走れロールキャベツ
教祖は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のロールキャベツもどきを除かねばならぬと決意した。
幼い頃からひき肉をキャベツで包んでコンソメで煮たロールキャベツが食卓に並んでいた。
これは非常に美味であり、あまり飯の旨さを褒めない教祖がにロールキャベツ作ってくれとわざわざ頼むレベルで美味であった。
けれども最近はひき肉をキャベツで包むのが面倒なのか、ソーセージを包んだものが提供されていた。
教祖はあまり料理をせぬ。
自分で食べる飯以外は作らないので、作ってもらったものには極力文句を言わないようにしていた。
絶妙にランクダウンされたものが提供されても、皿洗いも炊飯器のスイッチを押すことすらもしないので、文句は言わないようにしていた。
ある日出されたロールキャベツを教祖は怪しんだ。
ロールキャベツのキャベツがよく煮込まれてくたくたなのは当たり前だが、けれども、なんだか、煮込んだせいばかりではなく、やけにロールキャベツがぐったりしている。
出されたものはちゃんと食べる主義の教祖も、だんだん不安になってきた。
教祖はこの後ロールキャベツの中身を確かめなければならぬと思った。
恐る恐るナイフを前後に動かしながらロールキャベツを半分に切り分けた。
ロールキャベツはあたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「何も入っていません。」
「ソーセージすら入っていないのか。」
「はい。ひき肉はおろか、近年代用されていたソーセージすらも入っていません。私はただ巻いて煮込んだだけのキャベツです。」
「おどろいた。ばあちゃんは乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。さっさと教祖に食わす飯を作って酒を飲みに行きたい、というのです。」
聞いて、教祖は激怒した。
「呆れたことだ。許しておけぬ。」
教祖は、雑な飯を食わされることだけは許せなかった。
初めてロールキャベツをおかわりせず、ばあちゃんの前に引き出された。
「お前が好きなロールキャベツを作ってやったんだぞ!もっと食え!」
ばあちゃんは静かに、それでも威厳を以て問い詰めた。
「ロールキャベツの劣化を許してはおけぬのだ。」と教祖は悪びれずに答えた。
「劣化か?」
ばあちゃんは、憫笑した。
「お前には、料理するめんどくささがわからぬ。」
「言うな!」と教祖は、いきり立って反駁した。
「ぼくはもう自炊できるんだ。半端に作るぐらいなら最初からぼくに作らせろ。」
「お前の自炊は、当てにならない。何だあの栄養価のかけらもないハイカロリー丼は。私はお前に野菜を食わすために飯を作っているのだ。」
ばあちゃんは落ち着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「お前のその皿をさっさと片付けて酒を飲みに行きたいのだが。」
「今から飲みに行こうとしてるばあちゃんに栄養バランスのこと言われたくねえよ。」
「黙れ、孫。」
ばあちゃんは、さっと顔を上げて報いた。
「そんなに文句があるなら今度作ってやろう。文句言ってたことを泣いて謝るくらい上手いロールキャベツを。」
そう言い残してばあちゃんは居酒屋に向かった。
数日後、ばあちゃんがロールキャベツを作る準備をしているとの知らせが入った。
ついにロールキャベツが出されるその日、教祖はウッキウキで食卓についた。
既に机の上には皿がたくさん置かれ、教祖の席にはロールキャベツが乗った皿がすでに用意されていた。
「教祖。」
ロールキャベツは眼に涙を浮べて言った。
「私をナイフで切り分けろ。ひき肉たっぷりであることを確かめろ。私は途中で一度、悪い夢を見た。君がこのひき肉たっぷりロールキャベツで納得してくれなければ、私は君の好物リストに居座る資格は無いのだ。切れ。」
教祖は全てを察した様子で頷き、ナイフでロールキャベツを真っ二つにした。
「ロールキャベツ、私を殴れ。私はこの数日間、たった一度だけ、また具なしキャベツ煮込みが出されるのではないかと疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君を食べれない。」
熱々のロールキャベツはキャベツにうなりをつけて亜光速で皿から飛び跳ね、教祖の顔面に激突した。
「ありがとう、友よ。」
二人同時に言い、それから教祖はロールキャベツを五個食べた。
ばあちゃんはリビングの陰から教祖の様子をまじまじと見つめていたが、やがて静かに近づき、顔を赤らめて、こう言った。
「お前の望みは叶ったぞ。お前は、わしにロールキャベツの美味さを思い出させたのだ。ロールキャベツとは、ひき肉たっぷりであるべきだった。どうか、もっと食ってくれまいか。まだ台所に十個ぐらいあるのだ。」
教祖は狂喜乱舞した。
「おかわり。」
ばあちゃんは、残る全てのロールキャベツを持ってきた。