ラブ・オーバーフロー
一世一代の告白だったんだぜ、こっちは。
世間一般では告白なんかお手の物っていうのがきっと俺のイメージ。
だけど、恋愛についてはズブの素人も良いところで、この気持ちをどこから告げればいいのかなんてわからない。
だから、とってもオーソドックスに呼び出して「好きなんだけど。」なんて拗ねたように言った。
目の前にいるキミがどんな顔で俺を見ているのか。
俺の気持ちを聞いてどんな返事を言うのか。
気が気じゃないっていうのはこういうことなんだとしみじみと思った。
キミが最初の言葉を告げるまでの時間が永遠にも思えて、自分の足元を見つめる。
そこには見なれている足が2本あって、所在なさげに土の上を行ったり来たり・・・。
時々、意味もなく強く土を蹴ったりしてみて少しだけ掘ってみる。
そしてその言葉は俺の耳によどみなくやってくる。
現実だと思えなくて、俺は急いで顔を上げた。
人生イージーモードって誰かが言っていた。
「なんだよそれ。」
「翔って顔ヨシ、頭ヨシ、運動ヨシ!だろ?それだけ揃ってりゃ人生イージーモードだよ。」
目の前の悪友は悪びれもせずに「ヒヒヒ」と笑う。
人が何の努力もしてないみたいに言う。
少しだけ嫌な気持ちになって口をとがらせる。
確かに俺はモテる。
自分で言ってしまえばおしまい何だが、これまでバレンタインデーに困ったことはない。
だからって努力していないワケじゃない!
顔はまあ、両親のDNAのお陰だけど、それはもう運。
勉強だってできるに越したことはないからやってる。
運動だって、小さい頃から習ってたバスケ貯金が今も俺を助けている。
努力してるのなんて見せたくないからコソ勉だったり、コソ練だったりするけれど。
何もしてないのに何でもできる翔くんなんていうのは勘違いもいいところだ。
「翔く~ん。」
見ると廊下の向こうからクラスの女子たちが近づいてくる。
俺はニッコリと微笑んでそれを迎えた。
隣の悪友は「良くやるよ。」と呟きながら少しだけ呆れている。
仕方ないだろ、これが俺の処世術なんだから。
高校に入学してから、俺はクラスの女子たちからもてはやされ、同時にクラスの男子からはイケスカないやつ認定された。
このままでいいはずがないっていうのはこれまでの小学校中学校で痛いほど学んでいる。
まずは男子攻略だ!と男子との距離を詰めていく。
そして敵に回すと怖い女子。
ここもぬかりなくきっちりと押さえる。
こうすることで俺は誰からも認められる(?)学年イチのモテ男となったわけだ。
そんな俺の前にキミは突然現れた。
同じクラスにいる女子であまり目立たない地味な女の子。
いつも俺を取り囲むわけでもなく、だけど俺と目が合うと慌てたようにうつむく女の子。
最初は「なんだ?」と思った。
それだけだった。
だけど、いつからか目で追うようになり、キミという女の子を探る。
本当は、花が咲くように笑うということ。
本当は、とっても努力家ということ。
本当は、優しくて優しすぎて頼まれたら断れないということ。
だから知ってたんだ。
キミが1人で焼却炉にやってくるっていうことを。
重たそうにゴミ箱を持って歩いてきているキミが見えた。
心臓は忙しなく動いて、まさに飛び出していきそう。
なんて声をかければいいのかなんて分からない。
だけど、途中で邪魔されないように入念にチェックした。
教室にはもう誰も残っていないこと。
この時間に焼却炉に滅多に人はこないこと。
日直なんだけど、相手に押しつけられるに決まってるということ。
そしてそれを優しいキミは断れない。
もしかしたら、入学してからずっと1人で日直の掃除やってるんじゃないのか?と思って少しだけ腹が立った。
キミのことが好きだと気付いたのは、高校2年生の文化祭でだった。
それまでキミに興味はあったけどまさか自分が恋に落ちているとは思いもしなかった。
だけど、その日キミは俺の知らない誰かと話して楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見た瞬間に、心が干上がりわけのわからない焦りを感じたんだ。
「あやめ。」
俺の知らない誰かはキミのことを名前で呼んだ。
そうか、キミの名前は『あやめ』って言うんだ。
今までは名字しか知らなかったから・・・。
2人は見る人が見ればもう付き合っているようにも見えて、それほど仲の良さが伝わってくる。
キミの肩にそいつの手が触れた途端、心が叫ぶ。
『触るな!!!』
それからは一瞬だって気を抜く暇はないと思ったんだ。
キミの魅力に気付いているのは俺以外にもいる。
取りまきの女子たちにそれとなく探りを入れて、付き合ってはいないことを知り安堵する。
だけどそれでも足りない。
花のように笑うキミを独り占めにしたい。
キミの優しさを自分だけに向けさせたい。
恋と一緒に溢れだした独占欲はどこまでもとどまることを知らない。
だから、キミが1人になる瞬間を見極めたんだ。
「よお。」
声が少し上ずってしまった・・・不覚。
「あ、あれ?もう帰ったと思ってたのに。」
俺のこと見ててくれたってうぬぼれてもいい?
