⑦札幌のお笑い市場の現状と課題【第5章 札幌お笑い界の現状と課題調査-提供者側の意識-/5.1 道内出身の札幌芸人の視点による札幌お笑い界の評価とその歴史/5.1.1~5.1.6】

第5章   札幌お笑い界の現状と課題調査-提供者側の意識-

 このように文献調査を整理し、ならびに大学生へのアンケートによって日本のお笑いや札幌のお笑いの現状について理解するための調査を行ってきた。しかし、前述した既存資料は非常に限定された情報であり、自力で情報収集できる範囲は限られている。そこで、本論を執筆するにあたり現在札幌で活動している現役の芸人2名と構成作家1名にご協力いただき、インタビューを行った。なお、インタビュー協力の際には慎重に感染対策を取りつつ行なった。また、実名の掲載については本人より許諾をいただいた。
 本章では、質問表を作成し、実際にインタビューを行った結果を述べていく。

5.1 道内出身の札幌芸人の視点による札幌お笑い界の評価とその歴史

 日時:2020年10月23日 11:00-12:40
 場所:大学 教室
 対象者:お笑いコンビ・やすと横澤さん 横澤章悟

5.1.1 経歴

 1983年6月23日出生。北海道美唄市出身。小学生の頃から芸人に憧れを抱いていた。2003年、20歳のときに札幌吉本のオーディションライブに出演。熟考の末、所属を辞退し、当時の相方とお笑いコンビとしてフリーで活動。なお、当時ともにオーディションライブに出演していた者の中には現「トム・ブラウン」の布川ひろきがいた。1年半ほどでコンビを解消し、その後は司会業やラジオパーソナリティを中心に活動。2011年11月頃に単身上京、2014年に札幌に戻る。2015年4月から2020年3月末までラジオ番組「東区役所前横近く」のパーソナリティを務める。2020年4月よりお笑いコンビ「やすと横澤さん」として活動。

5.1.2 札幌での活動

 上京以前以後変わらず活動の中心は司会業やラジオパーソナリティであり、17年間の芸歴の中でいわゆる「お笑い芸人」としての活動歴はかなり短いものだという。一切事務所に所属しておらず、仕事のほとんどは知り合いのイベンターから来るものである。道内各地のイベントに数多く参加しており、大空町など遠方にまで出向くこともあるという。

5.1.3 札幌の歴史

 ここでは、札幌のお笑い文化の歴史について尋ねた結果を述べる。その大半は第3章ですでに述べているため割愛するが、ここではインタビューの中で横澤氏が「CREATIVE OFFICE CUEの強さ」を指摘していたことについて特筆する。
 当事務所の代表的なテレビ番組である『水曜どうでしょう』(HTB)の存在が大きく、CREATIVE OFFICE CUEはタレント事務所ながらお笑い事務所である札幌吉本の脅威となっていった。1996年から放送開始された当番組は、横澤氏によると1998年頃には人気が出始めていたという。札幌吉本が誕生した1994年から3年間ほどは物珍しさから札幌吉本芸人が出演する番組がいくつか存在していたが、水曜どうでしょうの放送開始と入れ替わるように軒並み放送が終了していったという。
 また、現在北海道に進出しているお笑い芸能事務所は吉本興業と太田プロダクションのみであるが、横澤氏によると、過去には「松竹芸能やワタナベエンターテインメントが北海道に進出するかもしれない」といった噂があったという。それらは「(北海道にはもう)枠がない」「(お笑いは)根付かない」などといった問題点によって断念された。では、これらの問題点は一体どういったところから発生しているのだろうか。

5.1.4 北海道(札幌市)民の特徴

 北海道にお笑いが根付かない理由は一体どこにあるのだろうか。横澤氏曰く、北海道民には「知らないものに対しての拒絶感が強い」という特性があるという。一方、東京のお笑いライブに来る客はライブの出演者が無名であればあるほど、より一層「青田買いをしてやろう」という意識が強いのだという。
 また、横澤氏によると、この特性は芸人としての“営業”の仕事にも影響しているという。芸人はお笑いライブやそれ以外でもイベントに呼ばれて芸を披露したりMCなどの役割を担ったりすることがあるが、その舞台が都会であればあるほど客の目が厳しいというのだ。田舎よりも多少エンタメ文化に触れる機会があるせいか、ローカルの芸人に対しての目線がより一層冷ややかなものになるのだという。一方、田舎は比較的友好的に接してもらった経験が多いと横澤氏は経験談を語った。
 また、北海道民の特性として、「受け入れるまで時間がかかるが受け入れると燃え上がる性質がある」という。先述した『水曜どうでしょう』も放送当初はあまり受け入れられていなかったという。上記のような特性について、横澤氏は有名なゲストの出番以外になると客が露骨に携帯電話を弄りだすという場面を実際に目にした経験があるという。
 現在の北海道でも時折有名なゲストが数多く出演するライブが開催されており、そちらには多くの客が殺到する。実際の事例として、イベント制作会社であるグッドラック・プロモーション株式会社が主催する『爆笑!!お笑いフェス』は毎回数千人単位の客を集客している。このことに関して横澤氏は「(北海道の人は)テレビで見るような芸人のことは気に入っているが、知らない芸人に関しては途端に興味をなくすのだろう」と答えた。一方で、横澤氏は「(このような有名人が出演するライブに)地元枠として何組か参加させてもらうことで実際に客の目に触れてもらうといいのではないか」とも述べていた。北海道民のミーハーな特性を活かし、「何組か有名な芸人が出るならば行こうか」という心理を逆に利用するという発想である。しかし、このような抱き合わせ商法は興味を持ってもらえる可能性に掛けるという意味では有効だが、一方で途端に興味をなくされ突き放される可能性もある、諸刃の剣のような作戦でもあるという。
 その他には、単独ライブの集客に苦労するのも札幌の特徴だという。横澤氏は10年ほど前にキングオブコント優勝前の「東京03」の札幌公演を観に行くべくチケットを購入したが、公演直前にもかかわらずチケットが余っており、当日の客入りも満員の8割9割程度だったという。

