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競馬実況技術論

競馬Advent calendar 12/21 は私、競馬実況Vtuberの京野聖也が担当します。

題名にもあります通り、今回書く内容は「競馬実況の技術について」

「自分程度の人間が技術に関して語るなんておこがましい」という理由から今までこの手の話題に関して触れたことがなかったのですが、実際にYouTubeライブにてリアルタイムで実況をするようになって1年以上が経ち、いろいろと見えてきたものがあるので、これを機にまとめようかなというところです。

以下の文章はあくまでアマチュアの実況者である私の持論であることをご了承ください。

前提

前置きのところで謙遜しておきながらこんなことを言うのもアレですが、私の競馬実況はアマチュアのなかでもかなり上位レベルだと自負しています。

理由としては単純で、過去にアナウンススクールに通っておりプロの方から直に実況の仕方を学んでいたからです。
お金を払って学んでいたんだから上手いのは当たり前ですし、人前で披露する以上、上手くなければ先生方に失礼です。
結局わけあって就活でテレビ局やラジオ局は受けなかったんですけれどね。

今回語る内容は競馬実況技術論ですが、そこのスクールで習った内容を垂れ流すわけではありません(営業妨害になりますので)。

このnoteを読んで得られるものはあくまでそれより手前の手前、競馬実況における基礎の話になります。

競馬実況について話すのですが、競馬以外のスポーツの実況、なんならゲーム実況なんかでも使える汎用的なテクニックも織り交ぜて書いていくつもりです。

もしよろしければ最後までお付き合いいただければと思います。

【注意事項】
まず前提として私の差す競馬実況というのは「ゲートが開いてからゴールを終えて1~3着までの着順を伝えるまでのあいだ」になります。
正確には輪乗りの際の待機時間やゴール後のウイニングランでの喋りも競馬実況ではあるのですが、今回そこは省きます。

競馬実況のルーティーン

まずは私が競馬実況をするにあたって日頃どのようなことをしているのかを語ります。

⑴塗り絵をする

競馬実況においては塗り絵は、カンペどころか命綱と言っても過言ではありません。

例えばこれは先日の中京新聞杯を実況した際に行った塗り絵です。

これを暗記して…とはいっても不安にはなりますからレース中にチラチラと観ながら実況を行っています。

塗り絵に必要な情報は以下の6点です。
⑴馬名
⑵馬番
⑶枠帽の色
⑷勝負服の色
⑸騎手名(私は書かない)
⑹コースの距離と形状(私は書かない)
⑺レース名(私は書かない)

私はレースが始まる際に「〇〇競馬場第〇Rは〇〇ステークス、ダートの1800m、出走頭数は〇頭です」というようにしているのですが、これはnetkeibaの画面を観ながら読んでいるので塗り絵には⑸⑹⑺の情報は書き込みません。ですが、普通は書いたほうがいいと思います。
また、後述しますが情報を極限まで削りたいという観点から長距離戦を除いては騎手名も書いていません。これはさすがに書いたほうがいいと思います。

私の場合、塗り絵に書くのは馬名、馬番、枠帽の色、勝負服の色の4つだけです。

余談ではありますが、本職のアナウンサーの方の競馬実況中に1秒ぐらい間が開くことがあったりしますが、その間は双眼鏡を外して塗り絵に視線を落としているから生まれているものが大半です。

⑵暗記する

塗り絵をしただけでは暗記しきれませんから、次は暗記する作業です。

具体的には馬番と勝負服を観ただけで馬名が出てくるように暗記します。

まるで受験生のようですが以下の画像のように私はカードで馬名を隠しながら暗記を行っていきます。

塗り絵と暗記の作業は前日までに終わらせます。
暗記は完全に暗記するレベルまで引き上げておきましょう。

かかる時間の目安ですが、例えば7頭立てとフルゲートではかかる時間は大きく異なりますが、5R分の塗り絵と暗記で2時間半ぐらいを要します。

やることは単純なのですが、結構時間がかかります。

⑶発声練習をする

競馬実況を行う当日になりました、おはようございます。

その日にやることですが、実況を始める1時間前程度から発声練習を始めましょう。

競馬実況で必要なのは聴き取りやすいハキハキとした高い声です。
高い声でもモゴモゴしていたり、いい声だとしても低い声はNG。

喉が温まれば何を行ってもいいのですが、私は以下の3つを行っています。

①「あえいうえおあお」という演劇部がよくやっているアレ
ここで意識するべきなのは口の形です。
しっかりと口が開いているか、唇が締まっているかを確認しながらやることが望ましいので、できれば鏡の前で行うか手鏡を用意しましょう。
正しい口の形については興味があれば調べてみてください。

