SUMOトーナメントを見にオーストラリアから客人が来るぞー!
輝かしき20代最後の年に私はオーストラリアにいた。
イタリア系ブラジル人のトニーと、ユダヤ系のタマラという夫婦の大きなおうちにホームステイで結局丸1年お世話になった。
トニーとタマラの家は家族が住まう母屋と別に、離れに留学生専用の二階建ての建物が用意されていた。
そこには個室が5部屋あり、常時留学生たちが出たり入ったりを繰り返していた。
私は、その建物の2階にある5部屋中一番巨大(huge:ヒュージ)な部屋を偶然にもゲットし、留学生活をスタートさせた。
ステイ先に到着した初日、部屋を案内してくれたタマラから「TAITAIはラッキーガールよ!うちで一番hugeな部屋をゲットしたんだから」と言われたのだが、当時の私は「huge」の意味が分からずひたすらに首を傾げ続けた。
その様子を見て私の英語力を察知したタマラが「BIG」と言い替えしてくれたおかげでようやく意味を理解するに至った。
そして私が留学して初めて覚えた記念すべき言葉が、この「huge」となった。
さて、未成年の留学ならいざ知らず、大抵の場合20代後半のいい大人が留学する際は海外生活に慣れるため最初のみホームステイを選び、数か月後にはステイ先を早々と出ていく人が大多数だったように思う。
ところがおそらくトニーとタマラの想像に反し、私は留学生活の最後の日までその巨大な部屋の主として君臨し続けたのだ。
単純に新しい部屋を探すのが面倒だったこともあるのだが、二人ととても気が合ったということも大きかった。
夜な夜なトニーお手製のおしゃれなデザートを囲み、つたない英語で恋バナを聞いてもらう時間がとても好きだった。
そんなトニーとタマラから最近久しぶりにメールが届いた。
近々日本に遊びに行くため会えないかというお誘いだった。
「7月頭に東京のヒルトンホテルで会えたらと思っています」
いやいや、現時点で6月下旬やがな。
トニー、私が東京に住んでると思ってるな。
外国人あるある。日本人はみんな東京に住んでいると思っている。(そんなあるあるがあるか知らないけど)
エアプレーンに乗らなきゃいけないのよ。チケット予約して。
事前に会社に有給申請出さなならんのよ。
ごめんねトニー。
そんな感じのお断りメールをネットの無料翻訳機をフル活用しつつ作成。
当時から悲惨だった私の英語のスキルはその後10年の時を経てもうどうにもならないレベルにまで落ちている。
トニーからのメールはなんとか読めるが、書けない話せない、そして聞き取れないの英語三重苦である。
トニーとタマラにはめちゃくちゃ会いたい。
それは紛れもない真実だ。
だが三重苦を患っている私が二人の前におめおめ顔を出したとて、再会して1分半で力尽く。
「ハーーーイ!!!!(ビッグスマイル)」
「オーマイガッ!トニー!!!!(ビッグハグ)」
「・・・・・!!!(!)」
サウンド・オブ・サイレンス。
静寂の音が聞こえる。
この後の時間をどうしたもんか。
どうやったら二人を喜ばせられるだろうか。
土地勘もないこの東京砂漠で。
日本で5本の指に入る超重症方向音痴の私が、外国人である二人をエスコートする?このコンクリートジャングルを!?(砂漠だったりジャングルだったり、私の東京への恐れ、半端なし)
二人を道連れに行き倒れてしまうのが関の山だ。
ああ…でも本当にお誘い嬉しかった…!
その気持ちを込めて、最近の私や息子の写真を添付して送ると、トニーから光の速さで返信が来た。
「安心してTAITAI!私は来年も日本に旅行する予定です。その時にあなたの住んでる場所で会いましょう!SUMOは好きですか?SUMOトーナメントのチケットを取ります。一緒に見ませんか?」
え、わざわざ九州まで来てくれるの?(もう逃げられぬ)
彼が言うには、来年は彼の妻タマラとではなく、彼のシスターと来るのだという。
4人席のチケットを取ってプレゼントするから、もう一人TAITAIの友人でも誰でも誘っていいよとの富豪の提案に恐れ入る私。
っていうか相撲?
見たことはないが、ちょっとくすぐられる。
実際見ると迫力が凄いらしいという噂を聞いたことがあるし、なんといっても今一番日本でホット(←この言い回し、トニーとメールをする中で僅かに蘇った私の英語脳)なドラマ、サンクチュアリ!
そうだそうだ!
トニーにサンクチュアリのことを教えてあげよう。
私もまだ見ていないが、このためだけにネットフリックスは最近契約を済ませたばかりだ。
そうだそうだ!
トニーと彼のシスターとタマラにプチギフトとしてフェイラーの相撲柄のハンカチを用意しておこう!!
英語!?
知らんがな。
SUMO見ながら「ワーオ!」と「ヒュージ!(力士を見て使用する予定)」のやりくりでなんとかやろう。
やってやれないことはない!
腹を決め、快諾の返事とともに、サンクチュアリを勧めておいたら、トニーからまたしても光の速さで返信が来た。
「Tamara and I have watched it ..very violent at the beginning but an excellent show」
(私とタマラ、それもう見たよ。始まりはめっちゃバイオレンスだったけどすんごい良かった!)
もう見てた(笑)
日本に住んでる私より早くもう見終わってた。
オーストラリアからSUMOトーナメントを見るために来日する外国人にサンクチュアリというHOTなドラマを教えてあげよう。
よっ!小粋!!
めちゃくちゃナイスアイディアだと心躍っていた私、インターネットの登場で世界が狭くなったことを思い知らされる。
願わくば、トニーとタマラがフェイラーの「ハッケヨイ」に目を付けていませんように。
そして願わくば一年後、何故かトニーが日本語ペラペラになっていますように(どこまでも他人任せ)。