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「ばいばい、アース」に出てきた「世界を穿孔せよ(デュルヒ・プレッヒェン)」は結局どういう意味? ②
前回↓の続きですのでまずは①を読んでください
止揚との関係
作中でシアンとアドニスがベルに投げ掛けた言葉。止揚とはいわゆる弁証法のなかで使われる概念ですね。ざっくりとは説明しますが、知らない人面白いので調べて見ましょう。
概要
ドイツ語でAufhebenと書き、止揚の他に揚棄とも訳されます。矛盾した要素を対立させてその過程をもって発展的に統合、統一するといった意味合いです。Aに対して否定的なBを出しつつAとB両方の概念を残したCを提示をすることで、否定の意見も否定された意見も両方生かすという考えです。
A→やきそばが食べたい
B→いや、やきそばよりパンが食べたい
C→ならばやきそばパンを食べなさい
正確には違うけど簡単な例はこんな感じです。やきそばパンは両者の食べたいものが含まれていますがそれと同時に、食べたいと主張した以外のものも含まれています。○○が食べたいという部分の意見を拾い「揚げ」つつ、単品で食べたいという意見の対立を「止めて」ます。なので止揚という訳です。整理すると対立を解消して、両者の言い分を保存して、それによって高い次元へ引き上げることですね。このとき、やきそばとパンしかない世界においてやきそばパンを出現させることにより、やきそばぱんの存在する新しい世界が生まれるので世界を穿孔せよが成る訳ですね。
やきそばパンはアウフヘーベンってことです
上記の例においてAはテーゼ(命題/正)、Bはアンチテーゼ(反対命題/否)、Cはジンテーゼ(合)と呼ばれます。ん、まてよ。つまりさっきのは間違いですね
やきそばパンはジンテーゼでした
やきそばパンを考案する過程がアウフヘーベンですね
作中で登場する関連要素
ということで、ばいアスの話題があまり出てないですがここからです。テーゼやアンチテーゼに相当するものが作中に沢山あります。
都市における法に対して魔法、「理の少女」に対して「懐疑するもの」などがありました。他にも沢山あるので探してみましょう。
例として法と<旅の者>について見ていきます。
A→民は神のもとで法に従い都市や国で暮らすべき
B→神の定めた都市の法の及ばぬ者(旅の者)になりたい
C→<旅の鍵>自体を国民と神の関係の局外、法における関係の外側すなわち両者に間に立つ王の管理にして、そこにたどり着き試練を突破した場合には旅の者になれる
旅の者は自由に国を往来できるが、都市にいる間はそこの法に従って行動している。そして旅の者となる手順は民も神も干渉できないが都市にある<旅の鍵>を演奏することなので正と否の統合ができています。
「理の少女」と「懐疑する者」はその名称からして分かりやすいですね。この「理の少女」という命題と「懐疑する者」という反対命題に対する止揚の果てに「パラダイス・シフト」が為される。あと分かりやすいのはカタコームの秘術によって作られた剣とか。
おまけですが、ジンテーゼは否定の否定の上に成り立っているので<錆びた爪>の特徴である「死を死ぬことで~」という部分にも掛かってます
作中世界の状況との関係
物語中でシアンやアドニスがベルに対して「止揚できるか?」のように問うていたことから分かるように、現在の世界においては止揚は為されていない。というより意図的に止められている状態です。これは「月すること」が出来ていない状況とも言え、これは「月すること」の意味がが太古に失われたという王の言葉からも察することができる。
現在の世界を正としたときに、否と成るような存在の発生を剣樹神が事前に潰しているからですね。「懐疑する者」の資格があるアドニスや以前のシアンやドランブイのように、命題に沿った生き方しか出来ないように飼い殺しを画策したり、それが出来ないような存在、例えばカタコームなどは切り離してしまったり。とにかく現状維持。革新の拒絶を目的として動いていました。
飢餓同盟と止揚
その世界の中で否定によって新たに生まれた存在、個人として止揚為しえた者の集団が飢餓同盟だと思います。
A→神のもとで法と都市において楽を見いだし生きていくべき
B→どちらにも楽を見出だせないが死を望む訳ではない
