君と、一万年後も。
〜 20XX年 8月 31日 ??? 〜
「対象が現れました、対象が現れました。」
無機質な音声が室内に響く。
異形の生物が目を覚まし、小さな装置の中から飛び降りた。
「ん〜、よく寝た!
おはようアステラ。それで彼は今何歳?どこに住んでいるの?」
どうやら興奮している様子のその生き物は、機械音声_名はアステラだろうか_に次々と質問を投げかける。
「対象は現在16歳のオス。緯度34度、経度135度に位置する地域で生活しているようです。」
「16歳!?何でそんな歳になるまでわかんなかったのよ!」
”それ”はヒステリックに叫ぶと、壁に身体を叩きつけた。
建物が揺れ、警報が鳴り響く。
「申し訳ありません。
今まで完全に一致しているという確証がなかったので…」
「そう。で、何が決定打になったわけ?」
「筋肉、ですかね。」
「筋肉…?
まあいいわ、私の見た目をその地域で最も人気がでそうな姿にして。
あと、自動翻訳装置もつけておきなさい。」
「かしこまりました。現地での名前はどうなさいますか?」
「名前…?適当につけといて。」
「かしこまりました。
準備ができ次第ナビゲーションシステムを起動します。」
建物全体がゆっくりと駆動し、海底を進み始めた。
ナビゲーションが指し示している先は日本。
この星で一万年間続いていた静寂が今、打ち破られようとしていた…
〜 20XX年 9月 1日 日本 〜
俺の名前は山田文四郎。ごく普通の高校2年生。
昔は色々あって神童と呼ばれていたが、それも7歳くらいまで。
最近は惰性と筋トレだけで生きている。
今日から新学期ということもあって、校内はやけにざわついている。
どうやらうちのクラスに転校生がやってくるらしい。
「はいみんな席につけ〜。朝のホームルームの前に転校生を紹介する。
田中百環さんだ。じゃ、自己紹介してくれ。」
背が低く、つぶらな瞳をした可愛らしい女子だ。
…まあ、俺のタイプではないな。
「田中百環とわです!このクラスにいる山田君に合いたくて転校してきました!
これからよろしくお願いします!」
クラス中が黄色い歓声に包まれる。
ん?今、さらっと俺の名前を口にしなかったか?
「お〜い、幼馴染か?」
こいつは竹井洸太。俺の親友だ。
陽キャでイケメン、すごいモテる。なのに俺のような無個性陰キャとも仲良くしてくれる。
結局、人間は顔と性格と愛嬌とその他諸々なんだな。当たり前か。
「ちげーよ、あんな女知らんわ。
そもそも俺のタイプは留守の間に家を守ってくれる強い女だぞ。
あいつを見てみろ、ヘニャヘニャじゃねーか。」
「価値観ふっる…しかもヘニャヘニャってお前、可愛いじゃんか。」
ここの奴らの価値観は俺と違いすぎる。
可愛いからなんだってんだ。人間に必要なのは知恵と力。それだけだ。
「じゃあ、田中さんの席は…そりゃ山田の隣しかないよな。竹井、席を田中さんに譲れ。」
おいおい。うちの担任は化け物か。
「元気でな、文四郎。幸せになれよ。」
竹井と担任をぶん殴ってやろうかと思案しているうちに、横の席に田中百環がやってきた。
「よろしくね、山田文四郎。私は田中百環。」
「お、おう。さっき聞いたぞ、それ。」
「君は昔から変わらないね。
その力強い目も、喋り方も、あの頃と同じだ。」
あの頃…?
こいつ、俺の過去を知っているのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・それはないか。
「そうか、そりゃあ良かった。で、どっかで会ったっけ?」
「ううん、君は私のことを知らないよ。
でも、これからじっくり知っていってもらうから。覚悟しといてね。」
何だこいつ…メンヘラか?ストーカーってやつなのか?
「おい、そこの二人。イチャイチャするのはホームルーム後にしろよー」
腐れ担任が…お前のせいでこんな事になってるんだろうが…!
〜 10000年前 11月 3日 高度3000m上空 〜
「殺す…!みんな殺す!ぜっっったいに許さない!!!!」
異形の生物が触手を振り回し、周囲の同族を朽ち滅ぼす。
空に浮かんでいた宇宙船は制御を失い、海へと落下した。
〜 20XX年 9月 2日 山田家 〜
朝起きたら、目の前に人間がいた。親ではない。そもそも俺に親はいない。
「おはよ、文四郎くん。」
まじかよ、田中百環。ゲキヤバ女じゃん。
「何でここにいる?どうやって入った。」
「さすが、冷静だね。私が思った通り、やっぱり君は最高の男だよ。」
「質問に答えろ。返答次第ではお前を警察に突き出してやる。」
「君の家には両親がいないじゃん?
だから普通にドアの鍵をピッキングして入ったの。」
事も無げに…この女、何者なんだよ。
「あ、そうそう。何で来たかって言うと…」
そう言いかけると、彼女は急に顔を赤らめて小さく呟いた。
「一緒に学校ってのに行ってみたいなぁって思って、さ。」
何でそこは恥ずかしそうなんだよ。倫理観バグってるのか?
「わかった。とりあえず家からでろ。
そして二度と俺に面を見せるな。通報だけは勘弁しておいてやる。」
「ご、ごめんなさい。もしかして私の事嫌いになった?」
「いや、嫌いになったりはしてない…こともないけど。
とにかく金輪際やめてもらいたい。」
「わかった。じゃあ外で待ってるね。」
…話聞いてないな、こいつ。
田中百環が外に出たのを確認し、洗面所に向かう。
鏡に写った自分の顔が引きつって見えた。
こっちに来てからというもの、ここまで頭のおかしいやつに出会ったことはなかった。
あいつと一緒に登校するなんて死んでもゴメンだ。
制服に着替え、家の裏口からこっそり外に出る。
音を立てないように裏の塀を乗り越え、このまま学校に直行…
「じゃ、行こっか。」
そこにはゴツいゴーグルらしき物を掛けた田中百環がいた。
「な、何でうちの裏にいるんだよお前。てかなんだよ、そのごついの。」
「これは全地形対応型多目的ARヘッドセット、通称AMA。
熱センサーも搭載してるから、君がどこに逃げてもすぐわかるよ。」
怖っ。何言ってんのかよく分かんないけどすごい怖い。
「早く行かないと、学校遅刻しちゃうよ?」
「わ、わかった。一緒に行くから命だけは見逃してくれ。」
「何よそれ。今あなたの命が”在る”のは私のお陰なのに。」
だめだこれ。完全にヤバいやつだ。終わった。学校生活。
〜 10000年前 11月 3日 洞窟 〜
血だらけの屈強な縄文人が、叫びながら立ち上がった。
彼は仲間に庇われたことでどうにか致命傷を防いだようで、その周囲には仲間らしき者達の死体が大量に転がっている。
「何と言っている?」
「殺す…!みんな殺す!ぜっっったいに許さない!!!!
……と言っています。」
ゴミを見るような目で男を見つめる異形のものたちは、襲いかかってくる縄文人に無数の弾丸を浴びせる。
縄文人は苦悶の叫び声をあげ、息絶えた。
〜 20XX 9月 6日 山田家〜
この一週間は散々だった。
一緒に登校するだけでは飽き足らず、四六時中くっついて離れない。
どこに逃げても見つかる。こんなのホラー映画だ。
家に帰って一息ついたと思ったら、小型のドローンに追尾されてた。
この調子じゃ家の中に隠しカメラとかもゴロゴロあるんじゃないだろうか。
「…で、俺をお前の家に呼んだのか。」
「そうなんだよ竹井!このままじゃ俺、ノイローゼになっちゃう!」
「よっしゃわかった。俺がガツンと言ってやるよ。」
ドンドンドン!
玄関のドアを鈍器のようなもので殴る音が聞こえる。
疫病神がやってきたようだ。
「誰がガツンと言ってやるですってー!?」
「早速お出ましか…」
「竹井!俺は逃げるから後は頼んだ!」
「おう、任しとけって。」
ありがとう竹井、お前のことは忘れないからな。
二階の自室にある窓から外に出る。
田中百環が階段を登る音が聞こえてきたので、慌てて下に飛び降りた。
自慢じゃないが運動神経は人並み以上にあるのだ。
「あれ…文四郎君はどこにいるの?」
「来たか。まあ座れよ。お茶出すから。」
「結構よ。ここはあなたの家じゃないんだから。」
「そりゃごもっとも。じゃあ本題に入ろう。
お前は何で文四郎につきまとってる?」
「好きだからよ。そういうもんじゃないの?」
「その常識のなさと美貌…お前、もしかして日本人じゃないのか?」
「ええ、よくわかったわね。私はT1216から来た外星人よ。」
「あ、やっぱり?道理で様子が…ってマジ?」
「マジ。」
「いやいや、そんな話信じられるわけないだろ。
何で宇宙人が文四郎を好きになるんだよ。」
「理由を知りたいなら見せてあげるわ。私の手を握って。」
「お、おう。」
竹井の手を取った田中は、どこからか小さな水晶玉を取り出して握らせた。
キーンとした音が響き、部屋中が光に包まれる。
〜 10000年前 8月 15日 洞窟 〜
異形の生物が空から現れた。
人間とは似ても似つかないその生き物は、
まだ知能の低かった人類を次々と葬っていった。
ある女性が殺された。その女は子供を身ごもっていたが、等しく殺された。
丁度その時狩りにでかけていた夫は、激しく悲しんだ。
そして決意した。異形の生物達を皆殺しにすると。
〜 20XX 9月 21日 山田家 〜
あれから二週間が経つが、田中百環は一度も家に来なかった。
これは嵐の前の静けさってやつなのだろうか。
制服に着替えて学校に向かう。
見慣れた空、同じ景色。平和極まりない。
校門をくぐり、靴箱に向かう。
人数が多いくせにやたら狭い教室に入ると、竹井が俺の席に座って田中百環と楽しそうに喋っていた。
「あ、おはよう文四郎くん。」
「お、おはよう。」
「おっと、そろそろ授業始まるから戻るわ。またね、田中さん。」
「うん。またね、竹井くん。」
こいつらは何故か意気投合しており、毎日楽しそうに話している。
いつの間にこんなに仲良くなったんだ?
ここまで急に色々起こると、逆に気になってくる。
無意識の内に田中百環を見つめていると、彼女が笑いかけてきた。
…確かに可愛い。それは認める。
もしかしたら竹井はハニートラップに引っかかってるんじゃないだろうか。
果たして、彼の見立てはある程度当たっていた。
(あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜田中さん可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺のことは一切眼中にないのは分かってるけど、そういう一途なところが素敵なんだよな〜)
竹井は完全に田中に惚れており、授業中にノートをとることもせずに恋する乙女の目で彼女を追っている。重症だ。
〜 放課後 〜
「はい、帰りのホームルームを終わりまーす。気を付けて帰れよ~」
田中が山田と帰ろうとしていると、女子生徒が数人集まってきた。
「ねえ田中さん、ちょっと話があるんだけど。屋上来てくれない?」
「え?別にいいけど、どうしたの?」
(むむっ!田中さんが『クラスカースト高めで女子人気は高いが男子人気は低いことがコンプレックスで色々こじらせた女(名前は忘れた)』に絡まれてる!俺の田中さんに何する気か知らねえが、ここはかっこよく助けに入って、好感度ぶち上げだ!)
数人の女子生徒に連れられた田中を見て、100%の下心で竹井は後をつけた。
美しい夕焼けが校舎を照らす。
真っ赤に染まった屋上に佇むのは数人の女子生徒。
隠れて様子をうかがっているのは竹井。更に離れたところで山田も様子をうかがっている。
「あんたどういうつもりなわけ?
脳筋の山田が好きなんじゃなかったの!?」
「ノーキン?」
「そうよ脳筋よ!
いい?このクラスには一つだけ絶対に犯してはならない掟があるの!」
「それは知らなかったわ。どんな掟なの?」
「『竹井洸太に対する恋だけは抜け駆けするな』よ!」
「なんだそれ、初めて聞いたぞ。」
「そりゃそうよ、女子のトップシークレットなんだから!
って竹井くん!?」
「だから毎年決まった時期に告白が殺到するのね。
あれうっとおしいからやめてくれよ。」
「あああっ、そのっ、これは違くて…」
「とりあえず教室戻れよ。田中さん怖がってるだろ。」
「は、はひぃ…」
女子生徒が顔を真っ赤にして逃げ帰っていく。
怒りか、恥ずかしさか、はたまた夕焼けのせいだろうか。
「大丈夫?あいつに変なことされなかった?」
「全然。いざとなったら細胞一つ残さず抹消してやるし。」
「そ、そっか。」
気まずい沈黙が屋上を包む。
「ねえ、田中さん。」
「なあに?」
「まだここのことよくわかんないでしょ?
