❶比叡山の西麓に生まれる
生源寺(滋賀県大津市坂本)
誕生した三津氏の館に、最澄が自ら建立した寺。最澄は14歳で近江国分寺で得度して、奈良の東大寺戒壇院で受戒し僧になった。
❷比叡山を拠点にする
延暦寺(滋賀県大津市坂本本町)
最澄は20歳で比叡山に草庵を結び、一乗止観院と名付けた。遣唐使で渡った唐から帰国した後も、第50代 桓武天皇の許可を得て比叡山を拠点に、唐から持ち帰った天台宗を広める活動をした。亡くなった後に、開創した時の年号をとって延暦寺とされた。
❸4か所目の戒壇院となる
最澄の没後7日、朝廷から延暦寺に戒壇院の許可がおり、延暦寺から多くの僧が生まれた。
【その他の関連史跡】
❶きっかけになった神護寺での講演
(当時の寺名は高雄山寺:京都市右京区梅ヶ畑高雄町)
802年、和気清麻呂の息子がおば・広虫の三周忌に最澄に講演を依頼した。その後、最澄は和気氏の援助を得て還学生として唐で学び、帰国後も高雄山寺で灌頂を授けるなどした。
❷3つの戒壇院
東大寺(奈良県奈良市雑司町)
観世音寺(福岡県太宰府市観世音寺)
薬師寺(栃木県下野市薬師寺)
『京都遠足』(P34)
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