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考察:日本における原発活用の推進シナリオ

第一層:本稿の問題意識と結論の方向性

1.1 なぜ原発が活用されにくいのか、改めて考える

東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を受け、日本の原子力発電の在り方は大きく変化しました。それ以前は、発電コストが比較的安いベースロード電源として「原発の活用」が国策の柱に据えられてきました。しかし震災後は、

  • 安全対策の強化

  • 社会的・政治的な反発や規制の高度化

  • 既存炉の老朽化と後手に回ったバックエンド(使用済み核燃料の再処理・最終処分)問題

  • 政権交代や党内対立による政策の揺れ
    など、複合的な障害が重なって事実上新設・リプレース(建て替え)もストップし、老朽炉の再稼働すらままならない状況が長く続いています。

一方で、気候変動問題が深刻化するなか、二酸化炭素排出の少ない電源として「原発はやはり必要ではないか」との声が再び浮上し、政府も2022年末に「廃炉を決めた立地での次世代革新炉への建て替え検討」を打ち出すなど、従来方針を転換する動きが始まりました。しかし、そう簡単に物事が進むわけではありません。実際、「福島事故を繰り返さないための厳格な規制」と「投資を回収できるだけの発電コスト・建設費用」を両立させるのは容易ではないからです。

1.2 結論の方向性:「従来の常識」を少しずらした複合シナリオ

本稿では、「その両立はもう不可能なのか?」という問いに対して、**「廃炉決定サイトに複数の小型革新炉を段階的に導入し、一部再処理&地元参加型の廃棄物処分をあわせて進める」**という新しいシナリオを提案します。わかりやすく言えば、

  1. 大規模炉1基を新設する代わりに、出力の小さい原子炉をまとめて敷地内に建てていく

  2. 使用済み核燃料をすべて再処理しようとせず、再利用可能なものだけ選別してMOX燃料化し、残りは直接処分

  3. 地域社会が廃棄物処分事業の運営に出資・関与し、雇用・税収のリターンを受け取る

というパッケージ戦略です。「小型化による安全性向上と建設期間短縮」「バックエンド問題を地元と共創しながら前進させる」という発想は、従来とはかなり違った形だと思います。もちろんハードルは高いですが、今のまま行き詰まっている状況に風穴を開け得るかもしれません。


第二層:原発活用が滞る“4つの根本課題”とその背景

では、なぜここまで原発活用が難しくなっているのか。その理由を、本稿では4つの柱として整理します。これらは互いに影響し合うため、一つだけ解決しても全体がうまく前に進みません。だからこそ最後にご提案する「複合シナリオ」が必要になるのです。


2.1 安全対策強化と老朽炉延命が招くコスト構造の変容

2.1.1 福島事故後に一変した安全規制

2011年の福島第一原発事故を受け、日本の原子力規制制度は大幅に強化されました。「世界で最も厳しい基準」とも言われる新規制基準が2013年に施行され、地震・津波対策はもちろん、テロ対策施設や広域火山リスク評価など、従来以上に想定範囲を拡大した多角的安全性の検証が求められるようになりました。

その結果、既存炉を再稼働させるには膨大な追加安全対策工事が必要となり、1基あたり数百億〜数千億円という投資額がかかるケースも珍しくありません。古い炉であるほど必要改修も増え、リプレース(新炉への建て替え)を検討してもやはり工期の長期化・建設費の高騰によって「原発は安価な電源」という従来のイメージが揺らぎ始めました。

2.1.2 40年ルールの緩和と老朽炉への巨額投資

日本の原子炉は運転期間を40年とし、特別な認可を得れば最長60年まで延長できる制度でした。しかし、福島事故後、60年運転も「本当に許容できるのか」という慎重論が強まる一方、脱炭素やエネルギー安定供給の観点からは「急に全炉を廃止してしまうわけにもいかない」という声も根強い。結局、2023年に関連法が改正され、停止期間を運転年数に含めないなどの新ルールが導入されました。

結果として高浜1・2号機や美浜3号機、東海第二など運転開始から40年を超える炉の継続が進められていますが、延命にはやはり数千億円単位の安全投資が伴うため、電力会社の投資負担は大きいです。「経営的に見合うのか」という議論が常につきまとっています。

