こんなときにイケメンはいらない
美女やイケメンは、周りを幸せにする生きものだ。その美しさで見ている側を魅了するのみならず、明日生きる希望を与える。なかには自らの美を認識するがゆえ傲慢になる者もいるが、美しいことに変わりはなく、見る人の心を潤してくれる。生きているだけで自ら得するだけでなく、世間にも良い効果を与えるなんて、美しい人とはなんと尊い存在なのか。
しかし、全てのシーンで歓迎されるかといえばそうではない。お願いだからどっか行ってと思うときもある。
つくづくそう思ったのが、最近行った美容クリニックだ。目的は小顔効果のあるハイフ。ハイフとは、ざっくり言うと、肌の深部を超音波熱で温めることでリフトアップする施術のこと。最近自分の顔の大きさが気になり、久しぶりに受けることにした。これまで新宿のクリニックに行っていたのだが、わざわざ美容のために新宿に行くのは億劫なので近隣のクリニックに行くことにした。
美容クリニックは初回・初めての施術前に必ず個室でカウンセリング担当から説明を受ける。この流れはどのクリニックも同じだ。カウンセリングはだいたい女性スタッフで、この日も例に漏れなかった。
今まで何回かハイフを受けているものの、お初のクリニックはやはり緊張する。ところが、その不安もどこへやら。この日のカウンセリング担当は見るからにベテランの女性で、どっしりと構えながら流暢に説明してくれる姿に安心した。その勢いで気になるほうれい線も相談し、追加でヒアルロン酸注射を打つことにした。
この選択が、この後後悔させるものになるとはそのとき思いもしなかった。
説明が一通り終わると、次は医師の登場だ。これまで女医が担当することが多かったので、この日も当然女医だろうと思っていた。待つこと数十分、コンコンとノックの後に入ってきたのは、マスク越しからもわかる眉目秀麗のイケメンドクター。黒髪センター分けの王子系ジュノンボーイといったところか。あとでホームページでドクター一覧を確認すると、品の良いKPOPアイドルのような彼の写真があった。今年入社したばかりの若者だった。
なんてこった。今日に限ってイケメンか……。
美容クリニックに行くときは、肌の状態が見やすいように極力スッピンで行くことを心がけている。この日もほぼスッピンに加え、ニキビができていた。しかも、なぜか顔がむくんでいて、自分的にブサイクな日だった。
そんな顔をイケメンに見られるのは非常に恥ずかしい。なぜ今日は女医でないのかと神様を恨んだ。
診察が終わるといよいよ施術だ。看護師に連れて行かれた洗面エリアでメイクを落とし、施術室に向かう。ハイフの施術は看護師がやることが多く、看護師は女性が多い。やはり今回も女性の看護師が担当してくれた。
ハイフは超音波の熱を使うマシンのため、施術後は顔が赤くなる。久しぶりかつ今回のハイフはおそらく過去一強力だったので、いつも以上に赤くなった。ちなみに、湯上がり卵肌のようなかわいい赤ら顔ではない。毛細血管が浮き出た、異様で田舎っぺな赤ら顔。おばさん、施術頑張ってるわよ感が出ていた。
残るはヒアルロン酸注射。確か、以前違うクリニックで受けたときは医師が担当した。もしかして、あのイケメンドクターに施術されるのか。不安がよぎる。
いや、もしかしたら、このクリニックはヒアルロン酸注射は簡易だから、看護師が行うかもしれない。クリニックによって違いがあってもおかしくない。きっとそういうこともある。いや、そうであってほしい!