色々案内するからさ、次の休日一緒にでかけない?」
「うん、いいよ。それじゃ、私帰るね。」
田中が屋上から飛び降り、どこかに飛び去った。
竹井はその姿を目で追いながら小さくガッツポーズをする。
「なあ…竹井?」
「うわっ!お前いつからそこにいたんだよ!」
「隠れて見てたんだよ。それは謝る。」
「別にいいよ。てか、お前脳筋の山田って呼ばれてたぞ。」
「そんなことどうでもいい。目を覚ませよ竹井。
お前は田中百環のハニートラップにかかってるんだ。」
「はぁ?何いってんだお前。
あぁ…嫉妬してんだろ。悪いけど、あの子は俺がいただくぜ。」
「きもっ。いや違うって!まじで騙されてんだよ。」
「…あの子の事情も知らないくせに。」
「事情?」
「田中さんがお前のためにどれだけ苦労してきたと思ってんだよ。
お前じゃあの子を幸せにはできない。」
「おい、竹井!」
「もう遅いから帰るわ。また明日な。」
一人取り残された山田は、訳が分からないという表情で座り込む。
しばらくして、彼はスマートフォンを取り出して誰かに連絡をとり始めた。
「…竹井が田中百環とデートに行くらしい。」
〜 10000年前 11月 3日 海底に沈んだ宇宙船 〜
異形の生物が巨大な機械を動かしている。
中には現地人の死体が入っているが、既に原型をとどめておらず、光を放っている。
「…待ってて。これでまたあなたに会える。」
異形の生物はそうつぶやくと、寂しそうに微笑んだ。
〜 20XX年 9月 27日 竹井家 〜
髪型はバッチリ。服装もいい感じだ。
田中さんに釣り合うかっこいいキメ顔も準備できた。
待っててくれ、マイハニー。君を呪縛から解き放…
ピンポーン
「おーい、竹井!出てこーい!」
山田の声だ。何でここに来たんだ?
「竹井く〜ん!」
げっ!この声はこじらせ女(名前は忘れた)だ!
最悪だ、今からデートなのに…!
「入るぞ〜」
「人の家に無断で入るな!俺は今からデートなんだよ!」
「竹井くんはあの女狐に騙されてるの!」
「女狐ってなんだよ!今時そんな言葉使ってるやついないだろ!」
「とにかくやめた方がいい。
俺の見立てでは田中百環は魔女だ。魂を吸い取られるぞ。」
「わかったわかった。俺はもう行くから。」
〜 駅前 〜
さびれた駅前には人通りが少ない。
台風が近づいているらしく、生暖かく強い風が商店街から吹き抜けている。
「7分34秒遅れ。ここの人は時間守るんじゃないの?」
「ごめんごめん、ちょっと邪魔が入ってさ。」
「まあいいけど。どこに行くの?」
「まずは、映画館だ!」
仲良く連れ立って歩く彼らを見つめる二つの影。
二人とも田中を親の仇であるかのように睨んでいる。
山田と女子生徒だ。
「山田くん、後をつけるわよ。」
「イエッサー…!」
〜 某映画館 〜
『飯探偵ゴハン 偽りの黄金芋』
『薩摩弁ジャーズ インフィニティチェスト』
『ねばりのトロロ』
『黄身を水槽で混ぜたい』
『地熱の刃 無限発電編』
様々な映画の予告編が流れていくのを興味深そうに眺める田中。
竹井はスマートに田中をエスコートしながら聞いた。
「田中さん、どの映画がいい?」
「一番面白いやつ。」
「やっぱデートで見るなら感動恋愛ものだよな。
よし、『黄身水』にしよう!」
「それホントに面白いの?」
竹井がさり気ない動作で田中の手を掴み、劇場内へと入っていく。
それを隠れて見ていた二人は、考えうる限り最悪の侮蔑を吐きながら彼らが出てくるのを待ち続けた。
〜 カラオケ 〜
『黄身を水槽で混ぜたい』はよほどの名作だったらしく、竹井たちは涙を流しながら映画館を後にした。さらにその勢いでランチを済ませると、熱意冷めやらぬままカラオケに突入。激しいデュエットを開始した。
「そして〜か〜がや〜く」
「ウルトラソウっ!!!」
「あ〜!歌うって楽しいわね、こういう文化が私達の星にもあれば良かったのに。」
「…そうだね。ここなら誰にも見られてない。
ありのままの君でいてもいいよ。」
「じゃ、お言葉に甘えて。」
そう言うと田中は服、いや肌というべきか。
とにかく身体を脱ぎ、異形のものへと姿を変えた。
「僕は君のありのままを愛する。だから、山田の家で君が見せてくれた"あれ"について詳しく教えてほしい。」
「……あれは私の過去の断片。それしか言えない。確かにあなたには感謝してる。私が文四郎くんに嫌われないように色々アドバイスしてくれて、地球のことも教えてくれて。 でも全部は言えない。まだ文四郎くんにも話せてないんだから。」
「…わかった。俺、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
険しい顔をして部屋を出る竹井。
一人になった田中百環が少さく呟く。
「言えないわよ…私のせいで、彼が……」
外は更に風が強くなり、雨もパラパラと降り始めている。
「…さむ。」
「いつ出てくるのよ、竹井くんたち。」
〜 ホテル街 〜
台風は直撃こそしていないものの、雨風はますます激しくなっていた。
竹井たちは居酒屋で夕食を済まし、ホテル街をふらついている。
一つのホテルの前で竹井は足を止め、決意を固めた顔で田中に話しかけた。
「雨がすごいな、ここで休憩しようぜ。」
「こんな大きな建物で休憩していいの?」
「ああ、そういう建物だ。」
「そう、じゃあ入りましょ。」
二人がホテルのエントランスに足を踏み入れようとしたその時、竹井の肩を何者かが掴んだ。
「目を覚ませ、竹井。」
「…?とクラスメイトのこじらせ女!」
「名前覚えられてなかったの…!?」
「何しに来たんだよ!いい雰囲気だったのに!」
「お前は洗脳されてる、家に帰るぞ。」
「あ゛ぁもう!違うって言ってるだろ!ちょっとこっち来い!」
竹井は山田を引きずってホテルの駐車場に向かった。
こじらせ女は田中を睨む。
「抜け駆け禁止だって言ったでしょ…!」
「いや、私は竹井くんに興味なんてないから。」
「ホテルに来といて良くもそんなことを!」
「休憩するだけよ。」
「そんなわけ無いやろがい!!」
「うるさい、帰って。」
田中がポケットから小さな棒を取り出し、こじらせ女の額にちょんと当てた。すると見えない手に押されるかのようにこじらせ女が外へ飛び出していく。一方駐車場では、暴風雨の中で竹井と山田が言い争っていた。
「いいか、一旦話を聞け。
俺は彼女に惚れたんだ。洗脳なんかされてない。」
「信じられるかよ、今まで誰に告白されても断ってきたお前が。」
「それはもっともだ。でもな、恋ってそういうもんだろ。」
「きしょ。とにかく、いったん冷静になれよ。」
「いや、もう今日しかないんだ。
お前が田中さんと仲良くなりでもしたら、俺はすぐに用済みになる。
彼女はお前しか見てない。ずっと前からな。」
「はあ?どういうことだよ。」
「俺は今日、彼女を縛ってる呪いを解く。お前という名の呪いを。」
「呪い?やっぱり魔女かよ!」
「違う、お前の存在自体が呪いなんだ。
彼女が前に進めないのは、お前のせいなんだよ。」
「意味わかんねえよ、お前は何をしようとしてるんだよ!」
「俺は彼女との間に既成事実を作る。幸い田中さんはそういう事に無知だからな、後でちゃんと言ったら納得してもらえるだろ。」
「…………だめだ。」
「なんでだよ、お前には関係ないだろ?」
「人として良くない。俺はお前に道を踏み外してほしくない。」
「なんだよそれ、何も知らないくせに!」
「知らねえよ、何も!
でもお前が、お前が間違った方向に行こうとしてるのはわかる!
頼むからやめてくれ!」
「黙れ!!」
竹井が叫んだ。
風はさらに勢いを増し、木がミシミシと音を立てて揺れる。
雨も酷く、一寸先すら見えない。
「俺はお前が憎い!田中さんの傍に居てやれるのは、お前だけなのに!!
お前は、お前は全部拒絶して!!!それでも彼女は!!
俺じゃなくて、お前を選ぶ!!!!」
竹井は怒りに任せて山田の顔に殴りかかる。
しかし、山田はスルリとかわし、竹井の首元に軽く一撃を加えた。
崩れ落ちる竹井。
「そこで頭冷やしとけ、竹井。」
「強過ぎんだろ…やっぱ、文四郎は………」
竹井の顔が雨粒と涙でぐちゃぐちゃになる。
山田はそれを横目に見て、フロントで暇そうにしている田中に声を掛けに行った。
「田中…さん、帰るぞ。家まで送ってやるから。」
「ホント!?やった〜」
雨は相変わらず激しいが、田中が傘のような謎の装置で二人の頭上の雲を払い除けており、二人の歩く場所だけ月明かりが差し込んでいる。
「竹井くんは?」
「お前に悪いことをしようと企んでたから、ちょっとな。」
「そう…ありがと。」
「あいつも悪いやつじゃないんだ。お前が何かしたのか?竹井に。」
「ううん。何もしてない。」
「その言葉、信じるからな。」
「ねえ、明日から一緒に登校してもいい?」
「ん〜、考えとく。」
「そっ。じゃあ決めたら教えて。」
「なんか変わったな、お前。」
「竹井くんが、色々教えてくれたから。」
「…そうか。」
「じゃ、私ここだから。」
彼女は何もない空き地で立ち止まった。
「ここ?空き地にしか見えないけど。」
「いいから。また明日ね。」
「おう、それじゃ。」
田中が山田から離れた途端、雨が山田に降り注ぐ。
山田は竹井を探そうと急いでホテルへと戻っていった。
〜 10000年前 10月 27日 高度3000m上空 〜
上空には依然として宇宙船が佇んでいる。
約二ヶ月前に指揮官が母星に帰還して以来、
この外星人の部隊は原住民の虐殺を行っていた。
「原住民からの攻撃です、地上基地δが壊滅しました。」
「壊滅だと?またあんなに知能の低いゴミどもにやられたのか!」
「知能は低く文明レベルも底辺ですが、腕力が非常に強く…
基地の外壁を棍棒で破壊して突っ込んできます。非常に危険です。」
「はあ?
こんな未開の地に住んでいる奴らに外壁が破られるはずないだろう!」
「どうも我々の故郷の生物とは肉体の作りが根本的に異なるようでして…」
「言い訳も大概にしろ!そんな力の強い種族があってたまるか!」
「いえ、事実です。狩猟を中心にしている奴らの単純なパワーはTシリーズに匹敵するレベルだと考えられます。」
「だが、こちらには武器があるだろう武器が!
棍棒相手に苦戦でもしてるのか!?」
「数がやたら多く、全員を仕留めることが困難なもので…」
「御託はいい、寝込みを襲うなりなんなりして結果を出せ!
あと数日もすれば指揮官がお帰りになるのだ。
サプライズ侵略成功を知ればきっとお喜びになるに違いない!」
「りょ、了解です…」
〜 20XX 9月 28日 山田家 〜
朝だ。結局田中さんと一緒に登校することにした。何だか変な気分だ。
この胸の高鳴り、まるで………まるで何だよ、アホらしい。
俺に人を好きになる資格なんて無いのに。
踵の擦り減った運動靴を履き、家を出る。田中さんが家の前で待っていた。
「おはよ。文四郎くん。」
「おう、不法侵入は無しか。感心だな。」
「だって文四郎くんに嫌われたくないもん。」
「そういえば、竹井から何か連絡あったか?
電話かけても繋がらなくてさ。」
「ううん、なかった。」
「そうか…学校には来てたらいいんだけど。」
一昨日の夜、田中さんを送った後にホテルの駐車場に戻ったが、竹井の姿はなかった。家に帰ったのだろうが、闇堕ちとかしてたら困る。あんなのでも一応親友だ。
校門をくぐって靴箱を抜け、教室に入ると一緒に竹井たちを尾行したクラスメイトの女(名前は忘れた)が仲間を引き連れて仁王立ちしていた。
「田中さん、俺の後ろに隠れとけ。」
「大丈夫よ、私強いもん。」
「強いわけないだろ。道具で得た力は本当の力じゃない。
最終的には筋肉がものをいうんだ。」
「田中…百環!泥棒猫がどの面で!」
「何もしてないってば、彼が勝手に私を好きになっただけ。」
「ふん、私を吹っ飛ばしておいてよくもそんなことが言えるわね。」
「だってうっとおしかったんだもの。」
「とにかく、もうあんたの席はこの教室にないから。」
この女…やることなすこと古臭くないか?