C→楽を見出だせぬ自分を受け入れて、法と都市の外側の存在として生きていく
法と都市に従い生きている住民からは、その枠外の外で存在する彼らは忌まわしいとされて当然ですね。「自分達に出来ない/理解出来ないことをしている集団」なのですから。しかしながら彼らは個人の止揚にとどまり、世界そのものの止揚への影響力はあまりない。理由はさっき書いた部分にも通じますが「他の人達から羨望されるような生き方ではない」ということに尽きると思います。
飢餓同盟に関してはAとBの要素を保持しているかと言われると微妙なのでアウフヘーベンのもうひとつの訳である「揚棄」のイメージかもしれません。止揚と揚廃は一応同じ意味ですが、使われている漢字が違い別の単語として存在している以上は微妙にその意味することに差異があるはず。アウフヘーベンという概念の中の否定による切捨て(棄て)を重視したような形として登場した集団なのかなと思います。方向性の異なった「世界を穿孔せよ」的な。
元ネタであるお菓子のタルトタタンも
A→アップルパイをつくる
B→焦げて失敗したのでアップルパイは完成できない
C→焦げたアップルパイにタルト生地をのせ、別のお菓子として完成させよう
アップルパイは含まれてるけど、アップルパイであることは放棄してる流れなのでピッタリですね。
パラダイス・シフトとの関係
日本語に直訳すると楽園の引き上げ。作中の使われ方からすると世界全体に為されるもの他に国単位で行われる現象。シアンが硬貨の国で行ったと伺える描写がある。
集団による「世界を穿孔せよ」で社会全体が止揚することを指していると思われます。物語の終盤で<剣の国>においてはガフ率いる都市とそれに対してギネスが率いるカタコームの集団が成立したので、これからパラダイス・シフトに向かっていくのでしょう。
かつて、機能の停止が確定した施設にベルが辿り着いた際にその願いに応じて各種機能を解放し、その停止の無期限延長を決めたのが最初のパラダイス・シフトだと思われる。当初は管理AIのような存在が1つだが現在の世界では国ごとに神がいるらしいので、その分割だったり、製造した活動体が自由意思に目覚めたりした段階もパラダイス・シフトと呼んでいい気がする。ともあれ、その概念と言葉は世界から消え去ってはいない。
キティとシアンの会話からすると、パラダイス・シフトに必要な命題としての要素、作中の言葉を借りれば「謎」はベル以外にも存在していると考えられる。したがって対応する反対命題もいくつか存在するのだろう。人間の映像資料とか、かつての遊園地時代の記録とかかな。
現在の世界も、かつてベルの登場により起きたパラダイス・シフトの結果なのだが、自由意思をもって行動できるようになった現在を否定することへの恐怖により、次なるパラダイス・シフトを拒否していたのかもしれない。
彼女の生存と願いのために無期限延期をしたのに、彼女が目覚めたことで「彼女が居なくなる可能性」が生じたのがことの捻れの始まり。再び人類が居なくなると停止しないといけないからね。機械的に判断を下すには世界が感情と意思を持ちすぎた。そうして止揚の項目でも書いたように、否定に繋がる要素の排除を始めたのかもしれない。
まとめ
だいぶ長くなりましたが「世界を穿孔せよ」も「月すること」も「パラダイス・シフト」も大体おんなじ意味で止揚ですね。1つのテーマを手を変え品を変え語り尽くしている。
違いをあげるならその止揚が起きる規模
個人なら世界を穿孔せよ、社会で起きるならパラダイス・シフト、そしてその両者のサイクルとして月することみたいな。
発展と回帰は螺旋を描き、継続していくことが前提。でもそれだと長すぎるので区切りである時代が必要になる。
「世界を穿孔せよ」には<唸る剣>が欠かせない存在ですが、それについては<錆びた爪>と合わせてこちらの記事にまとめています。
最後に
どうでしょう。正直、自分で理解するために文章にした側面が強いので、果たして他の人が読んだときに分かりやすいのかは見当つきません。
この作品を読んで割りと長い期間「何となく分かってる気がする」で済ましていたので、それを否定するために始めたようなもん。格好つけるなら私の「世界を穿孔せよ」。
前半記事でも書いたけどあくまでも私の解釈なので、他の人の「私の考える世界を穿孔せよ」を読みたいです。ぜひ書いてくれ
あ、あと4月から2期始まりますね。楽しみですねー