怪談10夜#⑨「お月さま」
こうたろうくんは、少し前からそわそわしていました。
仕事がおやすみのお父さんと、おでかけして、夜の帰り道。
動物園に連れて行ってもらって、大きな観覧車にも乗って、楽しかったはずなのに、今はなんだか、落ち着かない気分なのです。
冬の夜は早く訪れます。にぎやかな駅前から、少し離れたおうちまで、こうたろうくんは落ち着かない気持ちのまま歩いていました。どうにもおかしい。なんだか、さっきから、誰かに見られてるような気分なんだ。
ある日、学校の国語の時間の試験の時に、こうたろうくんは消しゴムを床に落としてしまいました。聞こえるか聞こえないかの音をたてて、消しゴムは足元に転がりました。こうたろうくんは、自分でも褒めたいくらいの素早さで、消しゴムを拾い上げました。「やった。誰にも気づかれなかった!」
と、思って、眉をひそめてあたりを見回すと…教壇の上から、先生がこちらを見てにやにや笑っていました……。
今、こうたろうくんが感じているのは、その時の気まずさに似ているのです。だれかが、遠くから僕をにやにや笑ってるような。なんだかイヤだなあ。こうたろうくんは、そう思って空を見上げました。
ぱちくり。
そんな音が聞こえたようでした。確かに今、空に、大きな瞳があって、まばたきをしたように見えました。「え?」こうたろうくんは、おかしな声を出してしまいました。
「どうした?こうたろう?」
お父さんの声が頭から降ってきます。でも、もう月は元通りでした。
「ねえ、お父さん。今、空に、目があったんだよ」
「目?目ん玉か?」
「うん」
お父さんはちょっと眉をあげると、にやっと笑いました。
「じゃあ、今は白目をむいてるんだな」
ひょい、とお父さんが指をさした先には、白くて、まん丸で、キレイな光を放つお月さま。
白目……。今は白目むいてるんだ……。
お家まではあと10分くらいでした。でもこうたろうくんは、もう話はせずに、お父さんの手をしっかり握って、前だけむいて歩きました。
おしまい。