あなたの目はどこを視る-日本舞踊の味わい方-
※日本舞踊家の谷口裕和さんにインタビューをして書いた記事です。
照明が暗くなり、正座をしてお辞儀をする。
教室の片隅に小さな舞台が立ち現れた。
扇子を手に、しなやかな体で踊る谷口さんが暗がりの中にぱっと浮かぶ。
遥か彼方をみつめる彼の目線をなぞりながら、彼の意識は今この瞬間どこにあるのだろうと思った。
「あなたは、何を見ているの」
谷口さんの表情は寂しさや切なさ、時には怒りであふれ、意識と無意識の間の一本道をゆっくりゆっくり歩んでいるようだ。
ぴんと伸びた指先と、曲がった腰。
着物の筋が斜めに美しく入り、色気をさらに際立せる。
彼は、幼い頃から日本舞踊に触れ、その道を歩み続けたそうだ。
その歴史の重みが全ての所作にあらわれているのか、まさに洗練された「美」を感じた。
でも、彼の目だけは、どこを見ているのかわからなかった。それが私にとって印象的で、顔をじっと眺めながら何を見ているだろうと不思議に思ったのだ。
約10分間
扇子が舞台の中を舞い、音楽が消え、ぱっと照明がつく。
世界が現実に引き戻され、ああ、ここは教室だったのかと思う。
舞台が教室に戻ってから、谷口さんの解説が始まった。
私にとってそこからが驚きの時間だった。
さっき疑問に思った彼の「目」がどこを見ていたのか、その答えが分かったような気がしたからだ。
踊りの解説によると、この踊りは、黒髪の女性が好きな男性に捨てられて悲しい悲しいと嘆く物語を表しているそうだ。
物語は、まずお客様との「境界」をなくす「扇子」を手にとることから始まる。
踊りの中で扇子を開くとそれが急に鏡になり、手の仕草によって美しい黒髪が現れ、好きな男性と対面する。
その男性と一晩共にした後、もう一度会えることを待ち望む女性。
しかし、待てども待てども男性は来ない。
なんとも切ない表情をした女性の姿がそこに佇んでいた。
男性のことが気になって仕方ない女性は、ある日、ついに忍び足で男性をつけていく。
男性が別の女性と楽しそうに話す声を盗み聞きし、嫉妬心で怒る女性。
鋭い目をして勢いよく地面をけり、感情が溢れ出す。
その後、女性は我にかえり、私は強い女なのよと思うのだ。
「美しい」を超えた、時代を映し出す物語がそこにはあった。
解説を聞きながら、さっき見たばかりの踊りの動きが物語と一体になって脳裏に蘇る。
そして、遥か彼方をみつめていた谷口さんの「目」をふと思い出す。
彼はどこを見ていたのだろう。
彼の表情をもう一度思い浮かべ、物語と重ねてみる。
そうか、彼はきっと自分の「心」に描いた物語を見ていたのか。
それが、洗練された形、動きとなって誰もを魅了したのではないか。
心に映した物語を描く身体か・・・・・・
そっとつぶやきながら、日本舞踊の二度目の感動を味わうのであった。