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「必要とされること」は本来喜びである<後編>

15秒で分かる今日のポイント
●夫に家事育児をお願いして嫌な顔をされる理由は、「人の役に立っている実感が十分ではない」こと、「喜ぶ顔を十分に見ていない」ことがその理由
●人は誰も喜んでくれないことを黙って継続できるほど強くはない
●自分の家事育児について、「家族に十分感謝されていない」と感じるときは、自分が家族(夫)に感謝の気持ちを十分に表現できているかどうかまず考える

夫がお願いされることを嫌がる理由

昨日のブログで、「必要とされること」は万国共通、老若男女にとって喜びである!

だから、夫を家庭人として「必要とすること」を示すためにも、家事育児をお願いしましょう!…という話をしました。

でも、うちの夫はお願いされることを嫌がります、という話もよく聞きます。

そこには明確な理由があります。

誰にとっても生きがいに感じられること。それは…
①必要とされること
②人の役に立ち、人の喜ぶ顔が見れること

とお話しましたよね。

でも、この「①必要とされること」に関して嫌な顔をされるケース、つまり、夫が家事や育児に関してお願いされることに嫌な顔をすること。

その理由の多くは「②人の役に立ち、人の喜ぶ顔が見れること」が足りていないことです。

つまり、頼まれるだけで、役に立っている実感が持てない。喜ぶ顔を見ていない。

そうなると、「必要とされること」をポジティブに受け取れなくなります。

私たちも同じですよね。例えば、毎日のご飯作り。必要とされているのは分かるけれど、当たり前のようにテーブルにみんなが集まり、特に「美味しい!」とも言って貰えず、ぼそぼそ食べられたら…

まーーーーったく、嬉しくありません。

子供に、「ねぇ、お腹すいたからご飯作って!」と言われても、嫌な顔の1つもしてしまいそう。

でも、「やっぱりお母さんのご飯が 一番美味しい!」とか、「わー!すごい美味しそう」とか言われたら、「必要とされている」実感が持て、喜びに感じられますよね!

だからもし、夫がお願いされることを嫌がるなら、自分の胸に手を当てて考えましょう。

ただお願いするだけで、感謝の気持ちを十分に伝えていないのではないか。喜ぶ顔を見せていないのではないか。

人は、誰も喜んでくれないことを黙って続けられるほど強くはないのです。

私たちの家事育児についても同じ。やっぱり喜んで欲しいし、「さすがお母さん!」と言われたい。

自分がして欲しいと思うことは、まず自分がしているか(夫にしているか)考えてみてもいいのかなと思います。

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