。
気付いてからは夢中だった。実在するかしないかに関わらず、次々と憧れを脳内で具体化した。
数年前、幼いわが子が「カブト虫のオスになりたい」と言った時。ものは試しと、私は昆虫にだってなったことがある。
ここまで読んで「しょせん妄想」と笑う、そこのあなた。
ちょっと待って欲しい。
私からしてみれば、その発想は妄想の初心者と言わざるを得ない。
日々練習を重ねたのか?現実世界で憧れの対象物をよく観察したか?そして、それを脳内で爆発させたのか?一つでも欠けていたなら改善の余地はある。
「お金が欲しい」
「アイドルになれたら……」
「推しと結婚したい」
「社長になりたい」
日常生活で口にすれば、痛い子・貪欲な人と冷たい視線で見られるこれらの願望。それら全てが、リアリティある妄想をするための起爆剤なのだ。
瞑想は頭を空っぽにして、心を静める。
一方、妄想は頭を欲でいっぱいにして、心を開放する。
最近では、瞑想は自律神経を整えるのに効果があると、毎日5分の瞑想習慣を推奨する話を聞く。同様に定期的な運動習慣は健康のためになるのも周知の事実だ。
が、しかし。
妄想習慣を進める有識者を、私はまだ見たことがない。
「1日10分の妄想を」
短い時間でも、確実な幸福感が得られ、もしかしたら肌艶にも影響するかもしれない。
お金が欲しい時に言う、
「宝くじ当たらないかな」
「買わなきゃ当たらないしな~」はセットで聞く常套句だ。
一方で、こと妄想に関して言えば、「宝くじ当たらないかな」と思えば買わなくても当たるのだ。コスパが異次元すぎる。
人の一生は短い。
どんなに努力しても、自己実現できる幅には限りがある。そこでぜひ妄想を活用して次々に夢を叶えて欲しい。
世界が大谷翔平に驚愕している。
そのニュースを横目に見ながら、私は大谷翔平とメッシの二刀流をする。もう何がどう二刀流なのかは分からない。
それくらい妄想は自由だ。
もちろんそれらは、各レジェンド達へのリスペクトあってのこと。自分の人生で叶えられないからこその妄想なのだから。
***
今でさえ、ベテラン妄想家の名をほしいままにしている私だが、実は過去に苦い失敗もある。
あれは高校2年の夏。部活の練習試合で大敗した日のこと。意気消沈していた帰りの電車内で、それは起こった。
少しでも気分を明るくしようと私は目を閉じ妄想を始めた。当時、何の欲を描いたのか、内容までは覚えていない。
しかし、その脳内イメージは確かに私の心を癒した。
電車に揺られて目を開けると、私は何事もなかったかのように楽しく友人と会話を始めた。“やはり妄想のパワーはすごい”そう確信めいたものを感じながら。
その時だ。
「ちくわちゃんって、不思議だよね」
友達の言葉にハッとする。何かがバレたのではないか?そう考えただけで皮膚が冷たくなる。
「なんか、上手く言えないけど。常に地面から3センチくらい浮いてる感じがするっていうか」友達の意図するものを必死で掴もうとした。
「悲しいことが起きた後でも、なんか違う世界線にいる感じなんだよね」
そう友達は言って「あ、変な意味じゃないからね。良い意味で」と付け加えた。
良い意味で……。
きっと、不思議ちゃんだと思われているのだ。瞬時にそう悟る。
そして自分でも感じる。
そうだよな、確かに。
しかし、家に着く頃には頭に疑念が生まれていたのである。
「不思議ちゃんと思われたのは、私のプロ意識が足りなかったのではないか」と……。
それから私は変わった。プロとして志高く、ストイックに向き合う決意をしたのである。
まず、家以外の場所で妄想をしなくなった。そして、空想と現実の境界を、以前よりハッキリと見つめ直す。
時間も、きっかり10分に定めた。長すぎても短かすぎても、リアルなイメージには繋がらない発見があったからだ。
そのうちに、妄想の入り口に突入する時間も出口から現実に戻る時間も各段に早くなった。
【絶対に現実の世界に影響は残さない】
真摯に妄想と向き合った結果、それが私のポリシーとなった。
***
何色にも重なるライトが私を照らす。
“今日まで応援してくれてありがとう。”
ステージから泣いているファンの顔を見ながら、これまでの歩みを振り返った。どんな時も支えてくれた。あなた達がいたからこれまで頑張れた。
最後は笑顔で。
みんな元気でね!
手を振りかけたところで、けたたましいアラーム音が響く。
時間だ。
マイク代わりにしていたリモコンをそっと床に置く。小走りに洗面台に移動して鏡に向かった。さっきまでの歌姫、安室奈美恵の仮面はすっかり剥がれている。
薄い眉をペンでなぞった。
玄関の戸を開けて、たじろぐほど強い太陽の日差しを避けながら車へ向かう。
白昼堂々やってのけた。さっきまで私が歌姫だったとは誰も思うまい。
娘を園に迎えに行く車内、フロントミラー越しに自分の顔を見る。すっかり“母ちゃん”の顔。エンジンをかけて車を加速させ、私は1人ほくそ笑む。
さて、次はどんな大物を狙おうか。
fin
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