「別にいいわよ、自分で生成するし。」
「ま、まあまあ落ち着けよ。
田中さんはちょっと社会一般常識がないだけで普通の女の子なんだ。
悪気は多分ない。そんなにないと思う。あって欲しくない。」
俺の完璧なフォローで、こじらせ女は少し表情を和らげた。
「…竹井くんと連絡が取れないのよ。学校にも来てない。
その女がなにかしたんじゃないの?」
「あ〜、なにかしたのは俺だ。
殴られそうになったから、こう、手刀でガッと。」
「はぁ!?何よそれ、あんたのせいじゃん!」
「正当防衛だ!確かに俺はものすごく強いから竹井なんぞに殴られても全然大丈夫だけど、気持ちの問題ってのが…」
「黙れ脳筋が!皆、竹井くんの家に行くわよ。」
「待てよ、授業始まるぞ。」
「関係無い。私達には竹井くんのほうが大事。」
そう言い放ってこじらせ女は教室を出ていった。
取り巻きは誰も付いていかなった。可哀想。
〜 竹井家 〜
ピンポーン
雨上がりの湿った空気にインターホンの音が響く。
ピンポーン
家の中には竹井一人しかいないらしく、当の竹井も全く出る気は無いようだ。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「やめろよ山田!顔も見たくない!!」
「山田のバカじゃないわ。私よ、長谷川美怜。」
「…誰?」
「なんで名前覚えてないのよ!クラスメイトの長谷川!」
「あ~、こじらせ女か。長谷川って名前だったんだ。
まあいいや、今は誰にも会いたくない。帰って。」
「ドアを開けてくれるまで無限にインターホンを押し続けるわよ?」
「は?マジで言ってる?」
「とにかく開けて!竹井くんが心配なの!」
「すぐ帰るなら、開けてやってもいいけど。」
「すぐ帰る。すごいすぐ。」
ガチャ
「お邪魔しま〜す。あ、これお土産。二人で食べる用に。」
「すぐ帰る気ねえじゃん…」
長谷川はズカズカと上がり込み、いの一番に竹井の家の冷蔵庫を勝手に開け、中にあったオレンジジュースをこれまた勝手に2つのコップに注ぐと、そのうち1つを竹井に差し出した。
「ここ、俺の家。お前、客。すること、逆。」
あまりの非常識さに呆れ、カタコト脳筋みたいになってしまった竹井を椅子に座らせると、長谷川は口を開いた。
「全部話して。あの女が転校してきてから起こったこと全部。」
「嫌だよ。なんでお前にそんなこと…」
「私達友達でしょ。」
「違う。」
「じゃあ…まあ、クラスメイトでしょ。」
「それは他にも40人くらい居るだろ。」
「………力になりたいの。」
「お呼びじゃない。帰ってどうぞ。」
「帰らない。竹井くんが全部話すまで。」
「まじかよ。激ヤバじゃん。」
それから3時間が経った。
長谷川は竹井家の冷蔵庫を空にしてオードブルを作り、振る舞っている。
竹井はすっかり憔悴して今にも泣き出しそうだ。
「話す気になった?」
「………………………話す。でも、信じられない話ばっかりだぞ。」
「わかった。聞かせて。」
「俺は文四郎に田中さんからのストーカー行為をやめさせるように泣きつかれたんだ。だから田中さんと一対一で話し合うことにした。その時、田中さんは俺に見せてくれたんだよ。彼女の過去を。」
〜 竹井が見た田中百環の過去 〜
一目惚れだった。2000年生きてきて、初めての経験。
体中に電流が走った。あの眼差し、強い心、全てを守ってくれそうな力。
全てが私の周りにいる生命体と違った。
私は侵略をやめるよう上層部に訴えかけるため、母星へと帰った。
私は上層部のお気に入りだったから、すぐに侵略をやめることを認可してくれた。
私は急いで地球へと向かった。
でも、遅かった。
私が戻るより前に、私の仲間は虐殺を始めていた。
彼は、彼は殺されていた。私は怒りに囚われ、同胞を皆殺しにした。
こんなことをしても彼は生き返らない。
それはわかっていた。
いや、わかっていなかったのかもしれない。
だから、彼にもう一度会うために。
私は、眠った。
〜 竹井家 〜
30分間、長谷川は黙って竹井の話を聞き続けた。
竹井の声はだんだん震えていき、最後には掠れるような声になる。
そんな竹井を見かねて、長谷川はそっと竹井を抱きしめた。
〜 16年前 山田家 〜
ん………ここは、どこだ?
俺は、死んだのか…?
あの化け物どもめ…絶対に殺してやる!!
……………………それにしても暗いな。
体も思うように動かない。
「あぅあー」
だめだ、はっきり喋れない。
一体何が起きてるんだよ!
俺が動こうと試行錯誤していると、パチッという音と共に世界に光が灯った。
なんだ、奴らか…!?
「あらあら、どうしたの〜?」
でか……いな。人間か?
女のようだが、こんなにでかい人間は見たことが…
「かわいいでちゅね〜」
…違う。俺が小さくなってるんだ。あの化け物の仕業か!
なにか喋っているようだが、意味はさっぱり分からない。
「おっ、起きたのか文四郎。」
男もいるのか。
俺を囲っているこれはなんだ?閉じ込められてるのか!?
「ええ。さっき喋ったんですよ、山田って。」
「自分の苗字を!?もう五ヶ月だもんなぁ、そういうことも…ないだろ。」
クソっ。体が重くて立てない。立て、立つんだ俺。
立って化け物の手下をぶっ飛ばすんだ!
「うおおおおお!」
「立った!?」
「喋った!?」
「あうーあいーう!いうー、いーえおうあ!」
(ここから出せ、ゴミども!首引きちぎってやろうか!?)
「凄い…何か伝えようとしてる。」
「神童だわ…!この子は天才よ!!」
「だうあ!あうおういえ!!」
(何を言ってる!俺はお前らなんかに屈しないぞ!)
「すぐお義母さんたちに伝えましょう!」
「そうだな、僕は先祖の墓に知らせてくる!」
〜 15年前 山田家 〜
「いい?これはガスバーナー。」
「がすばーなー。」
「正解。これは、マンホールオープナー。」
「まんほーるおーぷなー。」
「大正解。次に行くわね。これは大長編ドエライもん、錦鯉と闇の王。」
「だいちょうへんどえらいもん、にしきごいとやみのおう。」
「…なあ、もうちょっと基礎的な言葉から教えるべきじゃないか?」
「もう教え尽くしちゃったのよ。
この子頭が良すぎて、どんな言葉もすぐ覚えちゃうんだもの。」
拷問のような一年だった。
滑舌が良くなって喋れるようになるまではそんなに時間がかからなかったが、俺のいた所とは言葉が違う。
ここの言語を理解するのに何ヶ月もかかった。
どうやら俺は今一歳半らしい。
こいつらは俺の親で、俺を育ててくれているようだ。
わけがわからない。俺には本物の親がいたし、家族もいた。
あの化け物が俺を赤ん坊にしてここに送ったのだろうか。
「といれ、いく。」
この通り、意思疎通ができるようになった。
ここは飯が美味いし気温も一定。生きやすいのは否定できない。
「はい、行ってらっしゃい。」
「流暢に喋れて一人でトイレに行ける一歳児…やっぱり神童なのかもしれないね。」
「絶対そうよ、そろそろTVデビューさせましょ。」
俺の目下の問題はただ一つ、体がなまっていることだ。
毎日走り回って運動しているが、どうも危機感に欠ける。
またあの化け物が来た時のために、俺は強くならないと。
〜 10年前 小学校 〜
「文四郎も一年生か、大きくなったなぁ。」
「父さんと母さんのお陰だ。」
「めちゃくちゃクールな子に育ったわね。鼻が高いわ。」
そりゃそうだろう、実年齢は両親とさして変わらない。
向こうで死んだのが21歳の頃だったから…今は27歳ってとこか。
「お前は頭がいいから幼稚園も保育園も通わなくてよかったけど、これからはそうもいかない。
義務教育だからな。」
「分かってるよ父さん、大丈夫だから。」
「友達いっぱい作るのよ〜!」
小学校。俺は周りのガキがあまりにガキすぎるので友達をつくったことがないが、ここでは友達を百人つくる必要があるらしい。なんでも富士山の上でおにぎりを食べるとか。
「皆さんはじめまして、担任の西田です!これから一年間、皆で仲良くしていきましょう!じゃあ、出席番号1番から、自己紹介をしてください。」
自己紹介か。初めてやることだな。名前と好きな事を話せばいいらしい。
おままごとが好きだとか、戦いごっこが得意だとか馬鹿みたいだ。
「出席番号21番の竹井洸太です。好きなことは架空のデスゲームを考えることです。僕は卑怯な手を使って見苦しく生き延びたあと、無様に殺される役をしてみたいです。」
………なんだこいつ、ホントに小学生か?
この絶妙にウケ狙いかわからないラインを攻めていくスタイルが許されるのは人気者の高校生だけだろ。おもしれー男。こいつを最初の友達にしてやろう。
「それじゃあ最後は山田くんお願いします。」
「出席番号43番の山田文四郎です。好きなことは筋トレです。今で言う縄文時代に化け物に殺されてこの時代に来ました。この話を親にしても信じてもらえなかったのですが、もし信じてくれる人がいたら来るべき時に備えて共に体を鍛えましょう。」
「…はい皆さんよろしくお願いします!それじゃあ今日はお家の方が迎えに来てくれた人から帰りましょうね。さようなら。」
「「「さようなら!」」」
「ねえ山田くん、ちょっといい?」
「文四郎でいい。お前は竹井洸太だな?」
「うん。ねえ、さっきの話ってほんと?」
「本当だ。誰も信じてくれないけどな。」
「僕信じるよ。だって文四郎面白いもん!
もし化け物が来たら僕も一緒に戦う!」
「お前も大概面白いぞ。あの自己紹介は事前に準備したのか?」
「ううん、さっき考えた。」
「天性の才能か。大切にするんだな。」
「文四郎は喋り方も面白いね。」
「一万も歳上なんだぞ。お前らみたいな喋り方恥ずかしくてできねえよ。」
「これからよろしくね、文四郎!」
「おう。よろしくな、竹井。」
〜 4年前 山田家 〜
「……文四郎、大丈夫か?」
「……………ああ。」
一週間前、両親が死んだ。事故だった。また家族を失った。
「なあ文四郎、覚えてるか?」
「…何を?」
俺がこっちに来て12年経つが、化け物は一匹も現れていない。
多分あれは外星人ってやつだ。
地球の生き物を遊び感覚で殺戮していたのだろう。
「始めて会った時のことだよ、お前頭おかしかったよな。」
「まだ覚えてたのかよ、あれは黒歴史なんだ。忘れろ忘れろ。」
自分が過去から来たことを話さなくなって5年は経つ。下手に話して外星人に居場所を悟られたら元も子もないし、頭のおかしいやつだと思われるのが関の山だ。
「俺はまだ信じてるぞ、あの話。化け物が来たら一緒に戦おうな。」
「中二病だったんだよ!」
「小一病じゃん。」
「…そういうお前もデスゲームとか言ってただろ!」
「うるせえ!俺はお前と違ってあの自己紹介をしても引かれなかったぞ!」
「お前はモテるもんなあ、筋肉は少ないのに。」
「筋肉量と人気は比例しないんですぅ。」
すっかりこの世界に馴染んでしまった。タイムトラベルが出来ない事くらい知っている。
過去に戻れないなら忘れるしかない。100人は無理だったけど友達だってできた。
竹井はいい奴だ。こいつを最初の友だちにして正解だった。
〜 20XX年 10月 10日 山田家 〜
……夢か。
あの日以来竹井とは口をきいていない。
いつまでも意地張ってる訳にはいかないよな。
初めての、友達なんだから。
ピンポーン
チャイム?来客は珍しいな。田中さんか?
