〈きょうとシネマクラブ〉【ウェス・アンダーソン監督の作品のこと。】後編
★『ムーンライズ・キングダム』『アンソニーのハッピーモーテル』上映情報
★サーチライト・ピクチャーズ30周年記念上映
★ウェス・アンダーソン監督作品のこと
ウェス・アンダーソン監督が大好きだ。といっても、早口のセリフとか矢継ぎ早に変わっていく映像、たくさんのモチーフ、引用に目も耳も奪われて、気づけば映画が終わりに差し掛かっている…なんてことばかりだったりします。アンダーソン監督自身「映画を作るというのは混沌を整理しようとしながら、同時に新しい混沌を生み出してしまうということです」と言っているぐらいなので、混乱に次ぐ混乱、発見に次ぐ発見、そして何度も見返して…というのもまたひとつの楽しみ方なんでしょう。まもなく22日から始まる『ムーンライズ・キングダム』の上映に向けて、ウェス・アンダーソン監督作品をいっき見してみるというのもおもしろいです。アンダーソン監督は新作にセルフオマージュをすることもしばしば。同じ監督の作品を連続してみるとおもわぬ発見が待っているかも。ここでは、アンダーソン監督の作品をいっきょ紹介してみようと思います。(長編は全部で11作あるので、前編と後編に分けてお送りします!)
🟦【ウェス・アンダーソン監督の作品のこと。】前編
6. ファンタスティックス Mr. FOX
Fantastic Mr. FOX|2009|米|87分
声の出演:ジョージ・クルーニー、メリル・ストリープ、ジェイソン・シュワルツマン、エリック・アンダーソン、ビル・マーレイ、ウィレム・デフォー、オーウェン・ウィルソン
人間のようなキツネと仲間たちが織りなすストップモーション・アニメーション。
アンダーソン監督の6作目は、初の原作翻案作品であり、初のストップモーション・アニメーション作品です。技術が発達したCGアニメーションではなく、実際に物を動かしてコマ撮りするストップモーション・アニメーションを選ぶというのもアンダーソン監督っぽいなと思いました。彼にとって、〈実際にそこに物があること〉はとても重要なことなんだなと。アンダーソン監督が子どものころに読み、「本の扉に自分の名前を書いたステッカーを貼った」初めて“自分で所有した”お気に入りの本であったロアルド・ダールの『すばらしき父さん狐』が原作です。構想には10年を費やしたとか。ロアルド・ダールは、アン・ハサウェイが主演を務めた『魔女がいっぱい』やジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』の原作者としても知られ、アンダーソン監督はのちにダールの短編を『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』として映画化しました。
ミッドクライシスを抱え、“ファンタスティック”と呼ばれたいMr. FOXが原因となり、命を危険に晒された家族、そして近隣の動物たちという構図は、アンダーソン監督が一貫してずっと描いてきたもの。崩壊寸前の家族がさまざまな冒険を経験して、もう一度つなぎとめられるまでのお話のなかに「ビーグル犬はブルーベリーが好き」だとか「キツネはリノリウムに軽いアレルギーがあると言われている」…にあるようなアンダーソン流の茶目っ気がファン心をくすぐる一作です。
7. ムーンライズ・キングダム
Moonrise Kingdom|2012|米|94分
出演:ジャレッド・ギルマン、カーラ・ヘイワード、ブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントンほか
世界から逃げ出した少年少女の、痛みと愛に満ちた冒険譚。
アンダーソン監督の7作目は、秘密の場所“ムーンライズ・キングダム”を目指して駆け落ちした少年少女の逃避行を描きます。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のニューヨークらしからぬニューヨークにならって、『ムーンライズ・キングダム』が実際に撮影されたのはアメリカのロードアイランド州。あの入江が、Summer's Endにあるビショップ夫妻の家が実在するなんて!魅惑的なロケ地、アイテム、これまでのアンダーソン監督のこだわりをぎゅっと詰め込んだ一作であることは間違いないですが、彼の特徴である画づくりは、表現の手段であって目的ではないということも忘れずにいたいところです。
アンダーソン作品における平行線(デビュー作からアンダーソンと組み続けるロバート・D・イェーマンの平行移動撮影もどんどん洗練されていってますね)は、映画内で語られた子どもVS大人という古典的な対立構図、または様々なバックグラウンドを持つ人々が「個」として存在しながら共存する場所、出会う場所として機能しているようです。大人に傷つけられた子ども、子どもを理解できないことに怯える大人は、サムとスージーが繰り広げる大騒動によって、ときに子どもが大人のように振る舞い、大人が子どものような姿をあらわにしていきますが、次第に対立が溶け合い、境界線があいまいになっていきます(わたしはここでイヴ・ロベール監督『わんぱく戦争』を少しだけ思い出してしまいます。『ムーンライズ・キングダム』のボーイスカウトにいる男の子とのひとりは、どことなく『わんぱく戦争』の大将ルブラックの面影があるような…?)。子どもにもそのときにしかできない役割があり、大人にだって大人にしかできない役割がある。役割は、つねに変わり続けますが、嵐が去って夏が終わってもそのときにつとめた役割、それによって生まれたマジカルな瞬間は永遠にあの幻の“入江”でこだまするのでしょう。映画の終わりを迎える場所が“Summer’s End”なのもアンダーソン監督らしい演出です。
🌟上映情報:『ムーンライズ・キングダム』
11/22(金)~11/28(木)京都シネマにて上映!