➁「あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ」という50音発音
ここで大切なことは2点あって、1点目は途中で息継ぎせずにそれぞれの行を言い切ること。
実際にやってみるとおわかりいただけると思いますが、これが意外と難しく肺活量の少なさを思い知らされます。
特にハ行は空気が抜ける音なので最後まで一息で読むのはかなり難しいですが、逆にハ行を一息で言えるようになるというのを目標にしてもいいかもしれません。
大切なこと2点目は早口にならないこと。
競馬実況は早口言葉ではありません。
聴き取りやすくても早口の実況になることは好ましくありません(アングルの関係でスプリント戦はどうしても早口になってしまうんですけれどね)。
ここでも意識することは自身の発音がしっかりできているかどうかです。

③外郎売の音読
これも演劇部や声優志望の方が発声練習としてよくやっているやつですね。
「拙者親方と申すはお立会いのうちにご存じの方もおられましょうが~」から始まる歌舞伎の演目で、有名なのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
知らなくても全然大丈夫です、まずは検索して全文を見つけて口に出して読んでみましょう。
これも重要なのは早口になりすぎないこと(ある程度の早口はOK)。
あくまで自身の発音チェックや、「この音とこの音が続くと噛みやすいな…」という弱点の発見や克服に使用してください。
本格的に声を仕事にしたい方は「当然外郎売を諳んじることができるよね?」みたいな風潮があります。
何故か私も暗唱することができます、別にそこまでする必要ないですが。

①~③までじっくりやれば30分以上かかりますが、そこまで時間をかける必要はありません。
さくっとやれば十分です。

さて、つらつらと発声練習について書いていましたが、私は正直サボりがちになっておりまして、最近はもはや➁しかやっていません。
ぜひとも実況をされる皆様や滑舌を鍛えたい方は①~③をやってみてください。

⑷馬名暗記の最終チェック

馬名は前日にしっかり暗記したと思いますので、その最終チェックになります。

もう一回カードで隠して暗記がしっかりできているか確認してみましょう。

実際暗記をしてみるとわかるのですが、たかだかカタカナ数文字なのに何故か何回やっても覚えられない馬名があったりします。
そういうときは潔くレースの際に塗り絵を観ますけれど、できれば全部暗記してください。

「当日にしっかりと覚える時間を設けるならば前日に覚える必要はないんじゃないの?」と思った方もおられると思いますが、結論から言いますと前日までに完全暗記してください。

当日に詰め込むのと前日から余裕を持って覚えているのでは暗記でもしっかりと頭に入っている度合いが異なります。
学校の英単語のテストではなく、より瞬発力が必要とされる競馬実況では、たかが暗記とはいえ、その深さが重要だと考えています。

⑸実況をする

ここまでやったら他にレース前にしておく備えはなに一つありません、自信を持って競馬実況を行いましょう。

各馬がゴール板を通過して1~3着までの着順を伝えるまでが競馬実況です、最後まで気を抜かずに頑張りましょう。

競馬実況の組み立てについては別章で述べますので、ここでは省きます。

⑹覚えたことを忘れる

1日に実況をするレースが1回だけならいいですが、基本的には1日に数レース実況を行うと思います。

その際「あとは複数回こなすだけか~」と思いますが、意外と大切なのが覚えた馬名を忘れるということです。

前のレースで「レッド〇〇」や「メイショウ〇〇」がいて、次のレースにも同馬主の馬がいるというのはよくあることです。
そうなると前の記憶とごっちゃになって呼び間違えてしまうということが頻発します。

忘れるために何をするかと言われると特になく、もう一度カードで隠して次のレースの暗記確認をするか、コーヒーとかを飲んで一息つくぐらいしかないんですけれどね。

野球解説者の水野雄仁さんは、一緒に試合中継を担当した日本テレビの辻岡義堂アナウンサーが、阿部慎之助の入団年度やタイトル獲得の回数、野球国際大会におけるルールの違いなどで勘違いなどで誤実況を連発し、中継の最中であったにも関わらず辻岡アナを痛烈に批判したという出来事があります。

覚えていれば済む話ではあったのですが、逆にいえば野球やサッカー実況におけるこうした知識や情報は一度覚えればずっと使えるものですが、競馬の塗り絵はそうではありません。
同じ馬同士が同じ枠番でもう一度同じレースを行うことは100%ありませんから、覚えたことは適宜忘れる必要があります。