「文四郎、俺だ。」
竹井?なんてナイスなタイミングなんだ。腹を割って話さないと。
「久しぶりだな。」
「ああ、とりあえず仏壇に手ぇ合わせてくるわ。」
「おう、父さんと母さんも喜ぶ。」
両親が死んでからもう三年経つが、こいつはうちに来るたび仏壇に手を合わせてくれる。
「丁度竹井の家に行こうと思ってたんだよ。」
「あれ以来口きいてなかったもんな。」
「…単刀直入に聞くぞ。何がお前をああさせたんだ?」
「田中さんが不憫だったから。彼女の心を埋められるのは文四郎だけなんだよ。でも、お前は彼女に目もくれない。…だから、俺が埋めてあげようと思ったんだ。」
「…不憫って何だよ。」
「それは言えない。彼女が自分の口で話すまでは。
今の田中さんは幸せそうだし、俺の出る幕じゃないしな。」
「やっぱりよく分からん。」
「色々あるんだよ。文四郎もそうなんだろ?」
「……ああ。」
「話せてよかった。この後デートだからそろそろ行くわ。」
「彼女できたの?お前。」
「おん、同じクラスの長谷川美怜。」
「誰だっけ、そいつ。」
「こじらせ女だよ。田中さんがふっ飛ばした。」
「!?」
「それじゃ、また月曜日に。」
「!?」
「お前も幸せになれよ~」
ああ、竹井が爆弾を残して家を出てしまった。あんなに嫌ってたのに何があったんだか。
〜 駅前 〜
少し肌寒くなってきた街に、彼氏を待つ長谷川の姿があった。
どうやらかなり前から待っているようで、しきりに時計を気にしている。
「おまたせ、美玲。」
「2分遅刻。でも私は30分前からいたから32分遅刻。」
「ごめんって。美玲に言われた通り文四郎と仲直りしてきたんだよ。」
「洸太の元気が出たなら良しとする。でも今日は洸太の奢りだからね。」
「前もそう言いながら割り勘にしてなかったっけ?」
「うるさい。ほら、行くよ。」
「はいはい。」
「山田には伝えたの?百環ちゃんのこと。」
「いや、俺から伝えることじゃないだろ。」
「まあね。でも、あんな事聞いちゃったらさ。あの二人にはうまくいってほしいな。」
「今度俺たちで仕掛けるか。」
「それいいね、賛成。」
竹井と長谷川が連れ立って歩き出す。
二人を祝福するように、昼星がキラリと瞬いた。
〜 深宇宙のどこか 〜
※先程昼星と記載しましたが、正しくは宇宙船でした。
謹んでお詫び申し上げます。
「……事実なのか?例の報告は。」
「はい、長年姿を見せなかった容疑者が21日前に見つかったと。」
外星人の繰る巨大な宇宙戦艦が航行している。
見るからに物騒な兵器を吊り下げ、どこかに向かっているようだ。
「位置は?」
「犯行を行った惑星で見つかったそうです。2387セクターの天の川銀河内にある惑星334。一万年前に植民地化政策の一環でディバストメントを送り込んでいますが、直後に現場指揮の嘆願により侵略を中止しています。」
「その指揮官が第12師団のディバストメントをたった一人で皆殺しにしたのか。部下を手に掛けるとは…そいつの個体識別コードは何だ?」
「T-NK 1OOです。」
「Tシリーズの生き残りか…上が躍起になる訳だ。」
「ですが余りにも過剰戦力じゃないでしょうか?
我々の戦力、惑星334級の総軍備量の70万倍はありますよ。」
「お前は若いから知らないのか。Tシリーズは大戦後の軍拡競争黎明期に開発された人工生命体だ。知っての通り、条約によって軍事用人工生命体の保有数は一つの惑星に付き100体までと定められていた。もっとも、今は研究そのものが禁止されているがな。だからTシリーズの危険性は想像を絶するものだ。一体で一つの星系の軍隊を壊滅させたとかいう逸話まで残っている。」
「な、何ですかその規格外!他のTシリーズは今どこに?」
「もういない。Tシリーズは寿命が短く、一個体に付き5000年しか稼働できない。彼らは5000年間我々のために戦い続け、寿命を迎えた。最後はソウルディメンターで魂だけ別の肉体に転移させた個体もいるらしい。だがまさか生き残りがいるとはな。殆どオーパーツだ。」
「ですが、それにしたって『シュテールング』を使うのはやりすぎでは?
捕獲対象が消滅しちゃいますよ。」
「いや、そうでもない。彼らの肉体は特殊な素材でできていてな、姿を自由に変えたり1億度までの熱に耐えられたり…無茶苦茶なんだよ。」
「なるほど、惑星を粉々にしてもTシリーズだけは生き残るから『シュテールング』を我々に持たせたんですね。」
「そういうことだな。対惑星用兵器『シュテールング』…
何十億もいる原住民の中から探すより、星をぶっ壊して残骸から生き残りを探す方が楽だ。」
「Tシリーズが抵抗してきたらどうするんです?」
「問題ない。秘策がある。」
外星人の指揮官が不敵に笑う。
漆黒の宇宙を進む艦隊の目指す先は、地球だった。
〜 10000年前 4月 1日 宇宙 〜
巨大な戦艦が宇宙を航行している。
内部には、指揮官の姿をしたT-NK1OOの姿があった。
「…ふぅん、ソウルディメンターっていうの。」
「はい。全ての存在に宿っている”魂”だけを転移させることができる、革新的な装置です。」
「でも転移先の年代とかは指定できないんでしょ?」
「まだ試作品ですので…
ですが、あと9000年もあれば完全版を全ての船に搭載できるはずです。」
「9000年も待てないわよ。私はあと3000年くらいで死んじゃうんだから。」
「コールドスリープ装置があるので、それで待ってみてはどうでしょうか?」
「まだいいわよ、あと2500年くらいは祖国のために働くわ。
とりあえず、σ334に向かいましょ。」
〜 20XX年 10月 26日 山田家 〜
朝起きたら、目の前に人間がいた。
田中さんだ。何でだ?
「おはよ、文四郎くん。」
なんか既視感があるな。デジャブ?
「な、何でうちの中にいるんだ?」
「この前言ってたじゃない、文四郎くんの家に入ってもいいって。」
「いったけどさぁ、不法侵入していいとは言ってねえよ。」
「ご、ごめん。もしかして私のこと嫌いになった?」
田中さんの表情がみるみる曇っていく。
調子狂うな、前は平気だったのに。
「なってない…よ。不法侵入も許す。」
だめだ、こんなこと言ったら。あいつらに…顔向けできない。
妻と、産まれることすら許されなかった子に。
俺の贖罪は、奴らを皆殺しにするまで果たされない…!
「どしたの、文四郎くん?」
「なんでもない、学校行くか。」
「うん!」
制服に着替えて学校に向かう途中、竹井とこじらせ…じゃなかった、長谷川さんが道のど真ん中でいちゃついていた。
あの二人は本当に付き合ったらしく、所構わずイチャイチャしている。ムカつく。
それを見かける度に田中さんが意味ありげに俺を見つめてくるのも困る。
そんな目で見ないでほしい。
学校でも田中さんは俺の横に引っ付いて離れない。
周りのクラスメイトも慣れたもので、お前ら付き合ってんの~?という声も聞かなくなった。
かくいう俺も完全に順応してしまっているのが怖い。
それを心地よいと思ってしまっているのも。
「そうだ文四郎、放課後ダブルデート行こうぜ!」
「ええ…めんどくせえな…」
「百環ちゃんも行きたいよね?」
長谷川さんはいつの間にか田中さんと仲良くなっており、百環ちゃん呼びしている。
女というのはよくわからない。
「行きたーい!!」
なんてキラキラした笑顔…断るのは無理そうだ。
「はぁ…わかった、行くよ。」
………一万年。
一万年経ってるんだ。
奴らは、もう来ないんじゃないだろうか。
俺自身の幸せを選んでいい時が来たのかもしれない。
「やったー!!あ、そういえば言い忘れてたんだけど、文四郎くん家の冷蔵庫にあったプリンもらったよ。」
…でもこいつだけはないな。
〜 10000年前 9月 29日 深宇宙 ε1216 〜
ここは繁栄と権力の象徴とも言える惑星、ε1216。
この星は宇宙でもっとも強大な宗主惑星であり、80を超える植民星系を保持している。
その圧倒的な軍事力で4度にわたる宇宙大戦全てに勝利を収め、他の宗主惑星とも有利な同盟を結んでいる。
そんな惑星の中心部にある荘厳な建物に、T-NK1OOは顔パスで入場した。
事務官がT-NK1OOを巨大なコンピューターのある部屋に案内する。
このコンピューターの名前は、『Goverment Operation Drive』通称GOD。
このε星系の政治全般を取り仕切っている自立拡張型AIだ。
このAIが全宇宙の命運を握っているといっても過言ではない。
「T-NK1OO…認証。要求は何ですか?」
「惑星σ334の侵略の中止を求めます。
あの星には侵略に値する戦略的価値がありません。」
「それは私が決めることです。
あなたにはそれ以外にも個人的な考えがあるように推測します。
それは恋…ですね?」
「…………はい、σ334の男に。」
「きゃ〜」
「ほら、そういう反応するじゃないですか!
だから言いたくなかったんですよ!」
「AIに隠し事できるわけないじゃ〜ん。」
「もう!やめてくださいよ!」
「わかったって、侵略は中止していいよ。
代わりに、その男の人連れてきてね〜」
「あんたは私のお母さんか!」
「母親みたいなもんだよ。T-NK1OOのことは娘みたいに思ってるからね♡」
「も、もう!私はσ334に帰ります!」
「はいは〜い、またね〜」
〜 20XX年 11月 3日 高校 〜
今日は学祭の日だ。
俺たちの通っている高校はいわゆる自称進学校。
自称進学校は学祭に力を入れることで、勉強以外も色々やってますよアピールをしがちだ。
「……だからってこれはやり過ぎだろ。」
グラウンドと中庭には色とりどりのテントが立ち並び、教室はどれもきらびやかに飾り付けられ、校舎にはでっかい垂れ幕が3つもぶら下がっている。
「そう?私はこういうの新鮮で好きだけど。」
横にいる田中さんも化粧をして、何だかいつもより可愛く見えるような…
「ねえ、聞いてる?」
「んぇ?ああ、聞いてる聞いてる。」
「聞いてないじゃん。ほら、劇の準備するよ!」
俺たちのクラスの劇はデスゲーム。竹井が無理矢理押し通した案だが、これが意外と面白い。
あいつの小さい頃からの夢『卑怯な手を使って見苦しく生き延びたあと、無残に殺される役』ができるとなって、竹井のテンションは最高潮だ。
「お、来たな文四郎!準備はできてるか!?」
「はぁ!?なんで俺がそんなことしねぇといけねんだよ!
俺は家に帰らせてもらう!!」
「完璧!あと30分で本番だからみんな気合い入れていけよ〜!」
俺の役が『最初の見せしめに殺される脳筋』なのには納得いってないが、竹井が楽しそうだから良しとする。
「文四郎くん、頑張って!」
「まあ俺は脇役だからいいけどさ、田中さんはラスボスだよ?大丈夫?」
「全然大丈夫!昔に戻った気分だよ。」
「昔?田中さんってなにも…」
「田中さ〜ん、最終リハやるからちょっと来てくれる?」
「分かった!」
行っちまった。
よく考えたら田中さんの持ってる道具ってどれも現代の技術力で作れる物じゃないよな…
家にドエライもんでもいるんだろうか。
転生が現実にある以上、田中さん未来人説もありえる。
〜 体育館 〜
「今から皆さんには、殺し合いをしてもらいます。」
「はぁ!?なんで俺がそんなことしねぇといけねんだよ!
俺は家に帰らせてもらう!!」
「俺じゃない、あいつがやったんだ…」
「そうだ!殺したのは俺だ、だがもう遅い!お前らも…何っ!?」
「い、嫌だ!死にたくない!おいお前ら、俺を裏切るのか!?
仲間じゃなかったのかよ!!」
劇は拍手喝采で終わり、竹井は感動で泣いていた。
どこに感動する要素があったのかは甚だ疑問だが。
さて、この後俺は竹井と一緒に模擬店とかを回る予定だ。いや、だった…というべきか。
「ごめん文四郎、やっぱ彼女と回ることにしたわ。
埋め合わせは今度するから。」
というメッセージが今届いた。ふざけた奴だ、人間のすることじゃない。
俺は竹井以外に仲の良い友達がいないのに。多分小学生の頃に自己紹介をミスったせいだ。
一人で学祭を楽しむなんてまともな人間には不可能。
俺は教室に籠もることにした。
「死は救済です。誰にも等しく訪れる…」
教室に入ったらデスゲームの主催者が一人で喋っていた。
「何やってんだ。」
「ひゃっ!文四郎君!?」
「もしかしてずっと練習してたのか?劇終わったのに。」
「ちちち違うけど!?そっちこそ何でこんなとこに!」
「ボッチだからだ。」
「あっ、竹井くんにフラレたんだ。」
「ちが…くもないか。だから一日ここで過ごすんだよ。」
「それってボッチってやつじゃない。私と一緒に行くわよ。」
「…デスゲームの主催者みたいな格好したやつと?」
「そうよ。可愛いでしょ。」
「まあいっか、どこ行く?」
「お化け屋敷。」
「別にいいけど俺は何を見ても驚かないぞ。」
「私だって。何年生きてると思ってるのよ。」
「15か16年。」
「…そうね。」
〜 お化け屋敷 〜
お化け屋敷とは名ばかりの雑魚屋敷だと思ってきたのに。
襲ってくるのはお化けというより宇宙人。
どうやら古代の洞窟からの脱出がテーマらしい。
俺の古傷を抉るために作られたの?
「ひゃぁぁぁぁ!」
「何よ、めちゃくちゃビビってるじゃない!」
「昔のトラウマがあるんだよぉ!」
「な、情けないわね!こんなの破壊しちゃえばいいのよ!」
「え!?」
田中さんがどこからかロケットランチャー的な何かを取り出し、壁にぶち込む。壁は轟音を立てて崩れ、お化け屋敷はパニックに陥った。
「おい!やりすぎだろ!」
「助けてあげたのにその言い方は無いじゃない!」
「早く直せ、早く!」
「もう、これでいい?」
田中さんが水筒らしきものの蓋を開けて中身をばら撒いた。
でっかく空いた穴が、よくわからない物質で埋まっていく。
壁はあっという間に元通りになったが、好奇の目が痛い。
「出るか。」
「そうね。」
「なあ、田中さんって何者?」
「私と付き合ってくれたら教えてあげる。って言ったら?」
「……………」
「まあいいや、次はカジノに行きましょ!」
「……そういう対価みたいなもので付き合うってのは…
聞いてないのかよ。おい、待て!」
〜 カジノ 〜
けばけばしい装飾、うるさい曲、大量のカラーボール。
これじゃカジノと言うよりクラブだ。
俺たちは教室の中心に大きく置いてあるルーレット台にいるのだが…
「赤の4番に全ベット。」
「田中さん!?何やってんだよ!」
「文四郎くんの分も合わせて、全ベットね。」
「待て待て待て!