「1人で何してんの?」
「日直の仕事、やり残しちゃってて。時間かかっちゃった。」
ヘヘヘ、と笑う。
決して人の悪口を言わないキミ。
本当は押しつけられたのに。
「手伝ってやるよ。」
「え?いいよ、そんなの。」
「いいから、貸せ。」
「ありがと。」
と小さな声で告げられて自分の顔の温度が上がるのが分かった。
返す言葉がみつからなくてそのままキミの少し前を歩く。
心臓はさっきから連打していて、この後のことを想像して怯えているようだった。
一度だけ大きく息を吸い込んでキミに向き合う。
「あのさ。」
突然俺が振り返ったもんだからキョトンとした表情のキミ。
その顔もかわいいなあなんて思いながら言葉を続ける。
「好き・・・なんだけど。」
目を見ながら言うのはどうしてもできなかった。
恥ずかしいのかそれとも怖いのか。
きっとその両方。
こうして俺とキミは付き合うことになった。
だけど、俺には不満がある。
それはキミが付き合ってることを皆に秘密にして欲しいといったこと。
なんで?と聞けば
「橋本くんはとっても人気だから。」
と嬉しそうに、そして恥ずかしそうに言ってきた。
その表情も可愛くて反論する気がそがれる。
本当は自分だけのものにして閉じ込めて、誰にも見せたくない。
なのに、キミは俺と付き合ってるのを内緒にして欲しいという。
なんというジレンマ。
キミが秘密にして欲しいという気持ちも分からないでもない。
俺だって、キミと付き合ってるって皆に言いふらす気はないし(自慢はしたいけど)、そんなことしてしまったら毎日、俺を取り巻いている女子たちがキミに何をするかわかったもんじゃない。
キミを守るためにも、積極的に言う必要はないと思ってた。
それは十分すぎるほど分かってる。
分かってるんだけど、それが嬉しいかどうかはまた別次元の話。
「え?付き合ってんの?」
俺の目の前にいる親友はそういって目を丸くした。
確かに、俺とキミはそこまで共通点があるわけでもない。
クラスは一緒だけど、何回か話した程度。
それだけだと思っている人がほとんどだろう。
だけど、好きになるのに条件なんか関係なくて。
好きになってしまったものは仕方ない。
俺は教室の机に座って頬杖をついている。
視線の先にはキミ。
一度だけ親友の方に視線を向けて「おお。」と返す。
とても不機嫌に。
「それにしては・・・その・・・なあ。」
親友は言いにくそうにそう告げた。
お前の言いたいことは分かる。
付き合ってるとは思えない、そう言いたいんだろ。
それもそうだ。
あの一世一代の告白の日から俺とキミは教室で話したことなんかない。
だけど一緒に帰ったりするのはどうしても諦めたくなくて学校中の皆が帰った頃に学校から少し離れた場所で待ち合わせをしてから帰る。
いわゆる下校デートってやつだけど、それだけで足りるはずもない。
今だってそうだ。
「それでそんなに不機嫌なワケ?」
そう、俺が不機嫌になっているのは何も親友に『付き合ってるなんて・・・。』と思われたことではない。
俺はそこまで心が狭い男じゃない・・・はず。
いや、まあちょっとはむかついたけど。
でも不機嫌の原因はそれよりもっと大きなもの。
俺の視線の先にはキミがいて、その隣には文化祭の時のあの男がいる。
名前を佐々木 光輝(こうき)とか言ったか。
学年1位の成績で物腰が穏やかで女子からの人気も高い。
どういうわけかキミと仲良しで、チョクチョクキミのところにやって来てはこうして話をしている。
佐々木も女子人気が高いからキミのことを疎ましく思っている人も多いはずだ。
もしかして、コイツのせいでキミは俺とのことを内緒にして欲しいと言ったんじゃないのか?とさえも思う。
親友は俺とキミの関係性を見抜いたのか俺が不機嫌な理由が佐々木だと気付いて俺をニヤニヤと見つめる。
「うるせえよ。」
「女子人気の高い翔が、これまた女子人気の高い佐々木に嫉妬か。」