2.1.3 小型炉がもたらす新たな選択肢

こうした背景の中、世界では**SMR(小型モジュール炉)**などの次世代炉に注目が集まりつつあります。炉心が小さい分、安全設計をシンプルにでき、巨大な緊急冷却設備を何重にも重ねなくても炉心損傷リスクを低減しやすいといった特性があるとされています。また、工場でモジュール化した部品を現地で組み立てる方式なら工期の不確実性が小さくなる可能性もあります。日本でもこうした次世代炉の開発を加速させようという動きがようやく本格化してきました。


2.2 核燃料サイクルと最終処分の行き詰まり

2.2.1 もんじゅ・六ヶ所村が象徴する政策の混迷

「原発で発電した後の使用済み核燃料をどう処理するか」は、大きく分けると**再処理(プルトニウムやウランを再利用)直接処分(使い切った燃料をそのまま埋設)**の二択になります。日本は長らく「再処理路線」を採ってきました。高速増殖炉「もんじゅ」が成功すれば、投入以上のプルトニウムを生産して燃料が“増えていく”という壮大な夢があったからです。

しかし「もんじゅ」は度重なる事故・不祥事の末、ほとんど運転できないまま廃止が決定。さらに青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場も数え切れないほどの延期を繰り返してきました。開始から30年以上経っても本格稼働の見通しが立たず、投じられた巨額資金は**いわゆる「埋没費用」**として重くのしかかっています。

2.2.2 「再処理一択」に固執しづらくなった現実

再処理には確かに利点もありますが(燃料資源の節約など)、実際は

  • 高速増殖炉が失敗したことでプルトニウムが増えるわけではなく、むしろ余剰プルトニウム在庫を抱える事態になっている

  • 再処理工場の建設・運転コストが膨大で、国際的には再処理を断念して直接処分へ移行した国が多い
    という厳しい現実があります。一方、使用済み燃料を直接処分する場合には「高レベル放射性廃棄物を地層処分する」ことが不可欠ですが、日本では処分地選定がまったく進んでおらず、自治体の反対も根強いです。

いずれの方法を選んでも、莫大な費用負担と地元同意のハードルがあり、さらに「途中で路線変更すれば国や電力会社が背負う損失が膨れ上がる」という構造が国を身動きしにくくしているのです。

2.2.3 ハイブリッド路線という妥協点

こうした袋小路的状況を打開するには、「使える燃料だけ再処理し、残りは直接処分」という折衷案が有力とする専門家も増えています。膨大な量のプルトニウムを持つことへの国際的不信感もあるため、一部の次世代炉でMOX燃料を有効利用し、不要分は地層処分へというハイブリッド構想が浮上し始めています。政府も公式にそこまでは言い切っていませんが、実質的には「大幅な再処理路線の縮小化」が不可避との見方が強まっています。


2.3 社会的合意形成のハードルと“地元”の拡大

2.3.1 「30km圏外でも原発の影響は及ぶ」という認識

福島事故以降、「立地自治体と都道府県が同意すればよい」というこれまでの慣例が大きく揺れました。放射性物質の拡散リスクは市町村の境界に縛られず、30kmをはるかに超える範囲に広がる可能性があります。たとえば琵琶湖を水源とする滋賀県が、隣県の原発に対して強い関心と警戒心を示すようになったのは象徴的な例です。

こうして「自分たちも地元利害の当事者だ」と考える自治体が増え、合意形成の当事者範囲が拡大しました。しかし実際の制度上、それら周辺自治体が法的同意権を持っているわけではなく、国や電力会社と対等に交渉できる立場でもありません。このギャップが再稼働や新設を巡る調整をさらに難しくしているのです。

2.3.2 従来型の交付金スキームが機能しにくい

日本の原発立地では、国や電力会社からの交付金や補助金によって経済的メリットを得られる「立地自治体」と、それらの恩恵を受けにくい周辺自治体との間に情報格差と意識差が生じてきました。ところが福島事故後は、周辺住民の理解なしに原発を動かすのは実質的に不可能に近く、立地町村だけの合意では十分とは言えません。

そのため「より広域的な住民を巻き込む仕組み」「自治体が主体的に安全監視や運営に関わるスキーム」を考える必要に迫られています。再稼働においては、周辺県の知事や議会が「自分たちも同意権を持つべきだ」と主張する事例が増えてきました。これは新たな社会的合意プロセスを設計しない限り、原発建設・運転が実務的に進まないことを意味します。


2.4 政策リスクと国際的な潮流

2.4.1 10年単位で揺れ動く日本の原発政策

日本政府の原発政策は、政権交代や党内対立によって方針が大きく変わってきました。2012年、民主党政権は「2030年代に原発ゼロ」を掲げましたが、直後に自民党政権へ交代すると「原発を重要なベースロード電源」と位置付けが変更。さらに近年では、カーボンニュートラルの文脈で再び原発延命・新設の機運が高まりつつあります。

