![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/55659159/rectangle_large_type_2_81a95758363e5d799526188c28db04ae.png?width=1200)
そもそも日本語が論理的思考には向いてない? 3つの理由を考えてみる
よく、日本人は「論理的に考えることが苦手」だと言われます。
自分では「論理的」なつもりでも、実はほとんどの人が、そうでないらしい。出口治明さんは、こう指摘しています。
僕にしてみれば、数字・ファクト・ロジックで考えたら、誰でも思いつく普通の意見を言っているだけなのですが、社会常識と合わない意見は、外国人だったり変人の意見ということになってしまう。これが、この国の根本的な衰退の原因のように感じます。
「数字・ファクト・ロジック」が苦手。実は私自身も同じ。
今、英語のエッセイ(論文)を書いていますが、「構成」の部分で悩み、「はて、そういえば、日本語でも論理的に考えたことなんて、あったっけ?」と考えてしまうのです。
最近気になるのは、実はこの原因が「日本語自体にあるのでは」って説です。今日はこの説をご紹介します。
「日本語」自体が論理的思考に向いてない?
「日本語自体が、論理的思考に向かない」と言われて思いつくのは、曖昧な表現が多いことです。
日本語って、内容がなくても長時間話せてしまう、不思議な言語です。
「今回の問題を受けまして、誠に遺憾ながら、弊社の対応としましては、従業員一丸となり、善処すべく頑張っていく所存ですので、関係者各位においては、一つよろしくお願いいたします」
上の文章では、何をどう「がんば」るのか、「よろしく」が何を見守るのか意味がわかりませんが、こんな調子で永遠と喋れます。
そして、みんななんとなく「こういうことが言いたいんだろうなぁ」と頭でそれぞれ補って納得できちゃう(ズレてることもあるけど)、「以心伝心言語」です。ズバリいうのを避けて、人間関係を表面上、円滑に保つのです。
「今後ともよろしくお願いします」「お世話になっております」なんて、私も年中使いますが、実に不思議な言葉です。
明瞭に表現するための3つの条件
一方で、どうやら、日本語は「明瞭に表現するのが苦手」な言語らしい。
高杉尚孝さんは、「明瞭に表現するため」の「3つの条件」を定義しています。書籍を引用します。
明瞭表現を確保するための”変数”自体は多くはありません。
①主語と述語を明確にする
②論理接続詞を使う
③表現の抽象度を下げる
ところが、日本語はこの3つが苦手なのだそう。
どういうことか。1つずつ見ていきます。
日本語が苦手な3つの表現
①主語と述語を明確にする
日本語表現って、主語を省きます。
例えば小学校の国語の授業においても、小学生たちは一生懸命に主語を省く訓練をしています。
・橋を渡る
・家を建てる
・学校へ行く
みんなそうですね。
編集の現場でも、主語は多くの場合省きます。「日本語は主語の概念がない言葉」って学説もあるそうです。
そもそも日本語は、主語という概念自体を持たない言語であるという学説もあります。この学説の信憑性はさておき、日本人は主語を省く傾向が強いというのは事実です。
そして高杉さんは、学校の先生ですら、主語を省いている自覚がないことを指摘します。私もあんまりありません。
②論理接続詞を使う
明確表現のための2つ目の条件は、「論理接続詞」です。
論理接続詞とは、「の結果」「にもかかわらず」など前後のつながりが明確な接続詞です。一方で、日本語は曖昧接続詞が多いと筆者は指摘します。
そもそも日本語が曖昧であると言われる所以に、曖昧接続詞の乱用があります。
曖昧接続詞とは、「〜あり」「〜おり」「〜が」など、メッセージとメッセージの繋がりがはっきりしない接続詞だそうです。
例えば、
「本製品の市場は成熟期にあり、価格は安定している。」
の「あり」の意味合いがハッキリしないというのです。
一方で、英語は論理接続詞によって成り立っています。
「どうも論理的な英語の文章が書けないのでは」という質問を受けます。その際、「日本語ならば論理的な文章を書けるのだろうか」と自問していただきたいと思います。答えは概ね「ノー」ではないでしょうか。日本語の文章で曖昧接続オンパレードであって、英語の場合だけしっかりと論理接続できるというのはとても稀であると考えられます。
私もそうで、英語を学び出して、自分の論理性のなさに気付いたクチです。英語の文章を書くと「なんで?」と指摘されて言葉に詰まります。
③表現の抽象度を下げる
そして、この③なんですが、抽象的な表現が多いのも日本語の特徴です。
善処する
推進する
強化する
活性化する
見直していく
みたいな言葉です。
この3つが「明瞭表現のための条件」で、日本語はその逆である、と筆者は主張します。
いかがでしょうか。高杉さんの説の他にも、「日本語は言葉に言外の意味を含むことが多い」って指摘や、「日本語は上下関係を除くと成り立ちにくい」など、いろいろあると思います。
しかし①③は前から気になってましたが、②は気づかなかった。
言語による「向き・不向き」だと思う
しかしこう書くと、「曖昧表現は使わない方がいいんですか」って方が出てきます。
いい・悪いではなく、言葉による向き・不向きの話で、言葉に上下関係はないと思います。筆者も、「一般的に言って、日本人は曖昧表現の技術にはとても長けているといえます」と書いています。
論理的思考には向かないけれど、文学や漫画などが発達する土壌があるのでは? 文章の意味を想像させる「余白」が多い言語なのかも。
だから、国語の時間では、フィクションを中心に学び、「論理的な文章」の指導は少なめなのかもね、って思いました(今は少し違うのかな)。
面白いです。それではまた。
ここから先は
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
これまで数百件を超えるサポート、ありがとうございました。今は500円のマガジンの定期購読者が750人を超えました。お気持ちだけで嬉しいです。文章を読んで元気になっていただければ。