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折々の絵はがき(62)

◆絵はがき〈六十余州名所図会・阿波鳴門の風波〉歌川広重◆
江戸時代(19世紀) 東京国立博物館蔵

絵はがき〈六十余州名所図会・阿波鳴門の風波〉歌川広重

 ざぱーんざぱーん。波の音とともにごうごうと強い風の音が聞こえてきます。画題の「風波」とは風が吹いて立つ波のこと。確かに波は山のようにそびえる岩へ打ちつけると激しく砕け、高々と真っ白いしぶきを上げています。知らない間に吸い込まれてしまいそうだな。まるで巨大な生き物のようにうごめく海のなか、波と波がぶつかり合い渦を巻く様子は恐ろしく、足がすくむような感覚に襲われました。
 ここは四国。淡路と鳴門の間の内海と紀伊水道を結ぶ鳴門海峡です。広重はどこからどう眺めたのか、まるで写真を撮るかのごとく、ばしっと構図を決めています。絵はがきから漂ってくるのは湿った潮の匂い。波しぶきは空へ何本もの手をのばすかのように描かれ、海の色も一色ではありません。荒れ狂うように見える海は、視線を遠くへやると穏やかさをたたえ、空にはのんびりと飛ぶ鳥たちが描かれています。
 歌川広重は《東海道五拾三次》で名声を確立し、《富士三十六景》など様々な名所絵を手がけました。《六十余州名所図会》は全国の名所を描いた晩年の人気シリーズで、なかでもこの「阿波 鳴門の風波」は名作のひとつとうたわれています。気軽に旅行の叶わぬ時代、広重は刊行されている各地の案内書「名所図会」を種本とし、挿絵を独自に再構成したのだとか。つまり視線すら感じられるこの臨場感はひとえに彼の想像力のたまもの。その力は絵に息吹を吹き込み、人々の旅への憧れをいっそうかきたてたのでした。

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