「ショートショート」平均男の特殊能力『筆記用具』編③
・・・②からの続き。
もう信じるしかないのかもしれない。
自分だけに聞こえているのか?
右隣の席の、酒井は、片肘をついて寝ている。
左隣の席の吉田は、先生の話を熱心に聞いている。
熱心に聞いているから、筆箱からの声が聞こえない、という感じでも無さそうだ。
左の左の席には、長友が窓の外を眺めていて、何も気づいていなさそうだ。
後ろの席の川島、振り向かないと見えはしないが、違和感があれば、必ず声をかけてくるはずだ。
そういえば、この席の配置、サッカー日本代表の4バックみたいだな。
担任の先生の名前は岡田だし。
いや、今は、そんなことはどうでもいい。
筆箱の中から声が聞こえているのだ。
前の席の松井はどんな反応だ?
表情は見えないが、後ろから声がしたら、振り向くはずだ。
振り向く様子も全くない。
左前の席の高橋はどうだろう。
熱心にノートを書いている。板書をとっているのか、落書きをしているのか、ここからではよく見えないが、特にこちらの筆箱を気にしている様子はない。
右前の席の清原は、清原の右隣の交換留学生にちょっかいを出していて、こちらの様子どころでは無さそうだ。
そういえば、前の席は、長嶋監督時代のクリーンナップみたいだな。
清原の右隣の交換留学生の名前は、
残念ながらペタジーニでも、マルティネスでもないが。
いや、だから今はそんなことどうでも良くて・・・。
この筆箱から聞こえる声に反応するべきか目を背けるべきかを考えないと。
でも、聞こえている限り無視するわけにはいかないか。
まだ使い続ける訳だし。
まず、筆記用具は話せるのか?
いや、もともと筆記用具は話しはしていたのが、聞こえるようになったのか?
どちらでもいいが、普通こういう類の能力が芽生える瞬間にはきっかけがあるはずだ。
雷に打たれた、とか、強く頭を打った、とか。
特にきっかけなどなかったと思うが、聞こえていることに間違いはないようだ。
筆箱の中で、日々会話があったということになる。
筆記用具の言葉を、「ふでば語」とでも呼んでおくか。
私は「ふでば語」を聞き取れてしまっている。
平均男に特殊能力が芽生えた瞬間である。
・・・続く。