森田の裏切り。キャッチセールスとの戦い
道を一人で歩いていると、見知らぬ男性から声をかけられる。
「お姉さん!ねえねえ、どこいくの?ちょっと時間ない?」
断っておくがこれはナンパではない。
キャッチである。
私は「キャッチ」と呼ばれる人たちが嫌いだ。
まだ年端もいかない、世間に疎い純朴な若い男女、特に女性を狙ってカモにしようとするその心根、商売スタイル全てを心底軽蔑する。
世間知らずの若者をターゲットにするキャッチセールススタイルほど卑怯でダサイものはない。
いっぱしの大人なら大人らしく、分別も教養も常識も兼ね備えた真の大人に正々堂々挑んで騙さんかいっ!
今でこそほとんどないが、20代前半の頃私は度々キャッチから狙われた。
顔のパーツが丸い私は舐められやすく、カモにされやすい顔だちをしていたと言える。
キャッチは私に、ため口で馴れ馴れしい言葉をかける。
ため口で親しみを与え警戒心を解こうとしているとしたらそれはまったくもって私には逆効果である。
気高い私の魂は、下賤の者にため口で声をかけられることを良しとはしない。
「ねえねえ、どこ行くの?ちょっと時間ない?」
心の中で「黙れ愚か者!私をどなたと心得る!?」と自尊心の強い黄門様(残念ながら助さんも角さんもいないから、自分でその役回りを補完)みたいな回答をしつつ、実際の私は視線も合わせず
「いいです」
と顔に似合わない低い声でピシャっとシャットアウトするのが常。
そんなキャッチ嫌いの私が、一度だけ足を止め話を聞いたことがある。
そのキャッチは、私と同じ若い女性だった。
「あ…あの…すみません」
声を掛けられる前にキャッチの者を見抜く超高性能センサーを搭載していた私のセンサーは彼女に反応しなかった。
道でも尋ねたいのかな?
そう思い人助け精神あふれる私は足を止めた。
ところがどっこい、その女性はたどたどしいながら一生懸命エステの勧誘を始めたのだ。
自信なさげだが必死なその姿からは、彼女に課された街頭キャッチの厳しいノルマの存在が見え隠れしていた。
彼女は言う。
話を聞いてもらえるだけでいいんです。10分もかかりません。
きっとこの人は不器用で人見知りで話力もなく、厳しいノルマを達成できまい。
気弱なこの人が悪徳キャッチ業者から責めたてられる姿がリアルに想像でき、私の中の慈悲の心が、頭をもたげた。
急ぎの予定があるわけでもなし、この女性を助けると思って話だけ聞いてあげよう。
まさにlove&peace。This isヒッピースタイル。
見知らぬ他人である私にちゃんと丁寧語を使って適切な距離を取ってくれたことも高感度大であった。
話を聞くだけで、エステでも実際に使用されている素晴らしいパックとやらをいただけるという話に釣られたわけではない。
さて、彼女に連れられて入ったのは雑居ビルの一角。
こちらです、といって案内された一室と同フロアに「武富士」だの「むじんくん」だの消費者金融会社が設置している自動契約機がおびただしく並んでいるのを見て一瞬たじろぐ。
「お金がない」と断ろうものならここに引っ張っていかれるんじゃないだろうか。
love&peaceだのと言ってのこのこ着いてきてしまい迂闊であった。
私も結局は世間を知らないウブな子供だったのである。
さて案内された一室に入ると、私を連れて来た気弱系女子は少々お待ちくださいといって奥へ引っ込んでいく。
周囲を観察すると、いくつかのテーブルに、これまたいかにも「断れません」といった風貌の女性たちがポツリと座り、押しの強そうな声のデカい女性のマシンガントークにたじたじとなっている姿が散見される。
なるほど、私ってこんな風に見えているのね。
テーブルに座り待っていると、奥から派手なメイクを隙なく施したガンガン系女子が満面の笑みでやってきた。
「ここからは森田(私を連れて来た女性の仮名)に変わって私がお話しまーす!」
その瞬間、雷に打たれたようなショックを受けた。
森田の裏切り!!!
森田は私を裏切ったのだ!
まさに怒髪天を衝くである。
私の慈悲、love&peaceの心は見事に食い物にされたのだ。
ちなみに、森田はその後一切姿を見せることはなかった。
のほほんとして見られる丸い私の目が突然据わり、体中から不機嫌オーラが立ち上る。
営業トークに相槌一つ打たず黙り込む私をガンガン系女子は攻めあぐねていた。
「この機械凄いんですよ~!今目に見えていない将来のシミも見えるんです!見てみませんかぁ!?」
「結構です。未来のシミなんて見たって嬉しくもない」
そう吐き捨てた私は、話を聞くだけでもらえるという、エステでも使用されている高性能パックを手に席を立った。
キャッチセールスには腹が立ったが、今思うと悪徳業者じゃなくて助かった。パックももらえたし。
その日の夜、ワクワクしながらパックを手に取った。(結局パックをタダで貰えるという点が私のlove&peace心を強烈に後押ししていたのだ)
ペランっ
余りにも頼りなく儚い素材感。
それは目・鼻・口部分だけ穴が開いたセロハンだった。
やってくれるよ…
だからキャッチは嫌いなんだ。