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折々の絵はがき(37)

〈東都名所 かすみが関〉
歌川国芳 天保2-3年 千葉市美術館蔵

絵はがき〈東都名所 かすみが関〉歌川国芳 筆

 紺碧の空が江戸の日差しの強さを教えてくれます。遠くにゆらゆらした陽炎が見えるようで、眩しい時みたいに思わず手をかざしそうになりました。汗を拭きふき暑いねと言い合うやり取りがあちらこちらから聞こえてきそうです。短い影からするとちょうどお昼時でしょうか。もくもくと立ち上る白い雲。これからまだまだ気温は上がっていきそうです。

 女性は一刻も早くこの暑さから逃れたいのかどことなく早足に見えます。扇子で風を送っても日傘で影をこしらえても汗ではがれるおしろいに苛立っているのかもしれません。反対に後ろを歩くお付きの男はずいぶんお気楽そうです。強い日差しもなんのその、背中からはのんきな気配が感じられ、ひょいひょいと足取りは軽やかです。向こうからやってくる上半身裸の男は材木を大八車で運んでいます。きつい坂道、後ろを押す仲間はいるのでしょうか。身体を折り曲げ全体重をかける様子は真剣そのもので前を見る余裕はありません。

 歌川国芳は12歳で初代歌川豊国へ入門し、30歳を過ぎた頃「水滸伝」をテーマにした作品でようやく名声を手に入れました。国芳が描きとめた一瞬の光景を眺めていると、不思議なことに絵はがきの中の人びとが生き生きと動き出すような気がしてきます。家に辿り着いた女性はたまらず合わせをぐいと開き、濡らした手拭いで汗を拭いてはほっと一息。道の端を歩くお侍はふらりと茶屋へ吸い込まれ、荷を運び終えた男は頭から水をかぶるかもしれません。思い浮かぶのは変わらない人の営みです。なんだか厳しい夏を過ごす同志のような気がして、会ったこともない違う時を生きた人へ「今日もおつかれさま」と声をかけたくなりました。

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