出会いは、社協へのおしかけボランティアからはじまった。
不登校だった中3のある日。
職安に通っても仕事を紹介してもらうことはできず。職に就くことを諦めたわたしは、市内の社会福祉協議会に赴いた。
「何かお手伝いできることはありませんか。」
社協に行けば、ボランティアができる。漠然とそう思っていた。
ボランティアという言葉自体はあまり好きではなかったのだけど。
事務所の片隅で、ロータスクーポンや古切手を切る手伝いをさせてもらうことになった。
定例で行われていた、手話サークルにも顔を出すようになった。
社協の方に勧められて参加した「ボランティアの集い」で、隣の席の女性と仲良くなり、すぐに友達になった。
わたしの親世代の彼女は、特別養護老人ホームの介護福祉士で、在宅介護支援センターに勤めていた。彼女はとてもアクティブだった。(車椅子の友人たちと出かけるために、彼女の軽自動車は後ろに車椅子が乗せられるよう改造されていた。)
彼女に誘われるがまま、一緒にあちこちに出かけた。当時は風船バレーがブームで、仲間内で楽しむほか、各地で試合も開催され、そこでまた出会いが広がった。
友達を紹介すると言われ、いろいろな施設に遊びに行ったりもした。当事者の社会参加グループに参加するようになって、たくさんの友達や知り合いもできた。
仲間との活動はとても楽しかった。
みんな何かの障害を持っていたけど。まだ中学生で未成年だったわたしが、手伝うことなどほぼほぼ無かった。逆にみんなに世話してもらって、助けてもらった記憶しかない。
知らないことをたくさん教えてもらったり、遠出する時は、車にのせてもらったりした。
車椅子用に改造された車は、それぞれみんな違っていて、人それぞれに工夫しながら、車を運転し、車椅子の乗降をされていて、おもしろいなと思った。
重量のある電動車椅子は、ひ弱なわたしの力では抱えられなかった。入れるお店を探してあちこち歩き回ったおかげで、市内のバリアフリー事情にはかなり詳しくなった。(笑)
パソコンや無線のことを教えてもらったのも、その時出会った友人たちからだった。
その後の進学先に、福祉を選んだのには。
このときの経験も影響しているのかもしれない。
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