図星です!と言えるような気分じゃない。
「いいぞいいぞ、やりあえやりあえ!」
完全に親友は面白がっていて、女子人気の双璧が共倒れになることを狙っているんじゃないかとさえ思う。
だけど俺が佐々木に今詰め寄って「俺の彼女なんだけど。」なんて言おうもんなら。
キミがどんな目にあうのか・・・。
想像しただけでも恐ろしい。
「翔くん!」
そんな俺の気持ちを微塵も知らないで、今日もクラスの女子たちはやってくる。
これはまあ仕方ない。
俺が元はと言えばまいた種。
今までの不機嫌は心の奥底に仕舞って、俺は女子たちに向き合う。
ニッコリと笑顔を添えて。
いつものように何かを話しかけられているんだけど、意識は完全にキミの方。
移動するふりをして佐々木と何を話しているのか探る。
「今度のテストはきっとこの辺りが出ると思うよ。」
さすが学年1位男。
話す内容もお勉強のことが多いんだな、と心の中で蔑む。
「光輝がそういうんならなんか、当たる気がしてきた。」
愛しのキミはそういって佐々木を認める発言をする。
それだけでも許せないのに・・・・。
「じゃあ今度の休みに、勉強一緒にしてみる?」
こンのぉ~~~~!!
言葉にできない苦しみを精一杯背中に込める。
2人の顔なんか見てたら飛びかかってしまいそうだなと思って背中越しに会話を聞くことにして良かった。
ちょっとは緩和される・・・だろう。
「どうしたの?翔くん。なんか怖い顔してる。」
俺の顔を見た女子たちが心配そうに告げた。
どうやら緩和されていないみたいだ。
「そんなことないけど。」
無理してでも笑え、俺。
「あやめ?」
こっちが必死に頑張っているのに、背中越しに俺以外の男がキミの名前を呼ぶ声が聞こえる。
呼ぶんじゃねえよ。
心の中で悪態を吐く。
「あっ・・・ごめんごめん、なんだったっけ?」
キミはそういって笑った。
きっとあの少し困った時に見せる顔だ。
佐々木は「参ったな。」とため息をついてもう一度キミを誘う。
「あ・・・うん、それは嬉しいんだけど。ごめんね。ちょっと予定があって無理かも。」
キミははっきりと佐々木にそう言ったんだ。
「ちょっ!翔くん、どっか具合でも悪いの?」
俺の前にいる女子はそう言って大きく笑った。
「え?なんで?」
「今度は変な顔してるよ!」
指差して女子が笑うもんだから、自分が一体どんな顔をしているのか。
「顔の筋肉、全部使ってないみたいな顔ー!」
そう言ってまた笑われる。
近くで見てた親友を見ると声にならない声で「ばーか。」と言って悪そうに笑った。
うるせえよ。
「ごめんね!!」
キミは毎日、そういってやってくる。
楽しい下校デートの始まりはいつも「ごめんね。」だ。
「またなんか押しつけられたのかよ?」
あやめは少し困ったように笑った。
「なんか彼氏とデートに遅れちゃうって言うから、断れなくて。」
全部が嘘とは言わない。
だけど、キミの優しさにかまけて楽をしようとしている奴は絶対にいるはずだ、と俺は思っている。
大体、俺とのこれはデートじゃねえのかよ。
少し気持ちが落ちそうになって俺はキミの手を握る。
「あ・・・。」
キミは突然のことに言葉を失い、恥ずかしそうにうつむく。
その仕草、全てが愛おしくて。
言葉にならない。
「こ、こんなトコ、誰かに見られたら。」
「困る?」
「そんなこと・・・。私じゃなくて橋本くんの方が困るんじゃないかって。」
カチン、といらだちを感じた。
そうだ、そう言えばそうだ。
今日のあの瞬間からずっとそうだったんだ。
俺は一度、キミの手を強く握る。
力を込められたことを不思議そうに感じたキミは俺を見上げる。
その顔さえも愛おしい。
「アイツは名前で俺は苗字なのはなんで?」
ずーっとモヤモヤしていた。
俺は『橋本くん』で、アイツは『光輝』。
おかしいだろ。
キミは驚いたような顔をしたまま「え?」と聞き返す。
俺の言葉が完全に理解できてないようだ。