野球実況と競馬実況はメモリのROMとRAMのような違いがあると思っています。

競馬実況の情報優先順位

競馬実況を行うまでの準備について話しましたので、ここから先はゲートが開いてからゴール後までの競馬実況そのものについてです。

あくまで競馬実況をほとんどやったことがない方が一定のレベルに達するために必要なことを書いていきます。

まず競馬実況は簡単に二分割すると前半と後半に分かれます。
前半はスタートしてから4コーナーをカーブするまで
後半は各馬直線に入ってからゴールして着順を伝えるまで

まずは前半の競馬実況について解説していきます。

前半の競馬実況で求められることは「馬群の隊列整理」です。

前半の競馬実況の要素を分解し、情報に優先順位をつけて並べると以下のようになります。
⑴馬名
⑵残りの距離
⑶馬同士の間隔
⑷馬の内外の関係
⑸馬番

⑴馬名

前半の競馬実況で絶対にしなければいけないことがあります。
それは「全頭の馬名をあげる」ことです。

東京の3600mでも中山の1200mでも絶対に全頭の名前をあげなければいけません。
理由としてはレースに参加している馬の名前をあげないことは、その馬に携わるすべての関係者に失礼だからです。

競馬実況を全くやったことがなく「まずはなにをすればいいの?」という方は、どのような条件のレースでも全頭の名前をあげられるようになってください。

距離や頭数がちょうどいいため、まずは2000mで8頭立てのレースから実況の練習をしてみるといいと思います。
毎年芙蓉ステークスがそのぐらいの頭数だった気がします。

全頭の馬名をあげるという行為は必ず行わなければ行為であり、練習中であれば他の情報はすべてそぎ落としても問題ありません

具体的には全頭の馬名をしっかりとあげられるようになるまでは、馬番や残りの距離等の他の情報は言わなくてもOKです。

先日の阪神JFを例にあげますと、ゲートが開いてからは「サンティテソーロ、モリアーナ、イティナラートル、アロマデローサ、キタウイング…」のように他のあらゆる情報をそぎ落として馬名だけポンポンとあげていってください。

もちろんわからなくなったら塗り絵を観てもいいですし、つっかえてしまっても問題ありません。
全頭の名前をあげることができたら、次に必要となる情報を差し込んでいきましょう。

逆に言うと全頭の名前をあげることができない人は、人前で競馬実況を披露するレベルにありません
関係各所に失礼ですので競馬実況を控えるか、そのレベルに至るまでしっかりと練習してください。

かなり強い口調で全頭の名前をあげる大切さを訴えましたが、「じゃあお前が毎回必ずできているのかよ⁉」と言われると、5Rあったら1Rぐらいは見落としが起きています。

原因はカメラワークとの相性が悪かったり、馬同士が完全に重なっていたりとその時に応じて様々あるのですが、それを理由にして「仕方ないじゃん」としてはいけません。
カメラワークとの相性が悪い場合でも情報を削って馬名をあげることはできますし、すべては自分の技術不足です。

私ほど昔から競馬実況を意識高く練習している人間ですら、全頭の名前をあげるという当たり前に行わなくてはいけない作業を当たり前にできていないのです。
そこに競馬実況の難しさがあります。

これだけ全頭の馬名をあげる大切さを説きましたが、唯一の例外は新潟の直線1000mです。

今年のアイビスサマーダッシュを観てみますと、18頭立てでゴールまでに呼ばれた頭数は11頭。
7頭は一回も馬名を呼ばれませんでした。

理由としては距離の短さや頭数の多さで、馬名を全頭あげているとレースの後半で必要な脚色の見極めという作業ができないからでしょう(脚色の見極めについては後述します)。
また、私のように映像を観ながら競馬実況をしているとカメラワーク的に全頭の名前を口に出すことはほぼ不可能です。

千直は特殊なレースですから、まずは普通のレースで⑴~⑸の情報をレース中に十分に差し込めるようになってから練習すれば十分です。

⑵残りの距離

全頭の馬名を言えるようになったら、次は適宜残りの距離を口に出していきましょう。

レース映像を観ているとハロン棒が目に入りますから、見えた際に「残り1000m」とか「〇〇のハロン棒を通過」とか口に出していけばいいです。

このハロン棒ですが、集中して勝負服を観ていると意外と見落としてしまうんですよね~。
全頭の名前をあげることが最優先ですから、目に入ったときで大丈夫です。

具体的にレース中に何回言わなければいけないというのはありません。しいていえば4コーナーに至るまでに1回、最後の直線で1回あればいいなと思います。
中山1200mでしたら、中間の600mと最後の200mですかね。

