キャスティング会社に就職したい人へ
たまに、私のnoteを見た方からメッセージが届くことがあります。先日いただいたメッセージは、大学生の方からの「キャスティング会社に就職したい」というキャリア相談でした。大学祭の実行委員をやったことがあり、その際に大物タレントを大学に呼ぶことに成功したそうで、これを自分の仕事にしたいと思ったのだそうです。自分と同じ仕事を志す人がいることを知り、純粋にうれしく思いました。
noteにもキャスティング会社の(おそらくリクルートを強く意識した)公式アカウントがあるし、もしかしたら一時期の「コピーライター」とか「ブライダルコーディネーター」、今ならば「YouTuber」みたいに、「キャスティングディレクター」が若者の人気職業になるかも知れません。キャスティング事務所を舞台にした映画やテレビドラマができたり、そしてそれがヒットしたりすると、真剣にあり得るでしょう。
ただ、正直なところ、学校を出てすぐにこの仕事をするのはどうかな?とも思います。
私は大学を出て最初は専門商社に入社し、その後マーケティングのコンサルティング会社、Webメディア会社など数社を経て今の広告会社の立ち上げに参加しました。その時点でもまだ、タレントのキャスティングという仕事は興味があるどころかまったく知らなかったのですが、会社がタレントと広告主のマッチングサービスを作り、私が運営を担当することになったのです。そこからタレント事務所やモデル事務所とのお付き合いが生まれて、その流れでキャスティングが自分の仕事になっていきました。「計画的偶発性理論」ではないですが、まさに偶然によって私のキャリアは方向付けられたわけです。
私が今、曲がりなりにもこの仕事ができている背景には、「キャスティング以外も知っている」があります。まず広告の基本的な理論は身に付いていますし、Web業界の事情にも明るい、コンサル会社にいたので経営者と議論することもできます。要するに、タレントを「使う側」の理屈が分かるということです。タレントの特技やテレビ番組のトレンドには詳しくても、それしか知らない「芸能馬鹿」では、広告主や代理店に「使われる」だけで精一杯でしょう。ちょっと言いすぎかな、でもそんな気はします。
学校を出て最初、20代のうちは、営業なり総務なりシステム開発といった「普通の仕事」を「普通の会社」で経験したほうが良いと思います。まず「普通の仕事のスキル」と「普通の感覚」を身に付けてください。それはビジネスの基礎体力のようなものです。
語弊があるかも知れませんが、多くのタレントが生きているエンタテインメントとかスポーツとか芸術とか、そういった世界は、私は普通ではないと思っています。いっぽうでタレントを広告に使うのは「普通の会社」です。いわばキャスティングとは「普通でない世界」と「普通の会社」の橋渡しをする仕事であって、そのためには両方の感覚に通じている必要があります。そんなわけで、まず普通の感覚を養ってから普通ではない道に入ったほうが、いい仕事ができるはずです。
「人生は掛け算」という考え方もあります。藤原和博さんの説にならえば、ある仕事で一人前になれば100人に一人の希少性が生まれます。2つの仕事を経験すれば、その二乗で10000人に一人の価値になる。これはすごい「戦闘力」です。別にユニークな仕事でなくていいんです。5年で一人前になれるとして、2つの仕事なら10年、一所懸命仕事をすれば、10年で10000人に一人の価値をもった人材になれる。それからキャスティング会社の門を叩くのはどうでしょう。
そんな人、私が人事担当者なら即内定を出すでしょうね。就職後もそれまでに培ったビジネスの基礎体力が役に立つのは前述の通り。ただ、同じように複数の強みを持った人材はすでにキャスティング業界にある程度いますので(私もそう)、そこで抜きんでることができるかどうかは、仕事を始めてからの努力と心がけ次第です。
タレントもサラリーマン経験のある人は珍しくなく、役所広司さんは区役所、佐々木蔵之介さんは広告代理店、山口智充さんは家電量販店に勤務していたのは有名な話。とくに役者のような「他人になりきる」仕事は、実際に経験したことが多いほど「ひきだし」が多くなるはずです。竹内力さんが『ミナミの帝王』で鮮やかなサツカン(紙幣の勘定)を見せてくれたのも、元銀行員の昔取った杵柄。タレントにしても、世の中にある普通の仕事をした経験があれば、ドラマの役や広告出演する商材の幅が間違いなく広がります。その話はまた別のところで。
やりたい仕事に一生を捧げたい、その気持ちはよく分かります。けれども、今は誰もが変化の荒波にもまれている時代。10年後に今のビジネスがどうなっているか誰にも分かりません。だとしたら、何か一つに打ち込むにしても、いくつも強みを持っておくことが自分のリスクマネジメントだと思うんです。その強みはキャスティングのようなごく狭い世界でのみ通用するものよりも、「普通の会社」の「普通の仕事」のほうが絶対にいい。
メッセージをくれた若者は有名大学の学生だったので、「最強の新卒カードはまず普通の会社への就職に使ったほうがいいですよ」と返信したのですが、伝わったかな?
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