こうした大きな振れ幅は電力会社にとって大きな事業リスクとなります。原発建設や長期運転のためには数千億〜数兆円規模の投資が必要ですが、次の政権で「やっぱり原発ゼロを目指す」と急に方針転換されれば、投資が回収できなくなる可能性もあります。そのため、新たな原発投資を判断しづらい構造がこの10年あまり続いてきました。

2.4.2 海外で進む次世代炉開発と再評価

一方、世界を見渡すと、アメリカやカナダ、イギリスなどではSMRや高温ガス炉といった次世代炉への投資が加速しています。カーボンニュートラルの目標年を2050年前後に据える国が多くなるなか、「大型の既存炉は建設リスクが大きいが、小型炉なら導入しやすいのではないか」という期待が広がっているのです。もっとも、その実証プロジェクトでもコスト上昇や延期が相次ぎ、中断に追い込まれる例もあります。

日本国内でも、「廃炉が決まった既存サイトに新型炉を建設し、2030年代半ばの運転開始を目指す」という方針が打ち出されています。しかし政策支援や安全審査の新基準整備、人材育成などの課題が山積しており、海外のように素早く商業炉へ移行できるかは未知数です。


第三層:4つの課題を同時解決する新たなシナリオ

3.1 シナリオの核心:「小型炉の集合導入+部分再処理+地元参加型処分ビジネス」

以上の4つの課題(安全強化によるコスト負担・核燃料サイクルの迷走・広域合意形成・政策リスク)を一気に解決できる明快な打ち手は存在しません。ただ、それらを一つの統合パッケージとして動かすことで、部分的にプラスの相乗効果を生み出すシナリオが考えられます。具体的には以下のようなものです。

  1. 既存廃炉サイトを活用し、小規模モジュール炉(SMR)や新型炉を複数基建てる

    • 大型炉1基を数千億円かけて一度に建設するリスクを避け、工場製造方式でモジュール化された小型炉を1基ずつ段階的に設置していく。

    • 送電網や立地自治体への交付金・税収システム、原発関連の技術者コミュニティなど、すでにある資産を再利用できる。

    • 廃炉に伴って失われる雇用や産業を「次世代炉の導入」によって継承する形になるため、立地自治体としても受け入れやすいインセンティブが働く可能性がある。

  2. 再処理は“全量”ではなく“必要な分だけ”に限定し、直接処分も容認する

    • 現在は「使用済み燃料は基本的にすべて再処理」と謳っているが、実際にそれを履行できるだけの生産能力を六ヶ所村が確保できるかも怪しい。

    • そこで、次世代炉向けに使える一部の燃料だけ再処理してMOX化し、残りは地層処分へ回す方針に切り替える。

    • 結果として再処理費用が圧縮され、余剰プルトニウムを無闇に抱え込むリスクも減らせる。

  3. 高レベル廃棄物処分を“地元参加型ビジネス”として成立させる

    • 今最も難航しているのが「核のごみ(高レベル放射性廃棄物)をどこが引き受けるのか」という問題。

    • 小型炉建設と並行して、中間貯蔵や一部処分に取り組むための新会社を地元や自治体ファンドが主体的に設立し、その運営利益を地域で分配する。

    • 単に危険なものを押しつけられるのではなく、「核廃棄物管理事業を通じて雇用・産業・収益が地域に還元される」という構造を作ることで、合意形成のハードルを下げる狙いがある。

  4. 政府が規制や政策を長期的にコミットし、投資リスクを下げる

    • SMR向けの新しい安全審査基準を早期に整備し、一定の基準を満たせば10年以内に認可するという明確なプロセスを打ち出す。

    • 廃炉・次世代炉導入・廃棄物処分を一体化するスキームに対して、国が責任をもって負債リスクを部分保証するなど、民間投資を呼び込みやすい法制度を整える。

    • 政権が替わっても根本方針が大きく変わらないよう、「国会承認レベルの複数党合意」を得るなど、政策の安定性を高めるための政治努力が必要。

3.2 なぜ「複数の小型炉」をまとめて導入するのか

  • 安全面:炉心規模が小さければ自然対流冷却など受動的安全機能を設計しやすく、過酷事故リスクを相対的に下げられる。したがって大型炉ほど莫大な安全設備を追加する必要がなく、結果的に設備コストを抑制できるかもしれない。