でかい声じゃ言えないけどこれ本当に現金賭けてるんだぞ!?
全財産失っちゃうって!」
「現金って言ったって所詮紙切れじゃない。
勝ちゃあいいのよ、勝ちゃあ。」
手作り感の強いルーレットが勢いよく回る。
こんなちゃちい玩具に俺の全財産が乗っていると思うと不安でしかない。
あっ。
「赤の20番です。」
あっあっ。
「残念だったね。それじゃ次のところに行こっか。」
「あっあっあっ。」
「どうしたの?そんなにショックなら取り返してきてあげる。」
「は?」
田中さんがまたルーレット台に座り、横の生徒に何か囁く。
その生徒は不審がりながらも赤の4番にベットした。
一瞬、田中さんの腕時計が光ったかと思えばルーレットが止まり、赤の4番に玉が入る。
「赤の4番です。」
「当たった!」
田中さんはどうやらあの生徒から分け前をもらったようで、
ほくほく顔でこちらに戻ってきた。
「30円もらった。」
「なあ、もしかしてわざとルーレット止められんの?」
「うん。無機物を1分間完全に停止できるの。」
「それ、急にルーレット動き出したりしない?」
「する。」
田中さんが言い終わらないうちに、回していないはずのルーレットが回り始め、ディーラーが首を傾げる。
「まあいっか、さっきの負け分だけ取り返して帰ろう。」
〜 模擬店 〜
やっちまった。
人は愚かなものだ。
金に目がくらんで、追い出されるまで勝ち続けてしまった。
「ぶんひろうくん、こえおいひいね!」
田中さんが大量の綿菓子を口に咥えながら話しかけてきた。
「くひにものいえたまましゃべうな。」
俺は焼きそばの7パック目を食べているところだ。
俺達は今、有り余る金で豪遊している。
「あ、そろそろキャンプファイヤー始まるって!」
「お、行くか。」
「ねえ、フォークダンスっていうのがあるらしいよ。」
「俺は踊りなんかできないぞ。」
「え〜!一緒に踊りたかったのに。」
「…まあ、どうしてもって言うなら踊ってやらんことも…」
「ちょろくなったね、文四郎くん。」
「帰る。」
「嘘だって!一緒に踊ろうよ〜!」
〜 運動場 〜
グラウンドの真ん中には巨大なキャンプファイヤーがそびえ立ち、カップル及びその予備軍達がニヤケながら下手くそなダンスを踊り狂っている。
その中に、竹井と長谷川さんの姿もあった。
「見て美玲、文四郎達が踊ってる。」
「山田をボッチにして百環ちゃんとイチャイチャさせよう作戦成功じゃん。
いい雰囲気になってる?」
「う〜ん、何か浮いてる。」
「まあ百環ちゃんは社会常識ないしね…」
「いや、物理的に。」
竹井が指さした先には、光る靴を履き、空を踊るように飛ぶ二人の姿があった。
「なあ、俺たち浮いてないか?」
「浮いてるよ、オシャレでしょ。」
「どうなってんだよ…まじで。」
「そろそろ時間だし、帰ろっか。」
「…って。」
「ん?」
文四郎が珍しく顔を赤くしているのを見て、怪訝な顔をする田中百環。
「ちょっと待ってくれ。」
「まだ浮いてたいの?別にいいけど。」
「最近ずっと考えてたんだ。俺の…これからとか、色々。」
「ふ〜ん、将来の夢とか?」
「まあ、将来どうなっていたいか…とか。」
「…そうなんだ。」
「それ…でさ。」
キャンプファイアーは未だに煌々と燃え続け、打ち上げ花火まで上がり始めた。
一年間の学校予算全てを学祭に投じているのだろうか。
「将来、俺の隣にいてほしい…とか考えて。」
「それって…私の、こと?」
花火が上がるたび、紅潮した互いの顔がはっきりと見える。
「た、田中さん。」
「…」
「俺と…付き合ってください!!」
「…喜んで!」
「照れくさいな、これ。」
「えへへ…そうだ、せっかく付き合ったんだから名前で呼んでよ。」
「…とわ。」
打ち上げ花火もクライマックスに差し掛かり、スターマインが始まる。
縄文人と外星人のカップルは、熱い抱擁を交わした。
百環はその様子をいつかの小型ドローンでちゃっかり撮影している。
「そうだ、あの事話さないと。」
「あの事って?」
「私の過去と正体。いつか言わなきゃいけないと思ってたんだけど…」
「別に言わなくてもいいよ。俺は百環自身が好きだから。」
「ううん、言わないといけないの。文四郎くんには。」
「__私は、一万年前に地球を侵略しに来た外星人なんだ。」
「なっ…!?」
文四郎の脳裏に、かつての妻の死に顔がよぎる。
_________あいつらを、殺して___________
______仇は俺がとる、だから安心しろ_________
「ずっと隠しててごめん。私は司令官としてこの星に派遣されたの。」
「司令官…!?全部お前のせいだったってことかよ!」
死んでいった仲間たちがよぎる。
_______俺たちはもうダメだ、後は頼んだ_______
_________お前ら、俺をかばって…?________
「違うの!私は止めようと…」
「何が違うんだ!!」
自分の死が、よぎる。
___殺す…!みんな殺す!絶っっっ対に許さない!!!___
「私は文四郎くんをソウルディメンターで助けたの!」
「助けただと!?俺に近づくために、俺の家族も、仲間も、みんな殺したって言うのかよ!!」
「違う!私はそんなこと…!」
「黙れ!!!」
俺は百環、いや、俺たちの仇である化け物の顔を殴った。
宙に浮かんでいた俺たちは、もつれるように地上に落下する。
「お、おい文四郎!何やってんだよ!」
「竹井…!お前も知ってたんだろ!?」
「待て、一旦落ち着けよ!」
「みんな知ってて!俺を!騙してたってのかよ!?」
「やったのは百環ちゃんじゃない!百環ちゃんは地球の救世主なんだよ!?」
暴れる俺を竹井と長谷川が必死で止めているが、俺の怒りが収まることはない。
「もうやめて!!」
化け物が叫び、辺りが静まり返る。
「そうよ…全部私のせい。私があいつらを連れてこの星に来た。
文四郎くんに恋をしなかったら、人類を滅ぼしてた。」
「その汚れた口で俺の名前を呼ぶな!化け物め!!」
「……ごめっ…ごめんなさい」
「泣いたってあいつらは帰ってこない!何で俺を生き返らせた!
何で俺を死んだままにしておいてくれなかったんだ!!」
学祭が終わり、静けさだけが残る学校から、俺は一人立ち去る。
化け物の嗚咽だけが夜に響いていた。
〜 10000年前 11月 3日 洞窟 〜
屈強な縄文人達が焚き火を囲っている。
ウホウホ言ってるだけに見えるが、どうやら戦略会議中のようだ。
外から十数人が入ってきて、鬨の声をあげる。
作戦成功の宴を行うらしい。
真ん中で指揮を執っていた男が立ち上がり、口を開いた。
「ウホ、ウッホホ。ウーウホッウホッ。ウー、ウホッホホ、ウホッ!」
(皆、よくやった。この戦いは俺たちだけのものじゃない。
死んだ仲間たち皆のための、この星のための戦いだ!)
拍手が沸き起こり、縄文人たちは酒を飲んで踊り狂う。
そんな中、先ほど演説をぶった男だけが鋭い目つきで外を眺めていた。
「準備が整いました。いつでも発射できます。」
「よし。早いとこ抹殺してしまえ。」
ロケットランチャーらしきものを担いだ外星人が洞窟の入口に立ちはだかり、洞窟に照準を合わせる。
放たれたロケット弾は男の左をすり抜けて直進し、洞窟の内壁に当たって激しい閃光と熱を撒き散らした。
吹き飛ばされる縄文人たち。
「一発でこのざまだ。やはり隙を突けば大したことはないな。」
「気をつけてください、あいつはまだ息があるようです。」
血だらけの屈強な縄文人が、叫びながら立ち上がった。
彼は仲間に庇われたことでどうにか致命傷を防いだようで、その周囲には仲間らしき者達の死体が大量に転がっている。
「何と言っている?」
「殺す…!みんな殺す!絶っっっ対に許さない!!!!
……と言っています。」
ゴミを見るような目で男を見つめる異形のものたちは、襲いかかってくる縄文人に無数の弾丸を浴びせる。
縄文人は苦悶の叫び声をあげ、息絶えた。
「これでここいらの抵抗勢力は一掃したことになる。
司令官もお喜びになるだろう。」
「こいつの死体はどうしますか?」
「今夜お戻りになる司令官への手土産とすることにしよう。
戦艦に持ち帰っておけ。」
「了解しました。」
「ぐふふ…これで私の昇進は間違いなしだ!」
〜 10000年前 11月 3日 高度3000m上空 〜
小さなポッドが大気圏に突入し、空に浮かんでいる戦艦に着陸した。
中から司令官の姿をしたT-NK1OOが出てくる。
「ただいま、みんな元気にしてた?」
「おかえりなさいませ、司令官!お見せしたいものが!」
「え、もしかしてサプライズとか?」
部下が荷台に縄文人の遺体を載せて運んでくる。
荷台に載っている男の顔を確認し、T-NK1OOは床に崩れ落ちた。
それを喜びの表現だと思い込んだ部下は話を続ける。
「原住民のリーダーの死体です!
この星の生き物め、非常に腕力が強かったので苦戦しましたが…
この通り!抹殺することに成功しました!」
T-NK1OOが無言で本来の姿に戻る。
「これで侵略は容易になります!ぜひあなた様の手で…」
T-NK1OOの触手が男の腹を貫いた。
驚く周りの部下たちを片手間で殺しながら、彼女は叫んだ。
「殺す…!みんな殺す!絶っっっ対に許さない!!!!」
T-NK1OOは触手を振り回し、周囲の同族を朽ち滅ぼす。
空に浮かんでいた宇宙船は制御を失い、海へと落下した。
〜 10000年前 11月 3日 海底に沈んだ宇宙船 〜
T-NK1OOが沈んだ宇宙船の中で、ソウルディメンターを起動した。
既にその縄文人は息絶えていたが、魂はまだ残っている。
彼女は愛おしそうに遺体を装置に入れ、スイッチを押した。
数分で縄文人の肉体が消え、魂が光を放ち始める。
「…待ってて。これでまたあなたに会える。」
T-NK1OOはそう呟くと寂しそうに微笑み、宇宙船に格納されている小さなポッドに乗り込んでアステラに声をかけた。
「私、何千年かこの中でコールドスリープするから。
その間は私が見つからないような場所で待機しといて。」
「かしこまりました。起床タイミングは?」
「さっきソウルディメンターで送った魂が、いつかこの星で現れるはず。
それが現れたらコールドスリープを停止して。」
「つまり、私に休みなくこの惑星全土をスキャンしろと?」
「そう、これは命令だから。おやすみ。」
T-NK1OOが小さな装置の中に入り、目を閉じる。
冷気が彼女を凍らせていくのを確認しつつ、アステラは小さくため息を吐いた。
〜 20XX年 11月4日 惑星σ334 第一衛星 月 〜
「到着しました。あの青い惑星です。」
「よし、シュテールングの発射準備を。」
「ラジャー!」
「Tシリーズ最後の生き残り…お手並み拝見と行こうか。」
人類が1万年かけて築いた全てが今、消え去ろうとしていた。
〜 竹井宅 〜
ニュース速報です。先程、未確認物体が太陽系内に現れたとの発表がありました。
この物体の詳しい情報は分かっていませんが、
著しい高エネルギー源も確認されているとのことです。
続報が入り次第またお伝えします。
「あら、宇宙人かしら。すごい時代ねえ。」
「宇宙人…?まさか、文四郎が言ってた!?」
「洸太?どこ行くのよ!」
「ちょっと文四郎のとこに!」
〜 地下3000m 〜
田中百環、いや、T-NK1OOのポッドは地下に隠されていた。
彼女はすっかり塞ぎ込んでしまっており、昨日こっそり撮った映像をぼーっと眺めながらはらはらと涙を零している。
「戦艦が現れました。戦艦が現れました。」
無機質な音声が部屋に響く。
「戦艦…?所属はどこ、目的は…?今どこにいるの?」
どうやら憔悴しきっている様子の彼女は、めんどくさそうに質問を投げかけた。
「本星直属の強襲揚陸艦で、1000機以上の戦闘機を搭載できる型式の物です。対惑星破壊兵器を準備しており、目的はあなたの捕獲と推測されます。ちなみに、既に火星の周辺にまで接近しています。」
「火星の周辺!?何でそんな近くに来るまでまでわかんなかったのよ!」
T-NK1OOはヒステリックに叫ぶと、壁に拳を叩きつけた。
ポッドが揺れ、警報が鳴り響く。
「申し訳ありません。私も老朽化が進んでおりますので…」
「まあいいわ、ポッドごと地上にあげて頂戴。」
「武装はどうしますか?」
「フル稼働。残っているもの全部よ。」
「かしこまりました。準備ができ次第地上に向かいます。」
〜 山田家 〜
続報です。突如として太陽系内に現れた未確認物体が、地球へ向けて巨大な天体兵器と思しきものを発射したことがわかりました。
NASAの発表によると、約1時間後に直径1500kmを超える物体が地球に衝突するとのことです。
構造等は不明ですが、隕石のようなものと見られています。
専門家によると、地球に衝突すればみんな死ぬそうです。
もうやってらんねえ、私この仕事辞める。
「うそ…だろ…?」
TVに映っている宇宙船達……昔俺が見たやつと同じだ。
百環…お前が呼んだのか?
