Jリーグ インスタントフィクション 「この街の沼」
「ファイブ!フォー!スリー!ツー!ワン!!!!」
終了のゴングが会場に鳴り響く、判定は見なくとも分かる。序盤のボディブローが効いた。終盤は俺も反撃を浴びせたが、どう考えてもこれは俺の負けだ。
ーー
福岡「千葉くん......」
千葉「何も言うな」
福岡「実は、千葉くんに伝えなきゃいけないことがあるんだ」
千葉「......」
福岡「僕、またあの街に挑戦できるかもしれないんだ」
千葉「......」
福岡「ずっとこの街で一緒にやってきたけど、僕はやっぱりあの街を目指したい」
千葉「......」
福岡「ねえ千葉くん、覚えてる?10年前の事」
千葉「......忘れたことはないさ、俺がこの街に来て1年目の事だったか」
福岡「......」
千葉「雨の日の試合だったな、会場に落ちた落雷と同じタイミングでお前の右ストレートが俺のアゴにヒットして、それで俺は負けた」
千葉「そしてお前はその勢いのまま、あの街に旅立った」
福岡「1年で帰ってきちゃったけどね...」
千葉「それはもう忘れろ、あの時と状況は変わったんだ」
福岡「......」
千葉「俺は知ってるぜ、今のお前のグローブやシューズ、全部借りもんだってな」
福岡「それは......」
千葉「そういえば、そのネイビーのマウスピースだけはずっとそのままだな」
福岡「少ないお小遣いで、無理言って頼みこんで作ってもらった、僕だけのマウスピースなんだ!」
千葉「そうか、なるほどな、俺はさ親が金持ちだからよ、いいモンは全部手に入れられた」
福岡「......」
千葉「お前は親が裕福じゃない中で、すげえ出会いをしてここまで来た」
福岡「千葉くん......」
千葉「ほらよ」
そういって千葉は何かを投げ渡した
福岡「ん?」
千葉「勝ち点だ、あの街に行くのに勝ち点は足りてるのか?」
福岡「それは......」
千葉「知ってたよ、お前が本気であの街に行こうとしてたことくらい」
福岡「千葉くん......」
千葉「みんな応援してるんだぜ」
福岡「......」
千葉「行けよ、まだ勝ち点は足らないんだろ?」
福岡「......まだ、僕はあの街で通用する自信がないよ...」
千葉「何言ってんだ、お前にはあいつが付いてるだろ」
千葉「まさかお前のオンナになるとは思ってもなかったけどよ」
福岡「そうだね...はーちゃんがいなかったら、僕はいまここに立ててない」
千葉「いまお前は強い、この街で一番だ」
福岡「でも......まだ試合は残ってるし、今日の試合で痛めた膝が心配なんだ......」
千葉「お前ならできるよ、いままでだってそうだったろ?」
千葉「気付けば俺はここに20年もいる、お前は5年ごとにあの街に向かった」
千葉「俺にはそれは出来なかったんだ、大丈夫さ、お前ならできる」
福岡「千葉くん......ありがとう、僕、頑張ってみるよ」
そういって帰路に着こうとした福岡を呼び止める千葉
千葉「おい、福岡!」
福岡「ど、どうしたの?千葉くん」
千葉『福岡、二度と帰ってくるなよ。お前がJ1で叶えたい夢、本当はみんな応援してんだよ。大宮なんかは照れ屋だから絶対こんなこと言わないけどな』
福岡「......!!」
福岡「まだあの街に行けるって決まった訳じゃないよ、せっかちだな千葉くんは」
そういって笑った福岡と千葉。
この街は人を飲み込む。かつてあの街でトップを張っていた奴も、この街の”沼”にハマってしまうと抜け出すことは難しい。