8. グランド・ブダペスト・ホテル
The Grand Budapest Hotel|米|2014|100分 出演:レイフ・ファインズ、トニー・レヴォロリ、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ティルダ・スウィントン、シアーシャ・ローナン、レア・セドゥほか
世界一豊かな伯爵夫人の死と、絵画をめぐる連続殺人事件の謎。
ピンク色のホテル、淡い色のお菓子、そして物語の入れ子構造や、伝説のコンシェルジュと新人ベルボーイという凸凹コンビなどこれまでのアンダーソン節をこれでもかと詰め込んだ“傑作”として名高い長編8作目で第87回アカデミー賞4部門受賞作。
エルンスト・ルビッチやビリー・ワイルダーに代表されるベルリンから亡命してハリウッドで大活躍をした監督たちの悲劇的な背景とセットの喜劇性、そしてなにより終戦間近に絶望のなか自死した作家ステファン・ツヴァイクからインスピレーションを受けています。アンダーソン作品において「死」はいつもぎょっとする形で唐突に、不条理に挟まれますが、今作ほど喜劇性の深奥に悲劇が横たわっている作品は、はじめてではないでしょうか。アンダーソン作品に登場する、癒えない傷や痛みは常に彼とともにあるような気がしてしまいます。だからこそ、彼はキャラクターたちにその傷や痛みを抱えて共存していくエンドロールを用意しているのかもと思ったりもします。
🌟上映情報:『グランド・ブダペスト・ホテル』
12/20(金)~12/26(木) 【サーチライト30周年記念上映】として1週間上映!
9. 犬ヶ島
Isle of Dogs|米|2018|101分 声の出演:ブライアン・クランストン、ランキン・こうゆう、エドワード・ノートン、ボブ・バラバン、ビル・マーレイ、野村訓市、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、スカーレット・ヨハンソン、ほか
愛犬を探す少年と犬たちのワンダフル・アドベンチャー。
『ファンタスティック Mr. FOX』と同じように、同じ撮影所(ロンドンの3Mills Studio)で2年かけて作られたのが『犬ヶ島』。現在や過去にあった痛みや過去に対する恋慕に思いを捧げてきたアンダーソン監督が未来に目を向けたという点で、本作がまた新しいアンダーソン監督の側面を見せてくれる作品となったことは間違いないのではないかと思っています(20年後の日本が舞台といっても、その様子は戦後~高度経済成長あたりの黒澤明監督が描いてきた日本の風景と重なります…)。
前作『グランド・ブダペスト・ホテル』でも絶対的権力に屈しない個人の物語でしたが、今回はその変奏のよう。絶対的権力を持った猫派による犬排除の取り決めによって、犬たちがゴミの島に追放されたときからはじまり、ひとりの少年アタリによる救出劇、そして権力の陰謀を明らかにする逆転劇。スポッツが言う「友だちにはなれないけど大好きだ」というセリフはアンダーソン作品屈指の名ゼリフです。これまでも他者としての分かり合えなさを乗り越えて愛を描いてきたアンダーソン監督ならではだなと。
🌟上映情報:『犬ヶ島』
12/27(金)~1/2(木) 【サーチライト30周年記念上映】として1週間上映! *12/31と1/1は休館日です
10. フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊
The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun|2021|米|108分
出演:ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、フランシス・マクドーマンド、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、ほか
映画と活字文化へ愛を捧げる、ノンストップ仕掛け絵本のような映画。
『犬ヶ島』で日本カルチャー、とくに黒澤明監督への愛を捧げたアンダーソン監督、10作目ではあらゆる活字カルチャーとフランス映画への愛をたっぷりに「物語」の可能性について物語っていきます。