5.1.5 札幌お笑い界の現状

 横澤氏によると、「とにかくお笑いファンの数が少ない」というのが札幌の現状であるという。その一方で、お笑いと比較すると圧倒的に栄えているエンタメが存在している。それは「演劇」である。横澤氏はこのことを例に挙げ、「演劇(の集客)を考えたらもうちょっと増えないかな」と述べていた。
 実際に札幌市は「演劇」事業が盛んであり、複数の財団や支援団体が存在している。その中のひとつである「公益財団法人 北海道演劇財団」は前史が1989年から続いており、北海道演劇財団としては1996年4月1日に設立されている歴史のある財団である(46)。当財団は演劇の振興事業として「北海道の演劇の向上事業」「地域における演劇に触れる機会の提供事業」などを掲げている。さらに札幌市内では1年を通して「札幌劇場祭Theater Go Round」、「札幌演劇シーズン」、「教文演劇フェスティバル」、「遊戯祭」などの大規模な演劇の祭典が数多く開催されている。また、「d-SAP」という札幌演劇の情報を掲載するウェブメディアサイトも存在している。そもそも札幌で活動している演劇団体の数も、d-SAPで紹介されているだけでも75団体もの名前が確認できる(47)。

(46) 公益財団法人 北海道演劇財団 公式HP「法人概要 沿革」、http://www.h-paf.ne.jp/outline/(2020年11月17日閲覧)。
(47) d-SAP札幌演劇情報サイト「札幌演劇データ 札幌演劇団体まとめ」、https://d-sap.com/matome/company-matome/(2020年11月16年閲覧)。

 これだけでもお笑い界との格差がはっきりと見受けられるが、横澤氏によるとお笑いとの大きな違いは「演劇には市からのバックアップが存在している」ということである。たとえば「札幌劇場祭Theater Go Round」は11月に行われる札幌市の芸術イベントプログラムの一環として開催されているため、地下歩行空間に巨大な広告や地下鉄構内にポスターが貼り出されていたりする。「教文演劇フェスティバル」に至っては市営の会館である「教育文化会館」が主催を担当している演劇イベントである。ほとんどの演劇の祭典に札幌市が携わっており、市としても芸術文化として発展させていこうとしている模様が各所から垣間見える。同じ札幌のエンタメでも活動の活発さやバックアップにかなりの格差があるようだ。
 また、「自社制作に回すお金がない」ということも現状の問題点として挙げられる。詳細は後の第6章で述べていくが、札幌は福岡と比較して経済力の格差がある。また、横澤氏はもともと予算があまりない上に、近年は各局が軒並み新社屋を建てていることも大きく影響しているのではないかと考察していた。実際に2018年9月にはHTBが、2020年9月にはHBCが新社屋への移転を行っている。特にHTBに関しては時期を同じくして自社制作の深夜バラエティ番組の放送が終了しているが、それはこの移転に伴う経費削減が背景にあると言われている。

5.1.6 今後の活動について

 ではこのような現状の中、横澤氏は今後どのように札幌で活動していこうとしているのだろうか。横澤氏曰く、先述したような“北海道民のミーハーさ”を上手く活かせるように、テレビやラジオでもっと活躍できるようにしたいという。第4章で述べたアンケートでもわかるようにテレビの影響力は未だに根強い模様である。そこに食い込むことで認知を増やしていこうとしているようだ。
 また、市からのバックアップが強い演劇のように文化事業的な展開を行うことができれば大きな効果が得られるのではないかという意見もあった。