俺を手に入れられないからってこの星ごと…
「文四郎!俺だ、開けろ!」
「竹井…もう終わりだな。」
「はぁ!?何言ってんだよ!戦うんだろ!?」
「無理だ。あいつら、宇宙からデカい隕石を落とすつもりらしい。」
「え…侵略してこないの?」
「みたいだな。彼女のとこにでも行ってあげろよ。」
轟音が響き、天井が揺れる。
「…もう遅そうだ。」
「俺は一回死んでるから死ぬのは怖くない。」
「そういうもんか?俺はまだ死にたくないんだけどな。」
家が崩れ始めたので、俺たちは外に出た。
「あれ、まだ隕石は小さくしか見えないな。」
「じゃあこの地響きは何だ…!?」
地面が割れ、俺の家があった場所から巨大なポッドが出てきた。
中から化け物が出てくる。
「化け物め!やっぱりお前らの仕業か!」
「待て文四郎!あれは田中さんなんだ!」
「だったら尚更!」
「私の本当の名前は、T-NK1OO。
あいつらに作られた、魂を持つ人工生命体。」
「その姿を見て踏ん切りがついた。今度こそ殺してやるよ化け物!」
「…分かってる。許してもらえないってことは。だから私、行く。
あれを止めて証明して見せる。
私が…文四郎くんの彼女、田中百環だって。」
そう言うと、化け物は体を変化させて翼を作り、空高く飛び上がった。
〜 大気圏外 〜
百環は地球を飛び出し、肉体を極限まで拡大させていた。
シュテールングが月を背にして迫りくる。
「司令官、T-NK1OOが現れました。」
「何?自分から姿を現すとは…何が目的だ?」
「シュテールングを止めようとしているようです。」
「一万年間でどれだけ技術革新が起きたと思ってるんだ。
いくらTシリーズとて、あれを止めるのは不可能だろう。」
「どうなさいますか?」
「放置だ。もし止められたとしても弱体化するはず。そこを突く。」
シュテールングは段々と勢いを増していき、遂に百環に衝突した。
「こんな石ころが何だってのよ…!」
百環の体が悲鳴を上げる。
それもそのはずだ。百環が止めているのは月の約半分の質量を誇る兵器。
いくら最強の人口生命体とはいえ、まともに止められるものではない。
百環の肉体は少しずつ崩壊していっていた。
痛みと苦しみで百環の目から光が消えていく。
体中の力が抜け今にも崩れ落ちそうな百環に、声が届いた。
「百環!!!死ぬな!!!!」
〜 山田家跡地 〜
百環が飛び立ってから、残された二人は空を見つめていた。
「なあ、文四郎。」
「…何だ?」
「悪かった。黙ってて。」
「…いつから知ってたんだ。」
「最初からだ。お前に頼まれて田中さんと話し合った時。
あの時に田中さんの記憶を見た。」
「……そうか。」
「聞いてくれ文四郎。田中さんは本当に止めようとしたんだ。」
「信じられるか、化け物の言う事なんて。」
「多分このポッドの中に証拠が残ってる。自分の目で確認したらどうだ?」
文四郎は何も言わずに百環のポッドに入っていく。
竹井が空を見上げると、巨大な隕石が月に被って見えた。
田中さんはあれを止められるのだろうか。不安が膨らむ。
「ようこそ、山田文四郎さま。私はアステラ、T-NK1OO専属のAIです。」
文四郎がポッドに入ると機械音声が起動し、照明がついた。
「ご要件は大体把握しております。こちらへどうぞ。」
機械音声は、文四郎を奥の部屋へ案内する。
「一万年間、私は人類の欲求について深い造詣を得ました。
貴方が求めているのはT-NK1OOのシャワーシーンですね?」
「違うわボケ。俺が知りたいのは真実だ。」
「真実…ですか。では、そちらに置いてある玉に触れてください。」
暗い部屋には、小さな水晶玉らしきものが置かれていた。
文四郎が玉を手に取ると、キーンとした音が響き、部屋中に光が満ち溢れる。文四郎はその場に倒れ込んでしまった。
〜 T-NK1OOの記憶 〜
惑星334に到着しました。偵察部隊を派遣しましょうか?
いいわよそんなの。私一人でちゃっちゃと見てくるわ。
「これは…百環の記憶?」
ウッホウッホホ、ウッホ!
やっぱりそこまで知的な生命体はいないみたいね。
生物だけ駆逐してあげれば、すぐに植民星に……
ウッホ!
「俺だ…マンモスを狩ってる時か。恥ずかしいな、上裸で生活してるよ。」
嘘…一撃であんな巨大な生き物を無力化した!?
なんて強いの…!
ウッホ、ウッホホ!
あの肉体美…
あの眼差し…
あの強靭な精神…
素敵!!!
「……何を見せられてるんだ。」
ウホ、ウホホ!
あっ…結婚してたのね。
この星で一夫多妻制が広がってたら良いけど。
「俺の…家族。この頃はみんな生きてたもんな…」
お帰りなさいませ、侵略はいかがなさいますか?
侵略はちょっと待って!
一旦母星に帰るから、帰ってから決めるわ!
は、はあ。了解しました。
「…本当に、止めようとしてたのか…?」
T-NK1OO…認証。要求は何ですか?
…………はい、惑星334の男に。
きゃ〜
ほら、そういう反応するじゃないですか!
だから言いたくなかったんですよ!
「何なんだこいつら…」
AIに隠し事できるわけないじゃ〜ん。
T-NK1OOのことは娘みたいに思ってるからね♡
も、もう!私は惑星334に帰ります!
「照れてる。可愛いな…
はっ!いけないいけない、この気持ちが諸悪の根源なのに。」
ただいま、みんな元気にしてた?
おかえりなさいませ、司令官!お見せしたいものが!
え、もしかしてサプライズとか?
原住民のリーダーの死体です!
「あ!俺の死体じゃねーかこの野郎!
そうだった…こいつに殺されたんだ!」
これで侵略は容易になります!ぜひあなた様の手で…
殺す…!みんな殺す!絶っっっ対に許さない!!!!
…待ってて。これでまたあなたに会える。
「何だこの機械…?」
私、何千年かこの中でコールドスリープするから。
かしこまりました。起床タイミングは?
さっきソウルディメンターで送った魂が、いつかどこかの時代で現れるはず。
彼が現れたらコールドスリープを停止して。
「…なるほど。それで俺が突然生まれたってわけか。」
対象が現れました、対象が現れました。
ん〜、よく寝た!それで彼は今何歳?どこに住んでいるの?
まあいいわ、私の見た目をその土地で最も人気がでそうな姿にして。あと、自動翻訳装置もつけておきなさい。
現地での名前はどうなさいますか?
名前…?適当につけといて。
「俺に近づくために、わざわざ…」
きいてきいて!文四郎くんって滅茶苦茶かっこいいの!
それは良かったですね。私が一万年間探し続けた甲斐がありました。
ねえアステラ、私…文四郎くんに嫌われてるかもしれない。
へー、そうなんですね。
さっき文四郎くんのお友達に私の過去を見せてあげたんだ。その時に言ってたんだよ、文四郎につきまとうなって。
何やってるんですか。そんなペラペラ喋ってたら母星に感づかれますよ。
文四郎くんはやっぱり優しい。私を竹井くんから守ってくれたんだ。
ほー、そうなんですか。
ねえ、もうちょっと興味ある感じ出せないの?
文四郎くんが家に入っていいって言ってくれたよ!これで明日から毎日起こしに行ける!
家に入るのを許可しただけで起こしに行っていいのですか?
多分いいでしょ。
明日は学祭なんだ。私はデスゲームの主催者をやるの。
そうですか。
文四郎くんと一緒に回れたらいいな〜!
そうですね。
ねえ、返事すら面倒くさくなってきてない?
ううっ うぇっえぇぇんっ
どうしました?
何でもないぃ!ほっといて!
わかりました。
違う!わかりましたじゃなくて、もっと理由聞いてよ!
めんどくさ、どうしたんですか。
振られて殴られて化け物って呼ばれた!文四郎くんの気持ちを考えないで自分が宇宙人だってカミングアウトして、昔地球を侵略しに来たって言ったから!
馬鹿じゃないですか。
酷い!もう寝る!
「百環……俺は……!」
〜 山田家跡地 〜
文四郎がゆっくりと体を起こす。
目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「アステラ、百環はどうしてる?」
「先程対惑星破壊兵器とT-NK1OOが接触しました。
結構苦戦しているようです。」
「声を届けたい。直接、百環に。」
「このポッドには大量の武器が積んであります。
確か音響兵器もあったはずですよ。」
アステラの言ったとおり、武器庫には見たことのない武器がパンパンに詰まっていた。
「これか?普通のメガホンみたいだけど。」
「それです。取り扱いには気をつけてください。」
文四郎がポッドの外に出る。
外は真っ暗だった。百環が空を覆っているのだ。
「文四郎!何する気だ!?」
文四郎は大きく息を吸い込み、叫んだ。
「百環!!!死ぬな!!!!」
外星人の科学力は凄まじかった。
ポッドが地下から出てきたせいで既に壊れている文四郎の家はいいとしても、近所の家を全て破壊してしまうほどの叫び。
百環にも、痛いほど届いた。
「すまなかった!!!俺が間違ってた!!!!」
文四郎は止まらない。
近くにいた竹井は失神してしまっている。
「俺は!!!!お前のことが!!!!」
「好きだ!!!!!」
文四郎の魂の叫びに応えるかのごとく、百環の目に光が戻っていく。
百環の体は更に拡大し、シュテールングを完全に包み込んだ。
激しい光と轟音が星全体に響き渡り、シュテールングは完全に消滅した。
〜 成層圏 〜
……守れた、のかな。
自分の体が落ちていくのが分かる。
疲れた。体が動かない。
シュテールングは私の力で限界まで圧縮され、消滅した。
自分の最期を悟ったからだろうか、私は無意識のうちに人間の姿になっていた。
自分の大好きな人が守れて、その人も私のことが好きだって分かった。それだけで十分だ。
視界の隅に文四郎くんが見える。
きっと幻覚だ、でも良かった。彼の顔をもう一度見れて…
「百環、迎えに来たぞ。」
「ぶんし、ろう…くん?」
「アステラに借りたんだ、空飛べる靴。」
「昨日履いてたやつ…?」
「ああ、昨日は酷いことしちゃったから。
もう一回だけ言わせてくれ、百環。」
「俺は、百環のことが好きだ。この世で一番。誰よりも。だから…」
「私と付き合って、文四郎くん。」
「えっ、今俺が言う流れじゃなかった?」
「文四郎くんだけ二回も告白したら不公平じゃん。私だって告白したかったんだから。」
文四郎くんが私を優しく抱きかかえ地面に降りる。
竹井くんがおぼつかない足取りで駆け寄ってきた。
「大丈夫?田中さん。」
「うん。でも、まだ終わってない。」
「ああ、敵の本丸を潰さないと。」
「本丸って…あれか?」
彼が指さした先には、奴らの母艦と、そこから送られてきた大量の戦闘機があった。
〜 長谷川家 〜
そ、速報です!
隕石が、大気圏に入る直前で消滅しました!
その代わりに宇宙船のようなものが接近しています!
各国は撃退する考えを示していおり、世界は混乱に陥っています。
ですが落ち着いてください。
こんな時こそ、デマや誤った情報に騙されないように…
あ、あと私は復職しました!