  • 経済面:モジュール式の量産効果が出れば、1基あたりの建設費は下がる可能性がある。初号機はどうしても割高になりがちだが、複数号機を建てていくうちにノウハウを蓄積してコストダウンを狙える。

  • リスク分散:大型炉1基が故障やトラブルで停止すると電力供給と投資回収に大きな影響が生じる。しかし小型炉を複数配置しておけば1基が止まっても致命的にはなりにくい。

  • 地域との共存:既存の廃炉サイトに段階的に追加建設するため、地域コミュニティの雇用や専門技術者の継続活用がしやすく、合意形成が比較的スムーズになる可能性がある。

3.3 「再処理か直接処分か」の二項対立を超えるアプローチ

  • 従来日本は「使用済み燃料を100%再処理する」方針でしたが、高速増殖炉の実現性が消えた今、その費用対効果が疑問視されています。

  • しかし一気に直接処分へ転換するには、六ヶ所村の再処理工場が宙に浮き、地元(青森県)との契約問題も膨大な補償金問題も発生しかねません。

  • そこで「使えるものだけ再処理し、残りは直接処分」という現実的シナリオを当事者全員で合意し、「徐々に再処理施設のスケールダウン」や「各地に分散配置される乾式貯蔵施設」の拡充を進める方が、政策的ダメージが少ない可能性があります。

  • 次世代炉(SMRや高温ガス炉など)でプルトニウム混合燃料(MOX)を活用する明確な道筋を示せば、国際的な核不拡散の懸念もやや和らげられます。

3.4 地元が主体的に“廃棄物管理ビジネス”に関わるメリット

  • 受け入れ拒否感の解消:これまでは「使用済み燃料や高レベル廃棄物を預かってほしいがメリットはわずかな補助金だけ」という構図でした。地域にしてみれば「危険なごみを押しつけられる」という印象が強く、反対運動が絶えなかった。

  • 主体化による経済波及:もし地元自治体や地域ファンドが処分・管理事業の出資者・経営者となり、適切な収益が得られる仕組みを設計できれば、廃棄物管理そのものが地域産業になり得る。

  • 透明性と安全性の向上:住民自身が経営・監視に関われば、「情報隠しで不安を煽られる」構図から脱しやすい。ヨーロッパなどでも、処分場周辺に住民参加型の委員会を置く例があり、住民が監視員として実際の施設運営を見守る体制を整えれば、トラブルや不正が起きにくくなる。


第四層:実現へのハードルと、それでも目指す意義

4.1 想定される困難

  1. 地域の反発や心理的抵抗

    • 福島事故の記憶はまだ生々しく、安全性への不安は根深い。いくら小型炉と言っても「原発は原発」という見方は根強く、説得には時間がかかる。

  2. 政治的合意形成の難しさ

    • 立地自治体や周辺自治体、県、国会、さらに政権交代時の政策変更リスクを含め、調整すべき利害関係者が多い。

  3. 初号機コストと安全審査

    • 新技術には規制委員会がゼロから基準整備を行う必要があり、審査に長年かかる可能性がある。建設費も試行錯誤の初期段階では高騰が見込まれる。

  4. バックエンドにまつわる「埋没費用」問題

    • 六ヶ所再処理工場の莫大な投資や、青森県との契約上のしがらみなどをどこまで整理して再構築できるか。新制度設計には相当な政治手腕を要する。

4.2 それでも追求すべき理由

  1. 老朽炉延命の危うさ

    • 新規建設が進まない現状では、やむを得ず60年運転の老朽炉に頼る傾向が強まる。しかし老朽化でトラブルリスクが高まり、必要投資額がさらに増えるジレンマがある。

  2. CO₂排出削減とエネルギー安全保障

    • 気候変動対策として再生エネルギーを増やすことは急務だが、送電網や需給調整力の課題も大きい。化石燃料への依存度を下げるために原発を一定程度活用する可能性を捨てきれない。

  3. 既存問題の先送りによる被害拡大

    • 核のごみは原発を止めても既に存在し続ける。合意形成の困難から目を背けると、将来世代への先送りが進み、最終処分地選定はいよいよ難しくなる。

  4. 国際的潮流の中での技術開発機会

    • 世界的にSMRや高温ガス炉などに大きな投資が集まっている。日本がいったん技術開発を諦めれば、いざ本当に必要になった時に国際競争から大きく出遅れる恐れがある。

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