「テレビ拒否」の時代があった
矢沢永吉がビールや健康食品のCMに出ているのを見ると、「あの矢沢が」という小さな違和感とともに時のうつろいを感じます。その昔、1970年代終盤から80年代にかけて、矢沢はじめ中島みゆき、オフコース、長渕剛らロック・フォーク系(当時ニューミュージックと呼ばれました)アーチストの一群は「テレビに出ない」ことを宣言していて、歌番組にもCMにも一切出ませんでした。彼らによる「テレビ拒否」とは何だったのか、今振り返って思うことを書きます。
「テレビ拒否」の対象は、主に当時隆盛をきわめたベストテン形式の歌番組でした。わずか2~3分を与えられて「歌わされる」番組づくりは、何より自己表現を重視するアーチストには受け入れ難いものだったというわけです。ただ、さすがにそれをそのまま言うと角が立つと思ったのか(出演している歌手に失礼ですし)、「出演できない理由」はたいてい「レコーディング中につき」でした。そんなにいつもいつもレコーディングしているわけはないと思うのですが 笑
ニューミュージック系でもさほど抵抗なくテレビに出ていたアーチストはいます。サザンオールスターズやツイスト、ゴダイゴ、もんた&ブラザースなんかは普通に歌番組で歌っていました。甲斐バンドは一回だけという約束でザ・ベストテンに出演して、思い切りカッコつけて「9時53分の俺たちの青春と痛みと熱い思いを送ります」と、9時35分にもかかわらずのたまう伝説を残しました(まあ甲斐さんらしいっちゃらしいですけど 笑)。YMOや忌野清志郎+坂本龍一も一回だけとはいえベストテンに出ていましたが、彼らはテレビでポップアイドルを演じることで、テレビや自分たちを茶化していたようにも見えました。一ひねり入っているというか、拒否しない形のテレビ批評がそこにはあったような気がします。見ようによっては、ですが。
テレビ拒否するアーチストとしないアーチストを、私たちはとくに区別して見ることはありませんでした。テレビに出るからカッコ悪いとは思わないし、出ないからどうだということもない。まあ、アーチストだものいろいろあるよね、くらいのものでした。テレビに出ないからと言ってレコードが売れないということもなかったので、テレビ拒否するアーチストがその姿勢を崩すことはありませんでした。
そんなムーブメント(?)もベストテン番組の終焉とともに消え去り、テレビに背を向けていたアーチストもしだいにテレビに出るようになります。あの中島みゆきが(中継でしたが)紅白歌合戦に出場し、CMにもちょくちょく顔を出すようになったのには驚きました。矢沢は、テレビ拒否したアーチストの中では、その後のドラマやCMの出演がトップクラスに多いのではないでしょうか。変節の理由は、まあいろいろとお金のかかる事件に巻き込まれたせいもあるでしょう。しかし、テレビ拒否をしていたからこそ出演にはプレミアム感が増し、いいギャラが取れたかも。・・・すみません、呼び屋の品のない想像です。
なぜ、アーチストたちはテレビ拒否を言わなくなったのか。それは、拒否していた対象のベストテン番組がなくなったこともありますが、歌唱に十分な時間を取るなど、しっかりとアーチストをとりあげる番組が制作されるようになったからだと思います。彼らが拒否していたのはテレビという媒体ではなく、番組制作の姿勢だったということです。けれども、SNSもない当時は彼らの本意がなかなか伝わらなかった。拒否されていた当事者のテレビ局が一番分かっていなかったんじゃないか。CMやドラマに出るようになったのは、それを面白がる余裕がアーチストに出てきたのかと。良くも悪くも「あの頃」のアーチストはとんがっていました。
甲斐よしひろは、1980年代に「テレビ拒否とかいう話も、あと何年かすれば笑い話になる」と見事に予言していました。甲斐バンドの「噂」という歌は当時の歌番組を皮肉っており、その歌詞はテレビ局がアーチストに「出してやる」的なオファーをしていたように読めます。古い時代の歌番組は、番組が主役、歌手は脇役でした。まさに歌手はスタジオに呼び出され、場と時間を与えられて指示通りに歌わされる存在で、芸能界もそれを是としてきました。テレビ拒否は、今思えば、アーチストがただ「出たくない」と駄々をこねていたのでなく、古い枠組みに対する異議申し立てでもあったわけです。そしてそれは、その後のSONGSなどのアーチストを主役とした音楽番組として実を結んだと私は考えています。
今はネットの動画配信もあり、娯楽の視聴方法の選択肢が増え、「テレビ一強」は過去のもの。ですが、ネット以前は何をおいてもテレビが一番でした。視聴者にとっても芸能人にとってもテレビが王様、テレビが絶対。それに逆らう者が初めて出てきた。思えば、圧倒的優位にあったテレビの地位が揺らぎ始めたのが、当時のアーチストたちのテレビ拒否だったのではないかと思うわけです。
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