それもそのはず。
俺の言葉は少なすぎる。
「佐々木は名前で呼んでんのに、なんで俺は『橋本くん』なワケ?」
2回目はなんだか恥ずかしくてキミから少し視線を外して言う。
こんな子どもみたいなことキミにぶつけたいわけじゃないのに。
本当はもっとスマートにキミと向き合いたい。
”大人の余裕”ってやつが欲しい。
キミは全く想定していなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を体現していた。
そして少しして笑ったんだ。
まるでその時初めて俺の言葉の意味がキミの頭の中に染み込んでいったかのように。
「何笑って・・・。」
焦ってキミの顔を見ると何故かキミは嬉しそうに笑っていた。
「ごめん、ごめん。光輝は幼馴染でね、昔から一緒にいたから。」
ようやく佐々木とキミの関係を知る。
だからあんなにも馴れ馴れしかったのかとも思って舌打ち。
「じゃあ、俺は?」
もうかっこいいとか悪いとか言ってる場合じゃない。
こんなにも情けない俺を見せたんだから、ここはもうどうにでもなれ、だ。
キミは俺の言葉にまた少し笑う。
「うん・・・。ちょっと恥ずかしくってね。」
「何が?」
「名前で呼ぶの。」
「はあ?」
「か・・・翔くん・・・・って他の女の子もたくさん呼んでるから、そのちょっとね。」
キミはそう言って急にうつむいた。
「橋本くんっていつもたくさんの女の子といるから。」
まさか・・・と思ってキミの顔を覗き込む。
覗きこんだキミの顔は真っ赤で。
俺が覗きこむと驚いたような顔をした。
「ヤキモチ?」
少しだけ意地悪な俺が首をもたげる。
「そんなこと!!」
『ない。』とは続かなかった。
なんだか気分が良くなってくる。
「そんなことなら『翔』って呼べばいいのに。」
にやにやしながら言うとキミは「そんなの無理だよ。」と消え入りそうな声で言った。
「なんで?」
「『橋本くん』って呼ぶのでいっぱいいっぱいなのに、か・・・・翔だなんて。」
それはまるで清水の舞台から飛び降りるのと同じようなものだと言われている気がした。
ああ、もう抱きしめて閉じ込めておきたい。
きっと俺の顔もキミと同じように真っ赤になっているに決まっている。
「橋本くんだって!」
キミはそう言って俺を見つめ返した。
「橋本くんだって私のこと名前で呼ばないじゃない。」
気付かれていたか・・・。
心の中ではもう何回も、何十回も呼んでいるキミの名前。
だけど面と向かって言ったことは多分、数える程度。
『あやめ』って呼ぶのはなんだか恥ずかしくて、音にするのが難しい。
2人で向かい合って真っ赤になって、でも手は繋いでて。
他からみれば何やってんだと思われるような光景だろう。
だけど、俺もキミも本気で真剣で、恥ずかしくて死にそうになっている。
「あ・・・あやめ。」
意を決して呼んだキミの名前は喉の奥に絡まってうまく音にできたか不安になった。
名前を呼ばれたキミはビクっと反応して俺をまた見上げる。
「名前・・・・呼んで?」
もう恥ずかしくてキミの顔なんか見れない。
繋いだキミの手はフルフルと震えていた。
きっと恥ずかしいんだろう。
だけど、俺もここで引くわけにはいかない。
このまま付き合ってるのに『橋本くん』呼ばわりはごめんだ。
グ、と奥歯を噛みしめて自分の恥ずかしさと向き合い、あやめをみつめる。
あやめは、目をそらしていたけれど暫くして俺を見つめた。
「翔。」
挑むように、許しを請うように、あやめは俺の名前を呼んだ。
1秒にも満たないその瞬間だったけど、最高に幸せな瞬間になる。
俺は思わず、あやめを引き寄せて腕の中にすっぽりと納めた。
柔らかな彼女を抱きしめてそっと目を閉じた。
ああ、もう好きすぎて困る・・・。
<END>
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