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千原英喜《おらしょ》

演奏に寄せて

 決して忘れることのできない場面がある。100人の歌い手、1000人の聴衆を前に「らおだて」「なじょう」「ぐるりよーざ」を唱える男性達の声がカトリック教会の大聖堂に静かに響き渡る。
 長崎・生月島壱部集落に伝わる歌おらしょ、その声はカクレキリシタン信仰者の祈りそのものであった。2006年10月、浦上天主堂で開催されたローマ教皇来崎25周年記念コンサートで、クローバークラブは立教大学グリークラブOB男声合唱団と共に、大島ミチル作曲《御誦(おらしょ)》を演奏した。演奏前に唱えられた歌おらしょは言葉が磨滅し、歌とも節とも聞き取り難い部分があったが、彼らが守る信仰の神髄を肌で感じ、私たちは特別な感動と喜びのうちに演奏することができたのだった。秘匿を旨とする歌おらしょが面前で披露されるのはまさに異例であり、収録映像は貴重な史料として地元で保存されたと聞いている。
 私たちは合唱を通して心にある言葉を声を出して歌い上げることの素晴らしさを知っている。他方、声を上げることを赦されず途方もない沈黙のうちに密かに存在した救いへの祈りの歴史を噛みしめる。作曲家はこの《おらしょ》を「自由なファンタジーによって創り上げられた幻想的バラードである」と語り、必ずしも宗教作品として位置付けていないが、同志社には代々歌い継いできた祈りのハーモニーがある。カクレキリシタンの抱いた夢や希望、情熱、厳しい弾圧に対する苦しみ、悲しみ、そして幸福を願い続けた思いと重ね合わせ、今を生きる私たちにおける真の平和の賛歌として壮大に歌い上げたい。

2013年6月23日 第19回東西四大学OB合唱連盟演奏会パンフレットへの寄稿


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