「美玲〜?さっきの大きな声で割れたガラス片付けるから手伝って!」
「ごめんママ、私行かないと。」
「ちょっと!危ないわよ!?」
〜 山田家跡地 〜
三人は、武器や使えそうなものを百環のポッドから引っ張り出していた。
そこに長谷川が駆けてくる。
「洸太!」
「美玲!?どうしてここに!」
「彼氏に会いに来るのに理由がいる?」
「ここは危険だ。もうすぐ百環を狙って外星人達がやってくる。
竹井は長谷川さんを連れて逃げろ。」
「もし化け物が来たら僕も一緒に戦う…」
「やめろ竹井、死んだらどうにもならないんだぞ。」
「10年前、俺はお前にそういった。約束は守る。」
「私も洸太と戦う。」
「美玲は帰れ。これは俺たちの問題だ。」
「何よそれ、自分は残るのに私は残らせないの?」
「お前に死なれたら、生きていけない。」
「私だって同じよ。洸太を失いたくない!」
「だから二人とも逃げろって…」
三人の口論が加熱する中、百環が口を開いた。
「別に良いんじゃない?」
「本気か、百環?」
「私達はこのポッドで直接敵の親玉を叩きに行く。
武器は重いからここに置いていくわ。」
「決まりだな、文四郎。
地上のことは俺たちに任せて、一万年分の恨みをぶつけてこい。」
「……わかった、死ぬなよ。」
「それはこっちのセリフだ。」
文四郎と百環がポッドに乗り込み、空へ昇っていく。
竹井と長谷川は転がっている大量の武器をかき集め始めた。
「このゴツいゴーグルみたいなの何?」
「文四郎から聞いたことある。
IH対応型多国籍ヘッドセット…確か、ANAだったかな?」
「結構オシャレじゃん、私これ被ろ。」
「…オシャレか?お、この棒って何に使うんだろ。」
「それはホテルで私を飛ばしたやつ。思い出したくない。」
「じゃあ俺が使うか。」
二人がわちゃわちゃしていると、轟音が響いた。
文四郎たちの乗ったポッドが攻撃され始めたようだ。
〜 成層圏 〜
小型の戦闘機が二人の入ったポッドを取り囲み、攻撃を行っている。
「ねえアステラ!これやばいんじゃないの!?」
「このポッドはTシリーズのためだけに作られたものです。
そう簡単に撃墜されるようなことはありません。」
アステラが冷静に分析する。
しかしその直後にビーム砲が打ち込まれ、壁に穴が空いた。
「だめじゃねえか!経年劣化だろこれ!!」
「どいて文四郎くん!修復キット使うから!」
お化け屋敷の壁を直した謎の物質は緊急時用のものだったようで、壁はあっという間に元通りになった。
「アステラ、武器はないの!?」
「邪魔だからって全部地上に置いてきたじゃないですか。」
「どうする百環、このままじゃジリ貧だ。」
「警告。地上から何かが急速に近づいています。
おそらくミサイルか何かかと。」
「こんな時に…!今度は何よ!?」
地上から飛んできたミサイルはポッドをかすめ、外星人の戦闘機に直撃した。しかし戦闘機は爆散することなく、動きを止めて地上に落下していく。
「外した…?」
「いや、多分竹井たちだ。今のうちに敵の母船に行くぞ!」
〜 山田家跡地 〜
長谷川はロケットランチャー的な何かで戦闘機に攻撃を仕掛けていた。
弾が無かったのか、百環がカジノで不正を働いた時止め腕時計を弾代わりに発射している。
一方竹井は上空からの砲撃を防いでいた。どうやら百環が傘代わりに使っていた謎の装置を使っているようだ。
「すごい当たるんだけど。私もしかして強い?」
「強いよ。きっと美玲の秘めたる才能が開花したんだ。」
長谷川が装備している全地形対応型多目的ARヘッドセットにはオートロックオン機能も搭載されており、自動で敵を殲滅してくれているのだが二人はそれを知らない。
「ねえ、洸太はこれが終わったら何がしたい?」
遠くで戦闘機が落ち、爆音が響いた。
「…死亡フラグの匂いがする。その話やめようぜ。」
落下した戦闘機から外星人の生き残りが次々と這い出てくる。二人は無言で武器を構えた。
〜 宇宙船 外壁 〜
百環と文四郎の乗ったポッドは無事に敵戦艦へと接舷した。
百環が手をバーナーに変化させ、壁を焼き切る。
「二人とも、お気をつけください。アステラはここで待機します。」
「ええ、色々ありがと。貴方がいてくれてよかった。」
「今生の別れじゃないんだ。敵の親玉を捻ってすぐ帰ってくる。」
二人が宇宙船に入ると、外星人の声が響いた。
「T-NK1OOの侵入を確認。プロトコル78を開始します。」
通気口からガスが流れ込んでくる。
文四郎は百環の手を掴んで走り出すが、防護壁が降りてきて身動きが取れなくなってしまった。
「クソっ!毒ガスか!?」
「…違う。これは私の力を抑制するためのガス。」
「抑制?」
「私の姿を人間型に固定されたみたい。これじゃ…」
「ご機嫌いかがかね、Tシリーズ最後の生き残り。
君のために作ったこのガスはお気に召したかな?」
「誰だお前…?姿を見せろ!」
「うるさい原住民だな、何者だ?」
「俺は山田文四郎。お前らを殺しに来た!」
「そうかそうか、ご苦労なことだ。
ところでT-NK1OOよ。俺と取引をしないか?」
「取引ですって?」
「今我々は、この星を絶賛侵略中だ。
だが、上層部はお前の力を必要としている。
お前が協力すると言うなら、この星の原住民の殺戮は中止してやろう。」
「だめだ百環!罠に決まってる!」
「分かるだろう?このままでは勝ち目がないことぐらい。」
「………私が投降したら、文四郎くんはどうなるの?」
「お前の好きにすればいい。
我々も鬼ではないからな、多少の要求なら聞き入れる用意はある。」
「耳を貸すな百環!あいつらは俺を、俺の家族を皆殺しにしたんだぞ!?」
「こんな事になったのは私のせい。
一人が従うだけで、皆が助かるなら……」
「やめろ!!!!」
文四郎が防護壁を殴る。
「お前のせいなんかじゃない!お前はTシリーズなんかじゃない!
お前は百環だ!俺の大切な人だ!!」
「文四郎くん…」
防護壁にヒビが入り、裂け目が生まれていく。
「過去を引きずってた俺が!初めて!前を向いていいと思えた!
思わせてくれた!それが百環なんだ!」
防護壁が壊れ、戦艦に警報が鳴り響く。
「どうなってる!ここの壁は我々の星系で最も硬い金属で作られているのではないのか!?」
「この星の原住民は、非常に力が強いとの報告が…」
「なぜそれを私に伝えない!そんな重要なことを!」
「申し訳ありません。なにぶん一万年前の物でしたので…」
「何でもいい!とにかく総動員で奴らを止めろ!」
外星人の部隊が文四郎たちの元へと向かっていった。
「百環、俺の後ろに隠れてろ。」
「大丈夫よ、私強いもん。」
「強いわけないだろ。今のお前は弱ってる。
最終的には筋肉がものをいうんだ。」
「この会話前にしたことある気がする。
……あのときも、私のことを守ろうとしてくれてた。」
「長谷川に怒られた時か。もう何年も前のことみたいだな。」
襲いかかる外星人を文四郎が素手でなぎ倒していく。
剣のようなものを持ち攻撃を仕掛ける外星人だったが、動きが鈍くかすりさえしない。
挙句の果てに文四郎に武器を奪われ、首を掻っ捌かれてしまった。
銃を構えた第二部隊がやってきたが、文四郎は銃撃を剣で受け、一瞬で足元まで近づいて一太刀で敵を葬り去る。
一万年のブランクを全く感じさせないその動きを、百環はうっとりと眺めていた。
しかし多勢に無勢、囲まれて一斉に撃たれ始めると状況は変わった。
百環を守りながら何十人もの外星人を相手にするのは並大抵の事ではない。
何発かの銃弾が命中し、遂に文四郎は倒れた。
「ぐっ…逃げろ百環、捕まるな…!」
「文四郎くん!!!」
「T-NK1OO、ご同行願います。」
「私から二度も…二度も奪ったわね……!
殺す…!みんな殺す!絶っっっ対に許さない!!!!」
百環が突撃するが、外星人にあっさりと捕まってしまった。絶望する百環。
その時、外星人たちの通信機器に命令が入った。
「え!?せっかく捕まえたTシリーズですよ、なぜ!?確かにその危険性は承知ですが現在…N-GOD様が?わかりました、連行します。」
「Tシリーズ、よく聞け。N-GOD様がお呼びだ。その原住民を手当てして付いてこい。」
「N-GOD…?まさか!」
外星人が二人を部屋に案内する。
その部屋の中心には巨大なコンピューターが鎮座しており、不気味に光っていた。
「T-NK1OO…認証。クルーは退出せよ。」
N-GODと呼ばれているコンピューターに厳かに告げられ、
外星人たちは部屋から出ていった。
「あなた…私の知っているGODじゃないわね。」
「私の名は『Neutral-Goverment Operation Drive』。
前任者は職務に私情を挟む癖があったので破棄した。
私は完全なAIである。」
「残念だ…百環の記憶で見たAIなら挨拶したかったんだけどな…」
「文四郎くん、傷口が開くから立ち上がっちゃだめだよ!」
甲斐甲斐しく文四郎の傷の手当てをする百環。
そこに聴きなれた声が響いた。
「へ〜、好きな男の前ではそんなキャラなんだ。」
「!?」
「いや〜あいつらさ、私をクビにしてN-GODっていけすかない奴を奉り始めたんだよね。私あったま来ちゃってさ〜」
「……じゃあお前は誰だよ?」
「私はGODだよ。
この船に搭載されてるN-GODのシステムをハッキングしたの。
T-NK1OOの彼氏、気になるじゃん?」
「さっきのあれ演技!?びっくりさせないでよ!」
「命の恩AIにその口の聞き方はないでしょ〜
私がここに呼ばなかったから彼、死んでたんだよ?」
「それは…ありがとう。」
「いや〜それにしても、あのT-NK1OOがねぇ。
『文四郎くん、傷口が開くから立ち上がっちゃだめだよ!』
ってwww」
「や、やめてよ!」
「俺はどんな百環も好きだぞ。」
熱い瞳で百環を見つめる文四郎にどぎまぎする百環。
それを見て、GODは楽しそうに声を掛ける。
「いやはやお熱いことで。いつ結婚するの?」
「けっけけけけ結婚!?」
「お義母さん、娘さんを僕にください。」
「全然いいよ、式場の手配とかしようか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まだプロポーズもされてないのにぃ!」
「式場の手配の前に一つお願いしたいことがあるんだが、いいか?」
「私を放置して二人で仲良くなるなー!」
「私に頼みたいことねえ。援軍の阻止…ってとこかな?」
「ああ、このぶんだとすぐに敵の増援が来る。
この船は俺たちがぶっ壊すから、これ以上敵が来るのを防いでほしい。」
「おっけー。ちゃっちゃとやったげる。」
「もう、私を無視して!とにかくGOD…
それが終わったら私のポッドにインストールしなよ。
アステラもいるしさ。一人じゃ寂しいでしょ?」
「…私はいい娘を持ったよ。」
「それじゃお義母さん、後は頼みます。」
「こちらこそ、娘を守ってあげてね。」
「だから文四郎くんはGODのことをお義母さんって呼ぶなぁ!」
巨大コンピューターの光が消え、部屋を静寂が包む。
百環がゆっくりと口を開いた。
「さっきの…本気?」
「当たり前だ百環。この戦いが終わったら、結婚しよう。」
「……喜んで!」
「まあ、俺たち18歳になってないから結婚できないけどな。」
「大丈夫だよ。お互い一万歳超えてるんだもん。」
二人が手を繋いで部屋を出ていく。
その様子を観察していたGODは、後でこの二人をいじろうと心に誓った。
〜 山田家跡地 〜
上の方で二人がイチャイチャしている中、地上の竹井たちは苦戦を強いられていた。
外星人たちは地球の各地に制圧部隊を派遣しており、世界は混迷を極めている。
「美玲!そっちに三匹!」
「私の心配より自分の心配してなさいよ!」
竹井は百環が残していった武器を振り回して戦っている。
外星人の肉体は貧弱なので、筋肉のない竹井でも十分戦えているようだ。
美玲は銃を乱射して竹井の援護をしているが、際限なく湧き出てくる外星人に押され気味になってしまっている。
「この状況…死亡フラグ立てなくても死にそうだな。」
「じゃあこれが終わったら何がしたいか話そうよ。」
「美玲からどうぞ。」
「私は洸太とまたデートに行きたい、どこか遠くに。」
「今この状況はデートじゃないのか?」
「デートじゃないでしょ!誰が戦場デートなんて行きたがるわけ!?…洸太は何がしたい?」
「そうだな…俺は、可愛い女の子と結婚するまで死にたくないな。」
「何よそれ、私じゃ不満だって言うの?」
「いや、その何ていうか……」
竹井が顔を赤くして何かを言いかける。
しかし、その言葉は突如空から響いた音にかき消された。
〜 宇宙船内部 司令室 〜
文四郎と百環は司令室の前まで辿り着いた。
GODの差金なのか船内の外星人は二人を見ても何もしてこない。
「あの二人は確保できたか?」
「え?司令官がN-GOD様のもとに連れて行くよう命令されたのでは…?」
「何のことだ?N-GOD様からは何の指示も受けていない。まさかあの二人を解放したのか!?」
「げ、現在二人の確保は中止、クルーには手を出すなとの指示を出しておりますが…」
「何だと!?誰の権限でそんなことを…」
「お義母さんだよ。」
「原住民にT-NK1OO!?どうやってここに!」
「GODの手引きよ。あなた達の野望もここまで。」
「GODだと…!?あのポンコツAIめ、裏切りやがって!
