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死にたいという若者に命の大切さを教えるのは違う
死にたいという若者に命の大切さを教えるのは違う
若者はよく死にたいという。
僕もまた死にたいとよく言う。
人はなぜ死にたいというのだろうと思って、死にたいという時はどういう状況なのかを考えてみた。
自分が死にたいと口に出した時に、実際に包丁を手に取ってみた。するとやはり素晴らしい防衛本能があるのだろう、僕は自分を殺すことはできなかった。
若者はよく死にたいとは言うが、本当に死にたいとは思っていないのかもしれない。
今、置かれている状況や立場から逃げたいと言っているだけなのかもしれない。その一番簡単な解決方法が死ぬという行為だ。最も楽をして問題を解決したいと若者は言いたいのかもしれない。
だからこそ、若者が死にたいって言ってる時には、親からもらった大切な命だ、粗末にするなんて考えられないというようなお説教は、実は間違いである可能性があるのだ。
そうつまり、死にたいは死にたいではないのだ。
そこでかけるべき最適な言葉としては、今置かれている状況や、死にたいというぐらい行き詰まっている状況を改善してあげることが大事なのである。
僕は死にたいと思っていた。
ただ、ふとしたきっかけで死にたいと思わなくなった。
詳しく話すことはできないが、そのキーワードはヒントを与えるということだ。自分よりも若い人が死にたいと言っていた時なんて言葉をかければいいのかわからないと言った状況はたまにあるのかもしれない。
そういった時思い返してほしい。その死にたいは死にたいなのだろうか。