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20.ラスティックって知ってる?
2020年5月、Irish PUB fieldは休業を余儀なくされていましたが、そんな折り、2000年のパブ創業以来の様々な資料に触れる機会がありました。そこで、2001~11年ごろにfield オーナー洲崎一彦が、ライターのおおしまゆたか氏と共に編集発行していた月刊メールマガジン、「クラン・コラCran Coille:アイルランド音楽の森」に寄稿していた記事を発掘しました。
そして、このほぼ10年分に渡る記事より私が特に面白いと思ったものを選抜し、紹介して行くシリーズをこのnote上で始めることにしました。特に若い世代の皆様には意外な事実が満載でお楽しみいただけることと思います。
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今回は、ある日fieldに訪れた、怪しい二人組の若者のお話です──。(Irish PUB field 店長 佐藤)
↓前回の記事は、こちら↓
ラスティックって知ってる? (2004年3月)
もうだいぶ夜もふけた時間だった。カウンターに目つきの悪い2人の若者が座った。ちょっと場違いな雰囲気を漂わせながら肩を揺らせている。いかにも怪しい。背後の椅子席にいる白人男性も身構えたように見えた。彼らはしきりに肩を揺らせて上着を脱いだ。2人とも同時に脱いだ。すると、上着の下には目にも鮮やかなグリーンのセーター。シャムロックの柄まであしらったグリーンのセーターが出現した。よく見ると2人はいかにも若い。揃いのグリーン・セーターに身を固め、初めて訪れたアイリッシュ・パブのカウンターに陣取って上着を脱ぐ! それそのものが彼らの勝負であったに違いない。気合いが入っていたはずだ。当初から彼らの登場を気にとめていた店のスタッフも客も皆ここで「おっ?」と思ったはずだ。まずは彼らの1勝。
自然に誰からともなく彼らを囲んで会話が始まる。きくと、この2人は現在修行中のDJだという。そして、DJの世界では今アイリッシュが大注目されているというのだ。それで、彼らは生のアイリッシュ・ミュージックの演奏を聴いてみようと我が field に一大決意でやってきたというわけだった。
話をすればするほど、興味深い。彼らの親しんでいるアイリッシュ・ミュージックは、ポーグスに端を発すると思われるパンク系のものだ。これらは、すでに非常にポピュラーになっていて、なんでも、「ラスティック」というジャンル名で呼ばれているとか。さらに、彼らはダブリナーズ系のパブソングにも心ひかれ、やはり、ちゃんとしたトラッドも知っとかんとのう!と鼻息が荒い。従来のマニアさんの鼻息とは明らかに種類が違う。文化系に対して体育会系、いや、武闘派と言った方が当を得ているかもしれない種類の鼻息なのだ。
まあ、おじさん的に言ってしまうと、彼らは子供達なのだが、この子供達の鼻息にわれわれは簡単に圧倒されてしまった。
そんな、「ラスティック」なんてワシら知らんぞ知らんぞ・・・。
と、非常に心細くなってしまったのだ。あるいは、なかなか思うように若いエネルギーを取り込めないでいる我がアイリッ シュ・セッションの日々の焦りを刺激されたのかもしれない。どんな形ででも、こういう怪しい子供達を虜にしているアイリッシュ・ミュージックがあったんだ!という発見。先月のキーラ3兄弟にもチラリと垣間見られた危なさ。いにしえのロケンローラー達にも通じる不良の空気。このパワー感には断然興味が湧く!
そこで、1ヶ月後に控えた、field St.Patricks Party に彼らを誘うことにした。君らの言うそのアイリッシュ・DJ をウチのパーティーでやってみないか? もちろん最初に1勝をかました彼らがこれを断るわけが無かった。これで、五分と五分。ええノリや。
field の恒例セント・パトリックス・パーティ St.Patricks Party は例年風変わりな趣向で賛否両論の論争を巻き起こしてきた。それだけに、逆に今年はどうしようか?とネタ不足に頭を痛めていたのも事実。彼らの起用が吉と出るか凶と出るか?
いやむしろ、凶と出たら出たで、われわれのセント・パトリックス・パーティに相応しいものとなるだろう。私はプラス・マイナス入り交じった期待感で時を過ごした。
折しも、field アイ研を中心とする生演奏部隊は、いつになく、早々と複数のユニットを編成してリハーサルに余念がなかった。面白い事に、純粋なアイリッシュは何故か少々敬遠される傾向にあり、東欧ジプシーやクレズマー、スウェディッシュなどの北欧もん、果てはオランダの古楽系の音楽やチック・コ リアまで引っぱり出す混沌としたプログラムが目白押し。そして、全プログラムの中間地点に配置されたアイリッシュ・DJが、どんな空気を作り出すのか? 「もっていく」のか「すべる」のか?
機材搬入からセッティングにしても従来の field パーティーには無かった異様。ステージから離れた独立したスペースに2つのターンテーブルが並んだ DJブースが出現していた。そして、背後にはストロボ・ライト。頭上には乱反射回転式カラーライト。ブースまわりにたむろする彼らと数人の彼らの仲間達。 異様。まさに異様。
しかし、フタを開けてみると、異様だったのは、むしろチック・コリアの方だった(笑)。彼らのDJは想像以上にマトモ!
初めは、なあんや、ただ交互にレコードかけてるだけか?と思っていたが、 これが全部レコードの音源か?と驚くほど多彩でユニーク。アイリッシュものオンリーというわけではない微妙な選曲。時に織り交ぜられるスカのリズム。
「スカにアイリッシュが微妙にはまるんですよ」 なんて能書きたれないでも分かるよ。結局2拍のアフタービートになってしまえば、リールも自由自在や!
とまあ、こんな合間に聞き覚えのあるポピュラーなチューン(題名覚えてない)をバンジョーでかき鳴らしたヤツが淡々と流れる。これがいつも聞き慣れているものとは全然違う雰囲気に聞こえるのだ。明らかに聞こえ方が違う。
彼らの柔軟な感覚はただただノリの面白さ、選曲チェンジのタイミング、そのつながりの違和感によってもたらされる次の曲のノリを操作する事・・・と、まあ、こういうポイントにあるんやな。そして、場内は、かつてのfield パーティーが一度も経験したことのないような、いかにもパーティー気分に満ちあふれているではないか。この空気の支配力は凄いぞ。
軽い。そういうことや。生楽器演奏の重みが無い分、人々の受け止め方もずっと軽い。軽いからこそ出て来ることのできる空気がある。これは、つまり、従来アイリッシュ音楽に対して一般に持たれていた 「敷居が高い」というイメージを一気に粉砕するものだ。
終わってみれば、充分に楽しんでいた自分に気づく。場内のほとんどの人が同じような感覚だったと思う。この世界、実は全然特別なものではないらしい。行く所に行けば普通に繰り広げられているものなんだという。ただ、単にアイリッシュ音楽ファンを自認するわれわれが知らなかったというだけのものだ。
一瞬、あんなに自由で画期的だと信じていたアイリッシュ・セッションが、どうしようもなく古くてカビ臭いものに思えたヒトコマだった。
2勝1敗で、完敗。
<すざき・かずひこ:Irish pub field のおやじ・くどいようだが、足腰に来ている。流行のウオーキングもなかなかおっくう。それで、思い立ってドラムスの練習を始めた。確かに足に来る! けど、持病の○○が・・・・>
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