物語は大きく4つ。自転車レポ-ターのプロローグにはじまり、服役中の芸術家による期待の新作の顛末をつづった《確固たる名作》、短編の名手メイヴィス・ギャラントをモデルにした記者がつづった学生運動の日記《宣言書の改訂》、そしてフィナーレを飾るのは、ジェームズ・ボールドウィンとA・J・リーブリングを混ぜ合わせたような孤独な異邦人記者が巻き込まれる大騒動を追った《警察署長の食事室》。
その稀なるセンスによって構築された形式主義的構図は、もはや孤高の地位にありますが、それでもその構図を破壊してまで人間という不器用で愚かでもある登場人物たちにユーモアと愛おしさを見出していくのです。わたしのお気に入りは、俳優レア・セドゥに捧げられたともいえる《確固なる名作》。彼女にあてがきされたという芸術家のミューズでもあり看守でもあるシモーヌという役は、これまでのフィルモグラフィで映画ファンを夢中にしてきたレア・セドゥが持つ所有を許さないまなざしと孤独にリスペクトがこめられた役でした。書かれた物語、映し出された映像には、作り手が見出したなにか、とても尊いものが永遠に刻み込まれる。そのことをこんなにも愛おしく「物語」として描き出すアンダーソン監督は、やっぱり愛の人なのだと思います。過去作を超える膨大でいて、早口のセリフと情報量と引用の波に圧倒されるのもまた楽しい。オムニバス形式の物語たちをつなぎとめるのは、ビル・マーレイ演じる編集長の役目 。記者たちにそっと寄り添う姿勢は、ウェス・アンダーソンの映画作りそのものにも繋がり、彼の(ひいてはアンダーソン監督本人の)冒険に拍手。思わず涙してしまいます(、そしてフレンチ・ディスパッチ編集部の壁に書かれた「NO CRYING」を思い出してグッと我慢する)。
11. アステロイド・シティ
Asteroid City|2023|米|104分 出演:ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、マヤ・ホーク、他
宇宙人到来!?おかしくて、切ない、ある夏の7日間。
テレビドキュメンタリーの形式をとった、白黒の正方形画面で始まる本作は、劇作家コンラッドの演劇作品“アステロイド・シティ”と、その舞台裏を交互に見せる入れ子構造。アンダーソン監督は、本作を「ジェイソン・シュワルツマンのために書いた」と公言していますが、シュワルツマンが演じ、そしてアンダーソン監督の自伝的要素がふんだんに盛り込まれた『天才マックスの世界』のマックス・フィッシャーを彷彿とさせて、思わぬ再会がうれしいです(そして最高の演技を見せてくれます!)。抱腹絶倒なアメリカのトゥルー・ストーリーは、予測不可能性と、それを理解し受け入れようとする試みのあいだの緊張を描き、前作『フレンチ・ディスパッチ~』からまたもや限界突破して、アンダーソンの世界を拡張した驚異的な一作でした。
以上、『ファンタスティック Mr. FOX』から最新作『アステロイド・シティ』までの紹介でした。驚くべきことに、すべての長編作品がなにかしらの配信サイトで観れます。ですが、劇場でかかる作品はぜひ劇場で観てほしいです!
いよいよ11月22日からは『ムーンライズ・キングダム』の上映が始まります。ぜひ、スクリーンでの出会い/出会い直しの機会に◉
映画館・京都シネマと配給会社・Gucchi’s Free Schoolが、規模や知名度、新作、旧作にこだわらず、いまこそ見たい映画作品を上映する企画です。
vol.1では、特集「女性と映画」と題して、4作品を毎月1作品上映しました。vol.2では『ムーンライズ・キングダム』、そしてvol.3では『アンソニーのハッピーモーテル』を上映します!今後の上映もお楽しみに。
◉過去、上映した作品のトークイベント再録も150円で販売中です!
🔻キャスリン・ビグロー監督『ラブレス』×映画研究者・原田麻衣さん🔻
🔻アイダ・ルピノ監督『青春がいっぱい』×映画文筆家・児玉美月さん🔻
🔻クローディア・ウェイル監督『ガールフレンド』×同志社大学教授・菅野優香さん🔻
🔻アベル・フェラーラ監督『天使の復讐』×映画研究者・鷲谷花さん🔻