怪談10夜#7 「落書き」

 ウチの祖父さんから聞いた話。

 祖父さんの通っていた尋常小学校の音楽室に、古い琵琶があった。
校長の話によると、村の長者の家に古くからあったもので、明治時代に寄贈されたものだという。
  戦争が厳しくなり、学童疎開として、東京の方から、多くの児童が村にやってきた。その中に、偉い軍人の親戚だとかいう、H君がいた。

 H君はとても嫌なやつだったという。都会から来たことをハナにかけ、地元のガキ大将を手なずけて、わがままと乱暴のし放題。教師たちも、彼の親戚の威をおそれて、叱ったり罰を与えたりは出来なかったそうだ。

 そのH君が、ある日、琵琶に目をつけて、一日ウチに持ち帰らせてくれ、と校長に願い出た。校長は断れるはずもなく承諾した。
 翌日、H君は誇らしげに琵琶を校長に返した。たいそう美しかった琵琶には、「神州不滅」や「八紘一宇」や「尽忠報国」や「米英打倒」などの文字が筆でびっしり書かれていた。問いただされたH君は「琵琶もお国の役に立ってもらう」と、大いばりで応えたそうだ。

 そして、翌日からH君は学校に来なくなった。最初は病気だということだったが、見舞いにいった者は、面会を謝絶されたらしい。そのまま、戦争が終結するまで、H君は学校には戻ってこず、転校したということになった。

 祖父さんがうわさで耳にしたのは、琵琶に落書きした翌日から、H君は高熱にうなされて、彼が琵琶に落書きしたスローガンが全身に浮き出てきて、どうしても取れなくなった、ということだった。
 

 

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