「嫌な仕事」で1日を満たしている人が自由に生きるための一歩
朝起きて、会社に行くのが嫌だなぁ、と思ったこと、ありませんか。
かつての私はこれでした。
とにかく仕事が嫌。
満員電車に乗りたくない。
気がつくと、「あー嫌だなぁ」が口癖になっている。
会社が突然なくなって行かなくて良くならないかなー……などと、「宿題やってない小学生」みたいなことを考えていました。そして、やたらと他人が気になるのです。
でも、この「あー嫌だな……」が一時的ではなく、何年もずっと出てくるようなら、働き方を変えた方がいいかもしれません。
自由に生きようとすると立ちはだかる壁の正体
でも問題は、「考えよう」と思っても、ノイズがたくさん入ってくること。
これら、実際のところ、当たっていたりして、なかなか辛いんですよね。
特に日本社会においては、身分制度である会社員から離れると、さまざまな不利益があるのはまた事実なのです。
そして、自分の責任で動くこと、「誰も、あなたの人生を決めてくれない」ことが突然、怖くなるのです。
本当はここまで酷いことにならないのですが、「自分で決める」の第一歩はすごく怖い。
「決断することをやめた人」はどうなるか
以前も紹介しましたが、哲学者の岸見一郎さんは、人は「決断から解放されたい」ことがあると言います。
こうした「決断しない」「仲間」に囲まれて、自由に生きようとする人々が引き摺り下ろされるのを見るうちに、「ああ、やっぱり自分には自由は無理だな……」と諦めてしまう。
子供の頃から何一つ自分で決めてこないと、余計怖いです。
私のように、「自分で決めるつもりで、仲間に流されていた」タイプも同じです。
もしかすると、
「『ちゃんと』**しなさい」との言葉のもとに、失敗の経験すら、禁じられてきたかもしれません。
そして日本は「服従を選ぶ人が多い社会」なんだと思うのですね。
だから、「息苦しい」と言われるのでは。
自由に生きたい人は、まず自分で小さいことを決める
そうは言ってもいきなり会社を辞めて独立するのは、準備運動しないで登山に出かけるようなものですね。
そこでまずは、少しずつ、小さなことから筋トレのように決断していくといいと思う。
それはすごく小さな一歩かもしれません。
「みんながいい」というものを選ばないとか、みんなが行く飲み会に行かないとか。そんなことからでもいいと思う。
私は会社の同僚とランチに行くのをやめて、一人になる時間を確保しました。こうして小さな決断をしてみるのです。
今なら、きっと副業をやってみると思います。営業・マーケティング・経理と全部自分でやってみるとまた、見えてくるものがあります。
すると、会社にいる自分を「俯瞰しえ見る」時間が増えます。
比較対象ができることで、会社を客観的に眺めてみて、「この会社にいるのもそんなに悪くないなー」と、「選び直す」こともあるかもしれません。それはそれで、一歩前進だと思うのです。
自由に生きたい方は、私の本もどうぞ!
それではまた!
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