 また、常設劇場の必要可否について尋ねると、横澤氏は「狸寄席」の活動について言及した。「狸寄席」とは狸小路商店街に常設演芸場を作ることを目標に隔月のペースで開催されている寄席の名称である(48)。寄席の内容としては落語が主軸ではあるが、札幌で活動している芸人やパフォーマーも出演している。横澤氏は、この狸寄席の活動によって常設演芸場が作られた場合、落語を軸としながら合間に漫才師などの芸人も出演できる、浅草のようなシステムを構築できれば芸人の活動の場所が作れるのではないかと述べた。狸寄席を運営する「狸小路に常設演芸場をつくる会」副代表の福井拓史氏はインタビュー記事内で「札幌ほどの規模や歴史を持つ都市なら演芸場があっても良いと思うんです。何年後になるかは分からないですが、近い将来、上野や浅草のような演芸場ができて、常時いろいろな演目が開催されるようになった暁には、若手の方々にとって狸寄席に出ることがステータスになることが理想です」と語っている(49)。この言葉から、浅草をモデルケースに想定しているのは主催者側にも共通していることだと言えるだろう。
 横澤氏はどのようなやり方をするにしても「芸人が毎日出る場所を作ることによって地肩を固めたい」という思いがあるという。ただし、常設の劇場を作る上での問題点として本人からは「芸人の数の少なさ」が挙げられた。来場客数が見込めるかどうか以前に毎日のようにライブを行うとなると芸人の数が足りないという。

(48) 狸寄席 公式HP「狸寄席とは?」、https://tanukiyose.jp/about.html(2020年11月17日閲覧)。
(49) さっぽろまちづくり活動情報サポートサイト まちさぽ「狸小路に常設演芸場をつくる会」2019年3月1日、https://sapporo-machizukuri.com/art/7.html(2020年11月17日閲覧)。

 横澤氏の具体的な今後の活動としては、「インターネットを上手く活用していきたい」のだという。横澤氏は現在、「Radiotalk」というスマホアプリ内で相方のやす氏とともに「やすと横澤さんの毎日約10分ラジオ」と題した自主制作のラジオ番組の配信を行っている。また、活動の拠点を広げるべくYouTubeにも進出していきたいとのこと。撮影はもうすでに開始しており、随時更新されていく予定であるという。内容としては自分たちの特色を生かした情報を発信していき、現時点での目標としては地方、特に現在交流の深い旭川と大空町を抑えていきたいと語っていた。
 また、その他の取り組みとして、ライブチケットの販売方法や決済方法の改革も行いたいという。従来は客が出演者に予約を申し込み、来場時に前売り料金で支払いを行う「取り置き」や、出演者が客に会って直接チケットを売る「手売り」などの方法などが取られてきた。しかし、今後はローソンチケットなどの公共のチケット販売サイトを介した販売方法にも乗り出していこうとしているという。理由としてはSNSのみでの告知に限界を感じていることや、新規客の呼び込みを狙うためであるという。また、今後はライブ当日の決済方法に電子決済システムを取り入れることも考えているとのこと。これはチケット代に合わせた額の現金の用意などの客側の負担軽減が期待される上に、最近の情勢により増加している現金の直接のやり取りに抵抗を感じる人に対する配慮にもなる。

 インタビューの終盤に先述した大学生アンケートを見てもらった。すると横澤氏はチケット代に関する質問の回答を見て、以前から行ってきたライブのチケット料金について言及した。札幌で行われているお笑いライブのチケット代金は通常1,000~1,500円程度であり、これは札幌も東京さほど差はないと考えられる。しかし、主催者としてお笑いライブを行う側でもある横澤氏曰く、採算を取ることを考えるとこの金額は少し安いのだという。基本的にお笑いライブは出演者である芸人に対してノルマを科し、規定の枚数売り上げるとバックされるシステムを取り入れている。毎回赤字にはならない程度に収められてはいるというが、商業として成り立たせるにはもう少しチケット代を取りたいというのが本音のようだ。それだけでなく、文化としてお笑いライブを成り立たせるために客にはそれなりの金額を支払ってもらうことによって、ライブを提供する側に責任感を持たせたいという考えもあるのだという。

 札幌のお笑いライブシーンの活性化のためには、とにかく新規客を取り入ることが今後の課題になるという。横澤氏曰く、もともとお笑い市場の客は平均して2~3年サイクルで人が入れ替わることが多いとのこと。おそらくライフスタイルの変化とともに趣味の場であるライブ現場から姿を消してしまっていると予想されるが、たとえ誰かがいなくなったとしてもどこからか現れた新規客によって以前と変わらない程度の客数が保たれているという。だが、それ以上爆発的に増えることはないというのが札幌お笑い界の現状である。演者側の心境を尋ねると、横澤氏は明確な原因を探ることは困難であるため、自身の芸を磨く必要性を十分に認識する一方で、あまり重くは受け止めなすぎないようにしていると述べた。
 また、横澤氏は「テレビに出続けながらお笑いをやり続けている人がいない」ということも指摘していた。先述したオクラホマの事例を筆頭にテレビに出ている数少ない芸人の中で、普段からお笑いライブに出演してネタを披露するなどといった意味での芸人活動を行っている者はほぼ存在していないのである。この事に対し横澤氏はこれから札幌でもテレビ・ライブ双方で活躍できるような芸人を輩出していかなければいけないし、自分たちがそうならなければならないと語っていた。

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