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寒い夜の自我像。-一人でいい。一人はいい。一人がいい。じゃない-
今の時代SNSの短い文章だのインスタとかの画像だのがある中、こんな長々と書くブログまでわざわざ見て下さる方へ今回は近況報告も兼ねて思い出と思い入れ話を。
先日のツイート内容も引用。
僕の地元の廣島お隣は山口県、中原中也記念館から浅田弘幸先生限定グッズが届いた。
中学生の時に蓮華で出会って以来、I'll、テガミバチなど世界観、台詞、ギャグのノリ、絵のタッチ全てが大好きな先生。
眠兎で中原中也を知って以来、詩を貪るように読んだ。
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蓮華と眠兎のコミックのオリジナルは実家にもある。僕にしては珍しく全てをコンプリート目指してる。
オリジナルがあったら物語の内容は知ってるから普段は愛蔵版とかの別バージョンまでは買わないんで。逆に愛蔵版とかさえあればわざわざ古いオリジナルは探さない。
魍魎戦記MADARAや多重人格探偵サイコの田島先生ともご友人で、共に1番好きな漫画家先生。
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人間は14歳くらいの時に好きになったものが一生離れないとツイッターで以前目にした事があるが、なるほどそれはよく当たっていると思う。
僕の好きなバンドにしても14歳の頃好きになったものについては、今も一番好きというわけではないが根底についてはもうこびりついていて離れない。
以前ツイートしたが僕のドラムは特注オーダーメイドで作ってもらったので世の中の楽器屋に売っているようなブランド名や商品名がない。
『夜想曲-ノクターン第55番-』と名前を付けているが
これはテガミバチのノクターン第二十番が元ネタになっている。
5という数字が好き、ドラムのサイズが5.5インチ、55という数字が僕には特別なので。
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つまり浅田先生の作品には中学生の時からそれくらい影響受けてて好きって事なのだ。
上記画像のテガミバチの「全てに先立つのはこころ」というテーマは僕のドラムの先生の「音楽って心技体って言うけどまず心が一番最初でしょ?だからそれが一番大事なんだよ」という教えと偶然にも共通していたし。
中原中也にしてもその影響で学生の頃から大好きなのにまさか中原中也の地元が僕の地元隣なんて知らなかった。本当に好きなのか?と思われそうだが笑
まあ今みたいにネットやスマホもない時代だ、隣県の事はかえって分からないものである。
しかも子供の時から何度も親に連れられて行った温泉に記念館があるとは。
中学生になったら親と旅行はもうほとんどしてないしなあ。
去年は3回旅行に行くと春にツイートした。
その内の1度目が6月の仙台。
2度目が8月の帰広。
3度目が11月の山口で、この中原中也記念館の浅田弘幸展へ行く予定だったのだ。
しかし何度も書いてきた通り6月の仙台から帰ってきて僕は去年の夏から半年間どこへも行けない体になってしまった。
11月は行こうと思えば行けなくもなかったが、経済的に先々不安があったのと体がまだまだ動かない事もあって痛恨の極みで見送った。
本当は行きたかった。
その計画も春から持っていたのに。
まあ仕事も少しずつ入り始めたし、正直マグカップ買うくらいのお金はまだまだ全然持っているが…なんせ半年間無収入だったし切られたクライアントも沢山いるしね。もう取り返せないだろう仕事や案件も沢山ある。
なので今回まだまだ経済的に不安定な今ではあるのだが、せめてグッズだけでも去年を取り返したいと思い通販でお願いした。
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中原中也だけではなく昔の書き方は皆そうだろうが、時々ツイッターで「つ」をわざと「やっちゃつた」などと大きく書くのは誤字ではなくこの「汚れつちまつた」の影響もだいぶ大きい僕の遊び心である。
近況。
現在はどんな活動にしても「仮復帰中」としている(その割には色々やっているように見えるかもしれないが)2024年末からの僕の見立ては甘かったらしく、僕の反逆的な生き方はどうも世の中ではもうきついらしい。
正式復帰を自分の誕生日(3/1)までにする!
と年末か年始か書いたがこちらも遅れそうだ。
というより現在のペースではもう遅れる。
それをノートに書いた時は僕にはまだ光や希望的観測が多かった。
付いてくれるだろうと思った味方や援軍は誰も来なかった。(それはもちろん相手が悪いわけではない、もうそんな時代じゃないのと僕の見立てがすべて悪い)
この記事のタイトルにもある中原中也の詩「寒い夜の自我像」
神よ私をお憐み下さい!
私は弱いので、
悲しみに出遇ふごとに自分が支へきれずに、
生活を言葉に換へてしまひます。
そして堅くなりすぎるか
自堕落になりすぎるかしなければ、
自分を保つすべがないやうな破目になります。
神よ私をお憐れみ下さい!
この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。
ああ神よ、私が先づ、自分自身であれるやう
日光と仕事とをお与へ下さい!
ツイッターやYouTubeでは色々やっているように見えるかもしれないがお金にも仕事にもなりはしない事ばかりだ。
そのくせ毎日ではないけれどお酒やたばこもやり、生活はハッキリ言って自堕落気味である。
極東アイセキ計画。のツイッターbotも一旦切った。
それでいて動画なりこうしたブログなり発信していないと頭がおかしくなりそうな毎日でいるのが正直最近だったりしている。去年末書いていた読書感想文なんてのもそれの一環だ。
ただそれでももう一度前に進むための何かを本当に何ミリかずつやっているという気持ちもある。実際に気持ちだけでなくそれもちゃんとした目に見える形に出来た。
僕は14歳の頃と言えば厨二まっ盛りで(自分の楽器にノクターンとか名前つけちゃうくらい今も厨二だけど笑)この眠兎はとにかく刺さった。
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文庫版のあとがきにもあるけど
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この変更したセリフとは僕は後書きを見る前にすぐに気が付いた。
それがやはりこの記事のタイトルにもあった
一人でいい。一人はいい。一人がいい。
というモノローグだ。
それがカットされていた。
作者の浅田先生自身「そうじゃなかった」とあとがきで言われている。
だからこの記事のタイトルも
一人でいい。一人はいい。一人がいい。じゃない
というのを中原中也の詩タイトルと併せて付けてみた。
今のどうしようもない僕ではあるがそんな自分にも誰かがいてくれる事を実感させてもらえる去年11月からの三か月でもあった。
アテにしていた見方や援軍は来なかったが、ならば一人でも貫くしかないな、そのためにはやり方を変えていかなければならないなと、中原中也や浅田先生の絵を見ながら今日また新たに決意している僕である。
そしてそんな僕でもありがたい事に誰かがいてくれるのだ。
俗っぽい言い方になるが人は誰も決して一人じゃないはずだ。
例え一人でも一人がいいわけはないのだ、きっと。
そういえば親父が昔、一人でいいと言った厨二真っ盛りの僕にこんな言葉を言った事がある。これもいつか書いたかもしれないな。
そんなに一人がいいなら無人島に行って暮らしてこい。
だがその島だって実は誰かの物だったりするんだ。
つまり人が誰とも関わらず一人で生きていく事なんて出来はしないんだ。
今回もお読みくださりありがとうございました。
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