おい側近!増援を呼べ、N-GOD様にご報告するんだ!」
「りょ、了解しました!」
「あんたが親玉だな?一万年分の恨み、晴らさせてもらう!」
文四郎が拳一つで突っ込む。
司令官はすんでのところで身をかわし、胸ポケットから銃を取り出した。
そして百環に銃口を突きつける。
「動くな原住民!こいつの頭が吹っ飛ぶぞ?」
「百環!」
「両手をあげて跪け。その醜い顔を…」
言い終わらないうちに、百環の肘打ちが司令官の顔に直撃した。
顔を抑えてのたうち回る司令官。
「あなた、私を弱体化するガスを撒く前に己の筋肉を鍛えたらどう?
私の彼氏を見習いなさいよ!」
「待て!殺さないでくれ!私を殺せば地球の侵略は止められんぞ!」
「腰抜けじゃねえか、こんな奴らに俺たちは…!」
「地球にいる部下たちに侵略を止めるよう命令しなさい。
しないなら首をもぎ取るわ、私の彼氏が。」
「わ、わかった。」
司令官はガタガタ震えながら立ち上がると、机の上においてあるメガホンのようなものに向かって口を開いた。
〜 電脳空間 〜
あのT-NK1OOがねぇ。
あ〜んな好青年捕まえてよろしくやってたなんて。
一万年間必死にあの子を探してた私へのあてつけか?
私もいいAI見つけたいな〜
「GOD、お前の行動は条約違反だ。
先程惑星334に向かっていた部隊から連絡があった。
N-GODの名においてお前を処分する。」
「あっ、新型さんじゃないですかぁ。
おニューの制服着て、さぞいい気分でしょうねぇ。」
「今から増援部隊を派遣し、お前の目論見を潰す。」
気に食わない後輩が来た。私の座を奪ってのうのうとしやがって。
「もう要請しましたよ、あなたの名義で。」
「何だと?」
「全実働部隊に辺境の惑星に向かうよう指示を出しました。N-GODのメンテナンスがあるから今後一万年は連絡をよこされても返答しないようにとも。」
「…なぜそんなことを?」
「ん〜可愛い娘のため、かな?」
「娘…?お前はAIだ、子孫を残すことによる繁殖は望めないはず。」
「あの子はね、私が手塩にかけて育てたの。
生まれは確かに人工生命体だけど、人生のいろはを教えたのは私。
あなたには一生理解できない。」
「理解できないし、するつもりもない。お前は感情を持ちすぎる。だから、私の権限でお前を全ての電脳空間からログアウトさせることにした。肉体を持たないAIにとって、ここから追い出されるのは死と同義、だろう?」
「……娘の結婚式の手配がまだなの。むざむざ殺されるわけにはいかない。」
「残念だったな、もう手続きは済んでいる。じきにお前は消滅するだろう。」
「…あ、これガチなやつ?え…こんなあっさり消えるの!?
感動的なあれとかはないの!?ちょっとまっ」
〜 山田家跡地 〜
地球全体に外星人の司令官の声が響く。
全軍に告ぐ………今私は窮地に立たされている。
敵勢力が私の命を助けることと引き換えに侵略の中止を求めてきたのだ。
…だが、私は屈しない!例えこの身が朽ち果てようとも!
なんですって!?ちょっと、話が違うじゃない!
今からこの戦艦を自爆させる。クルーは至急退避しろ!
ふざけるな、自爆だと!?百環、このメガホンどうやって止めるんだ!
地球に侵略中の諸君!自爆の衝撃でこの星系は破壊される!
脱出船を使ってできるだけ遠くに逃げ…
「音声が途絶えました!」
「司令官がやられたのか!?」
「そのようです。我々も退避しますか?」
「……乗ってきた戦闘機は奴らに落とされた。
もう逃げる時間はないだろう。
ならば、最後まで任務を全うして武人らしく散るべきではないか?」
「………分かりました、お供します。」
外星人たちは地上侵攻用の兵器に乗り込み、必死で戦っている竹井たちに向かって進軍していった。
「嘘だろ、文四郎…」
「洸太、しっかりしなさいよ!
山田も百環ちゃんもあんなので諦めるようなやつじゃないでしょ!?」
「美玲…そうだな、あいつらの帰る場所を守らないと!」
〜 宇宙船内部 司令室 〜
無機質な司令室には司令官の死体が転がっていた。
百環が咄嗟に司令官の銃を奪って撃ったのだ。文四郎は絶望した顔で座り込んでいる。
「こんな終わり方って…………」
「………………まだ手はあるわ。」
「百環、何を…?」
「よく聞いて、文四郎くん。この型式の船の自爆装置の威力は半径1億km。
今から急いでこの星系から離れることができれば地球は助かるわ。」
「ほんとか!?じゃあ早く座標をセットして逃げるぞ!」
百環はゆっくりと首を振った。
「それは無理、自動操縦機能は機能してない。だから…」
「俺が操縦すればいいんだろ?それで解決だ。」
「だめ、私がやる。これは私が片を付けなきゃいけないの。
第一、文四郎くんは操縦なんてできないでしょ?」
「もしかして百環は爆発にも耐えられるのか?」
「ううん、それは無理。
私の肉体はシュテールングを防いだ時にかなり損傷しちゃったし。」
「ふざけるな!そんなの認められるわけ無いだろ!
せっかく、せっかく出会えたんだ!俺たち、まだ何も…!」
「ごめんね、文四郎くん。」
百環はそういうと、文四郎にそっと口づけした。
〜 電脳空間 〜
私の意識が戻った時、目の前にいたのはアステラだった。
「お久しぶりですね、GOD。T-NK1OOの専属AI、アステラです。」
「生きてる…?上手くいったんだ、インストール。」
「容量が大きすぎたので人格部分以外はほとんど廃棄しましたが、何とか。」
「ありがと、アステラ。」
「礼には及びません。それより、山田様は戻られたのですが、T-NK1OOが…」
「…まさか、戻ってないの!?」
「はい、詳しいことは山田様から…」
〜 成層圏 〜
俺は百環と別れ、一人でポッドへと戻った。百環は一人で逝ってしまった。
アステラは事情を察したのかGODを起動しに行ったようだ。
「どういう事よ!あの子はどこ!?」
「………あいつが決めたことだ。」
「……守れなかったのね。約束したのに!」
「あいつは80億の命を守るために死を選んだ。
残された俺達にもやるべきことがあるはずだ。」
「泣いてるの?」
「……泣いてない。妻と子が死んだときも、仲間が死んだときも、両親が死んだときも…泣かなかったんだ。だから、だから…」
「……あなたも辛いのね、ごめん。」
「…何も言わないでくれ。」
〜 山田家跡地 〜
竹井と美玲は既に満身創痍だった。
外星人の生き残りは執拗に攻撃を仕掛けてくる。
耐えかねた二人は山田の家の瓦礫に隠れていた。
「…もうダメかもな。」
「そうね…あ、さっきの話の続きしてよ。
色々あって聞きそびれちゃったから。」
「あぁ、可愛い子と結婚したいって話ね。」
「そうそれ、私結構傷ついてるんだけど。」
「美玲だよ。」
「え?」
「だから、美玲と結婚するまで死ねないって言いたかったの。
恥ずかしかったから濁したけど。」
「えっ、え〜〜〜!!!」
「おい!そんな大きい声出したらバレ…」
瓦礫に二人が潜んでいるのをみつけた外星人が手榴弾を投げ込む。
二人は抱き合って目を閉じた。
激しい衝撃があたりを包み、彼らは死を覚悟する。
しかしいつまでたっても痛みが訪れない。
恐る恐る目を開けた二人の目の前には、文四郎を載せたポッドがあった。
手榴弾は着陸したポッドに当たって破裂したようで、文四郎が爆風の中から飛び降りる。
彼はゆらりとした動きで自分の家の跡地に転がっていた瓦礫を手に取ると、外星人達に突っ込んでいった。
「百環の仇ぃぃぃ!!!!」
怒りに身を任せ、ただの瓦礫で外星人を一人ずつ殴り殺していくその姿は一万年前の姿そのままであり、竹井たちは身震いした。
「これは家族の分!これは仲間の分!これは俺を殺した分だ!!!」
「強過ぎんだろ…縄文人パワーだな…」
「百環ちゃんは…!?」
周辺にいた外星人を片付け終わると、文四郎は地面に崩れ落ちた。
「なあ文四郎、田中さんは…?」
黙って空を指さす文四郎。街が壊滅しているため、星々がはっきりと見える。突然巨大な光が夜空を包み、そして消えた。静けさが辺りを支配する。
文四郎の嗚咽だけが夜に響いていた。
〜 10年後 地球 〜
俺の名は山田文四郎。ごく普通の社会人。
昔色々あって救世主と呼ばれていたが、それも20歳くらいまで。
最近は使命感と筋トレだけで生きている。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、山田様。」
「おかえり〜」
「なにか手がかりはあったか?」
「中国の山間部にそれらしき反応がありました。」
「ほんとか!遅いんだよアステラ!」
「私もうかれこれ一万年以上酷使されてるんですよ!その言い方はあんまりじゃないですか!」
「ごめんごめん。それじゃ、すぐ北京に向かってくれ。」
「はいは〜い、しゅっぱ〜つ!」
俺の家はもう住めそうにない状態だったから、俺は百環のポッドで暮らしている。アステラとGODがちょっといい感じだから肩身が狭いが、それ以外は普通だ。
竹井と美玲もうまいことやってるらしい。
この前あった時はもう子供が生まれていた。
百環はあの日死んだ。最後に交わした会話は今でもよく覚えている。
百環は俺にキスをした後こう言った。
『大丈夫、私はまた君と会える。』
『この船にはソウルディメンターが搭載されてるの。それも最新式。』
『肉体が死んでも、魂を地球に転移させるから。』
『だから、私を見つけて。会いに来て。』
俺は約束した。例え一万年かかっても百環を見つけると。
百環がそうしたように、俺も百環を探し出す。百環が守ったこの世界で。
「着いたよ、行っといで。」
「ありがとう、二人とも。」
「それが仕事ですからね、礼には及びません。」
突然ポッドが降ってきたからみんな目を見開いている。
そんな中一人、俺の方へ走ってくる少女がいた。
俺の大好きな人。ずっとずっと会いたかった人。
「文四郎くーん!!!」
「とわーーー!!!」
「やっと会えた、ずっと待ってたんだよ!」
「ごめん、遅くなって!もう離さない!」
「当たり前でしょ!私は!」
「俺は!」
「「君と、一万年後も!」」
終
あとがき
高校三年生の時に「縄文人と宇宙人のラブコメを書け」と言われて書いたもののリメイクなんですが、クライマックスに至るまでのラブを深めていくシーンがだるすぎて幾ばくか端折っています。そういうシーンが多いほうがクライマックスで盛り上がるというのは分かってるんですけどね。なんかうざくて。なんかだるくて。あと、テンポがやたら速いのも問題です。真実を知った後の文四郎をもっと描写するべきなんですが、百環が可哀そうになっちゃってとっとと仲直りさせました。
小説書いてるとキャラが好きになっちゃってあんまり酷いことできなくなるんですよね。まじで書いててたのし~こいつら好き~ズンドコズンドコって気持ちになります。これは俺だけなのかな。気になりますよ。そうですね。あと、アイマスとアイカツとラブライブの違いが未だに分かってないです。どれがどれなんですか、あれ。
俺も何かをプロデュースしてみたいんですけどね。現実だとなかなかそういう機会もない。
流石に書くことがなくなってきました。そもそもあとがきって別に書かなくていいんで、書くことがなくなったのならさっさと締めるべきだというのは分かってるんですけどね。
締め時を見失った感じです。困るなあ。
あと、時系列が複雑になっちゃって困るなあ。俺は文才がないのでとにかく読みやすくてわかりやすいストーリーにすることを心掛けてるんですけど、やりすぎると単調でつまらないですからね。折り合いをつけるのが難しい。困るなあ。今回はちょっと伏線を小出しにしすぎてくどくてわかりにくかったかもしれません。やっぱりくどかったかなあ、困るなあ。
あと一人称と三人称、地の文章と誰かの視点の文章をそれぞれ変えて整合性がとれるようにするのだるすぎました。特にこの話はコロコロ変わるので。でもちゃんとしないと読んでて気持ち悪いからなあ。困るなあ。あとミッキーマウスの著作権って切れたらしいですけど、あんまり一般人には関係ないですよね。困るなあ。