最後の直線で口に出すのはかなり簡単なので、そこに至るまでの道中で一回残りの距離を言うことを意識してみてください。

⑶馬同士の間隔

次に重要な情報が馬同士の間隔。
競馬実況でよく出てくる「馬身」という表現です。

「前との距離は〇m」というよりも「前との距離は1馬身」というほうが隊列をイメージしやすいですよね、優れた表現方法です。

阪神JFですと「サンティテソーロリードは2馬身、2番手にモリアーナ、イティナラートル、アロマデローサが半馬身差追走、キタウイングがさらに半馬身差でこれに続きます」のように馬身を差し込んであげてください。

一気に競馬実況らしくなってきたと同時に、一気に難易度も増しました。

コツは思いつきませんが、意識してほしいのは全頭の名前を呼ぶことが最優先であるということ。
馬身を伝えようとするあまり、カメラに置いていかれるようではいけません。
カメラに置いていかれそうだと思ったら、馬身の表現は諦めて馬名をポンポンとあげるモードに切り替えてください。
また余裕ができたら馬身の表現を再開すれば大丈夫です。

競馬実況は「自分が買っている馬が隊列のどこにいるのか」「何着でゴールインするのか」を知りたくて聴いている方がほとんどだと思います。
ですから距離感はかなり重要度が高い情報ではあるのですが、あくまで最優先で口に出す事項は変わりません。

⑷馬の内外の関係

続いての情報は馬の内外の位置関係です。
競馬実況をラジオ形式で聴いてくださっている方が頭で隊列をイメージするためには必要不可欠な情報ですが、これも競馬実況に盛り込んでいくとなると、かなり忙しく感じるかと思います。

阪神JFですと「サンティテソーロリードは2馬身、2番手にモリアーナ、外からこれに迫ってイティナラートル、内からはアロマデローサが半馬身差追走、最内からキタウイングがさらに半馬身差でこれに続きます」のように内外と位置関係をつけて隊列を立体的にしていきます。

競馬実況をしていると15番の馬が内にいて、その外に1番の馬がぴったりと追走しているといった状況にもよく遭遇します。
枠順を考えたら普通は1番が内にいて15番が外にいますよね?
そういう場合は「15番〇〇内に馬を入れてその外に1番の〇〇が続きます」のようにあえて強調した表現を差し込んだりもします。

⑸馬番

最後の情報は馬番、意外にも優先順位としては最も低い情報です。
理由としては馬名を言うことができれば十分だからです。

阪神JFですと「1番サンティテソーロリードは2馬身、2番手に5番モリアーナ、外からこれに迫って11番イティナラートル、内からは4番アロマデローサが半馬身差追走、最内から2番キタウイングがさらに半馬身差でこれに続きます」のように馬名の頭に馬番をつけます。

馬番を付け加えるとなぜか実況のテンポがものすごくよくなって聴き心地が増しますが、馬名があれば十分ではありますので、言い間違えるぐらいなら言わないほうがいいです。

本番の競馬実況でも言わなくても問題ありません、塗り絵に馬番を書かなくてもいいぐらいです。
初心者の方は塗り絵から馬番の記載を消すことをおススメします。
競馬実況が好きであれば反射的に馬番を言いたくなってしまうと思いますが、そこをグッとこらえてまずは全頭の馬名をあげてみてください。





以上、スタートから4コーナーまでの情報の優先順位でした。

基本的にこの道中は上記の情報だけ言っていれば十分です。
1200m戦だと全頭の馬名を言ったらすぐに直線に入ってしまいますが、2000m戦だと3コーナーぐらいで全頭の位置紹介が終わり直線に向かうまでにやや時間を要します。
その際はもう一度先頭グループの隊列を整理したり、有力馬が先頭からどれほど離れた位置にいるのかをピックアップしてみてください。
私はよく先頭からシンガリまでが何馬身かという全体の距離感を伝えたうえで先頭グループの位置取りを再度伝えています。

また、伝えるべき情報のなかに通過タイムを入れませんでした。
実況するうえで使う映像がグリーンチャンネルであれば必ず画面内に表示される情報ですが、フジテレビ等で観ていると表示されません。
実況する方の環境によって左右される情報であるため外した次第です。