そんなわけがなかった。
私の願いはどこへやら。しばらくしてやってきたのは、あのイケメンドクターだった。
超音波熱と格闘後の赤ら顔をまじまじ見られるだけでも苦痛なのに、穴があったら入りたくなったのは、ほうれい線のマーキングだ。イケメンが目の前に迫り、注射する箇所を外さないようにマーカーでほうれい線をなぞる。
私のほうれい線は決して濃くない。まだほうれい線予備軍で深さは浅く、見た目にもうっすらとしているくらい。
そのうっすら具合がマーキングをする必要性を引き起こした。イケメンドクターが真剣な目で赤ら顔のアラフォーBBAの顔をマークする。滑稽だ。実に滑稽すぎて消えて無くなりたい。
もしほうれい線が濃ければ、マーキングしなかったのでは。このときほど、ほうれい線の薄さを憎んだことはない。
ベッドに寝転び、イケメンがほうれい線に向けて注射する。「刺すときは教えますね」の言葉どおりイケメンが打つ度に優しく合図する。丁寧なだけど見下されている気がしてイラっとした。
冒頭に「徐々に打つのでドクドクと入っていく感じになります。でも、これが普通です」と言われた。実際に打たれている最中は、ほうれい線にニュルニュルとヒアルロン酸が入っていくのがわかる。イケメンドクターも「はい、入りますよ〜。ドク、ドク、ドク」と話しかけてくる。このあやされている感じが恥ずかしさを増やす一因だ。
丁寧な対応だが、ベテランのような振る舞いをする。これは演出なのか。嫌悪感は持たないものの、年上の私をあやすような言動は本人のパーソナリティと乖離しているように見えた。医師とは、年次が浅くても偉そうに振る舞うのが文化なのか。緊張してパニック状態のなか、そんなことを考えながら、目を瞑ったままほうれい線に注がれるヒアルロン酸をドクドクと感じていた。
両側を注入後、「はい、終わりましたよ」と言われ鏡を渡された。鏡には、赤ら顔のヒアルロン酸を入れてぷくっと膨れているアラフォーが写っていた。この顔がまたブサイクだった。
「ヒアルロン酸はすぐに効果があるので変化がわかると思います」と満足気に言うドクター。確かにプクッとしていて良い出来。満足する一方で、内心はこのブサイク顔を見られていることが恥ずかしくて仕方ない。「うわぁホントだぁ」と相槌を打ちながら心の中では「ああ見ないで。もう、最悪」と思っていた。
なぜこれほどまでに恥ずかしいのか。
若くてかっこいい異性だから意識しているがゆえの恥ずかしさなのか。
いや、違う。そんな単純な感情ではない。
この美しい生きものが、むくんだ赤ら顔を見て内心は蔑んでいるのではないかと思うと居ても立っても居られない。同じ人間なのに、平等に見てもらえてないのでは? と凄まじい恐怖さえ感じる。これは私の自分の自信への無さから生まれる妄想かもしれないけど。
その恐怖から「今すぐ消えたい」と思ってしまう。自分の存在を否定されているような気がして、そんな自分でいることがたまらなく恥ずかしい。消えて無くなりたいと思うと同時に、早く出ていってとドクターに憎しみさえ感じた。
あちらは仕事だし、私のように赤ら顔のむくみ顔を何人も見ているだろうから何とも思わないだろう。だとしても、慣れているからこその患者を物のように見るあの冷めた目が、私という存在を否定しているようで辛い。何にせよ、美しくあろうと必死に醜態を見せる患者の前にイケメンはいらない。この日ほどイケメンに消えてほしいと思ったことはない。
確かに、イケメンがいるとテンションが上がるときはある。しかしそれは、自分がベストコンディションだったり、特に問題がないときだろう。恥を晒し、みっともない姿のときにウェルカム精神で受け入れられる人は少ないのではないだろうか。
少なくとも私は無理だ。イケメンとはベストなときでないと会いたくない。偶然イケメンだっただけかもしれないし、リピーターづくりのためにイケメンを採用している美容クリニックの戦略かもしれない。前者なら致し方ないが、もし後者を経営において有効と考えているなら、その考えは正すべきだ。
イケメンドクターが誰にでも受け入れられるわけではない。イケメンがいれば経営は安泰と思っていたら大間違いだ。
私個人としては、もう2度とイケメンに担当してほしくない。美容クリニックなら女医か人の良さそうなおっさんがいい。いくら醜態を見せても変に緊張しないからだ。どんなシーンでもイケメンが通用することはなく、人によっては行きたくなくなる要因になることを美容クリニックには理解してほしいと思った1日だった。