最後の直線の実況

ここまではスタートから4コーナーまでの実況の解説を行いました。
続いては最後の直線の実況についてです。

⑴最後の直線の実況で行うこと

最後の直線の実況でするべきことは非常に明確。
「馬券になりそうな馬の脚色を見極めて名前をあげる」
これだけです。
故にこのnoteでお伝えすることもほとんどありません。

ここまで来ると情報に優先順位はありません。

とはいっても基本的には先頭の争いがどうなっているのかを中心に伝えていけば大丈夫です。
「逃げる〇〇苦しくなったか、2番手〇〇が捉えて先頭に立ちます。内の3番手は〇〇と〇〇、外からは〇〇が追いこんできます」
と言ったように、基本的には先頭争いを中心に伝えながら、馬群全体をキョロキョロしながらいい脚色の馬をピックアップしてください。

その他に入れるべき情報としては
距離:残り200mはなるべく伝えたほうがいいです。
ゴール:先頭の馬がゴールした際には「ゴールイン」と言いましょう。
最低限必要なのはこれぐらいでしょうか。

ガチガチに言うことが決まっていて忙しかった前半と比べるとフリーダム。
正直前半の実況をしっかりとこなせていれば位置関係はしっかりと頭に入っているでしょうから後半はイージーモードだと思います。

競馬実況は最後の直線を伝えるのが難しいと思われがちですが、難しいのは圧倒的に前半です。
前半実況のクオリティが高ければ後半実況のクオリティも高くなります。
逆にいうと前半が微妙だったのに後半だけはよかったということにはそうそうなりません。

⑵ゴールイン後に伝えること

ゴールインと伝えたあとは2着馬3着馬をすみやかに伝えましょう。
民放ですと1着馬のゴール後にポエムが読まれたりしますが、よほどの場合を除いて基本NGです。
だって競馬実況を聴いているほとんどの方は自身が買った馬券が当たったかどうかを知りたいわけですからね、せめて2着馬3着馬の馬名をあげてからやってほしいものです。

2着馬3着馬をすみやかに伝えられるかどうかは塗り絵をしっかり覚えているかどうかに比例します、そのためにも塗り絵はしっかりと暗記しましょう。

⑶避けたほうがいいことや表現

①「頑張っている」
よく人気薄の逃げ馬が予想外に粘っているときに「〇〇頑張っている」というアナウンサーがいますが、私はよくない表現だと考えています。
なぜなら、全頭頑張っているからです。
そういう場面に遭遇したら表現としては「粘っている」「依然先頭」などでいいでしょう。

➁「頑張れ」
①と似ていますが「頑張れ」もアウトな表現です。
特定の馬に肩入れするような実況をしていると思われますし、実際そのような実況はしてはいけません。
1990年有馬記念、オグリキャップラストランの直線で当時ラジオたんぱ(現ラジオNIKKEI)の白川アナは「さあ頑張れオグリキャップ」と言いそうになったところを「さあ頑張るぞオグリキャップ」と言い換えたと言います。
「頑張るぞ」もそんなによくない表現だとは思いますが、あの白川アナにそこまで言わせたオグリキャップは稀代のヒーローです。

③接戦はボカす
1着や2着争いがハナ差クビ差で接戦になることは多々あります。
これはわかる範囲で「〇〇優勢です」伝えればOKで、むりに実況側で判断するものではありません。
一番ダメなのは誤った情報を伝えてしまうことなので、着差がきわどければ「〇〇と〇〇接戦です」とだけ伝えれば十分です。

着差がきわどいときは基本的に後方から脚を伸ばしてきた馬のほうが優勢に見えるんですけれど、実際によく観てみたら粘っていた馬のほうが前にいたってことはよくありますからね。

実況とは何なのか

競馬実況について長々と話しましたが、
「そもそも実況とは何なのか」
「実況が果たす役割とは何なのか」
について改めて考えていきましょう。

⑴実況の本質

競馬に限らず、あらゆる実況の本質は
「自分が今、目で見ているものを正確に伝えること」
であると考えています。

逆にいうと目で見えている情報以外を伝える必要はありません。

野球やサッカー中継ですと展開的に伝えることがなく選手の成績やインタビューを読み上げる時間がありますが、少なくとも競馬実況ではそんな余裕はありません。

あらゆる場面において、基本的には目で見えているものを言っていけば、それは実況です。

例えば仕事帰りで窓から流れる車窓を観ながら「〇〇駅をスタートしました、まずは手前のスーパー〇〇を通過して住宅街へと進んでいきます、公園近くのラーメン屋は5人6人ほど列を作っているでしょうか」といったように見えたものを口にしていけば、それは車窓実況になります。
あらゆる実況の練習になりますね、まあ実際に声に出すと不審者扱いされるので心のなかで言うぐらいにしてもらえればと思いますが。

競馬実況に慣れていないとき、カメラワークに置いておかれて頭が真っ白になり「何も言葉が出てこない…」という風にパニックになってしまうことがあります、私にもありました。
とはいっても何もしゃべらない間を作るわけにもいきません。
全頭追うことはいったん諦めて競馬実況としてそれなりに成立させる必殺技があります。

その必殺技とは…
「目に映る風景を適当に口に出していくこと」

例えば
「新緑萌ゆる木々を横に18頭が駆け抜けていきます」
「向こう正面桜が咲くなか、それを横目に各馬がゴールを目指します」
のように目に見えるもので馬以外のなにかを適当にピックアップしまして、その間に心を落ち着けていきます。

風景ではなく天気や光の当たり方でもいいです。
「日向から日陰に変わって向こう正面を進んでいきます」
「水が跳ね返るほどの馬場のなかを各馬が駆けていきます」

間を作らないようにする、それすらもかなり難しいことではあるのですが、こういう逃げ方もあると知っているだけでかなり変わってくると思います。

⑵クリエイティブの本質

「ほんとうに必要なものはなにか」ということを突き詰めていくと、それによって可能性が広がったりもするんです。
つまり、あれもこれもと欲張っていれるより、「削ることがクリエイティブ」になるみたいなところがある。

『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた』 ほぼ日刊イトイ新聞 ほぼ日ブックス(2019)

私の尊敬する元任天堂社長、岩田聡さんの名言です。
詳しくは語りませんが私も実生活ではクリエイティブ系の仕事をしておりまして、この言葉は最も大切にしています。

そしてこの考え方はすべてのクリエイティブ、つまり実況にもあてはまります。

本noteではすでに情報の優先順位をつけ、実況のスターターキットのようなものを提供しております。

競馬実況について、基礎がしっかりとしているのであれば自分の色を出すのは自由だと思っています。
ですが、その色(要素の付け足し)が本当に実況において必要なものかどうかはしっかりと考えてみてください。

競馬実況は他のスポーツと比べても実況時間が極端に短いです。
限られた時間を有効に使うためには何を優先につたえるべきか。
「伝える」という意識はすべての実況において最も大切な要素です。

まとめ

長々と話しましたが、私が伝えたかったことは。

・塗り絵と暗記は競馬実況において最も大切な作業、時間をかけるべき
・前半の競馬実況では必ず全頭の馬名を言う、そこを基礎として他の情報を差し込んでいく
・後半の競馬実況では馬券に絡みそうな馬をピックアップしていく
・目に見えたものを伝えることが実況である
・削ることこそがクリエイティブである

の5点になります。

ここから先は余談です。

野球やサッカーと比べると実況側で集める情報は少ないですが、それでも競馬実況は下準備に大変多くの時間を要します。
そのくせレースはだいたい2分ぐらいで終わってしまいます。

「なんでこんな金にもならないことを時間かけてやっているんだろう」と思うことがあります、割と頻繁に。
やりがいはありますけれど、それ以上のものはありません。
かけた時間に対する実況時間の短さで物足りなさがこみあげてきます。

だからといって競馬実況を専業にしたいかと言われたら全くNOです。
競馬実況を生業としているアナウンサーさんとアマチュアトップ層では天と地の差があります。
アマであれば責任がないですからね、上手くなる義務もありません。
趣味ぐらいにしておくのがちょうどいいなと思ったのが、前述した就活でテレビ局やラジオ局は受けなかった理由の一つになります。
小銭ぐらいは稼げればなとは思っていますけれどね。

これだけいろいろ書いておいてこんな〆方をするのかと思うかもしれませんが、競馬実況を趣味にすることはおススメしません。

自由度が低いですし、かけた時間に対するパフォーマンス時間の短さはやはり気になります。
ですが逆にいうと自由度が低いぶん、練習すれば誰だった私ぐらいのレベルになれます。

このnoteには講座で習ったことを除き、私の持つほぼすべてのノウハウを詰め込みました。

このnoteが誰かの役に立つと信じて、11,180文字を収めます。

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