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テラダさんと、アライくん


小学校の前半の頃なので、
数十年も前の話。

記憶なんて曖昧だけれど、
自分の中では事実。


テラダさんは、目立たない女の子だったけれど、目立っていた。

彼女は、毎日毎日
ゆっくりゆっくり給食を
食べていた。

掃除の時間も、帰りの会でも
テラダさんは
ゆっくりゆっくり給食を
食べていた。

個人の違いや嗜好なんて
全く気にされず、
全員に同じ量が配られて
完食を義務付けられていた
あの頃。

テラダさんは、いつも
無表情で淡々と口に運んでいた。

頑張っている感じも、
悲しんでいる感じも、
辛そうな感じもしなかった。

ただただ、黙々と口に運んでいた。
単調な仕事をしているように。

そして、遠足の時、
彼女は注目されることになる。

「わあ、すげえ!」

テラダさんのお弁当箱を
みんながのぞきこんだ。

あの当時、あんなに豪華な
お弁当を持ってきている子は
いなかった。

綺麗な塗りのお弁当箱には
一口大に丸められたご飯、
小さく作られたハンバーグに
オレンジ色のスパゲッティ、
緑の野菜に、
色とりどりの果物。

誰もが羨むお弁当を、
でも誰もが首をかしげてしまう
(食べるの遅いのに、
こんなすごいお弁当?)
そのお弁当を、

テラダさんはみんなの
驚きを意にも介さず、
無表情に食べていた。

テラダさんの家では、
いつも美味しくて
手のかけられた料理が
出ていたのかもしれない。

でも、彼女は食べることに
喜びを感じていたのだろうか。

あの子は食べたいものを
食べていたのだろうか。

アライくんは、たぶん
そのあとのクラス替えで
一緒になった男子。

アライくんも、目立たないタイプだったが、
目立っていた。

彼は、みんなと一緒に
同じことをするのが、
苦手だったから。

授業中も、座っていられず、
うろうろしていた。

でも、アライくんは
嫌われてもいなかったし、
迷惑な存在ではなかった。

彼は、ひとりでうろうろ
していただけだったからだ。

騒ぐこともせず、
誰かの邪魔をすることもなく、
教室から逃げ出すこともなく、

ただじっとしていられない
だけだった。

運動会の練習で、
彼がうろうろしているから
進まないことも
あったかもしれないが、
アライくんはアライくんだから、
と、受け入れられていた。

子どもたちには。

先生方には大変だったのだろう、
教壇の隣に机を
置かれることもあった。

ある時、
アライくんのお母さんから、

「いつもご迷惑をおかけして
いるので、
クラスのみなさん全員を
誕生日会にお呼びしたい。」

と、驚きのご招待を受けた。

誕生日会って、仲良しの子
数人とおやつを食べて
プレゼントを交換する
程度のものであって、

ただのクラスメートの
男子に、しかも全員って
何?

と、ひたすら謎だった。

当日は、確か土曜日だった。

友達といっしょに、
申し訳程度のプレゼントを
持って、おそるおそる
いってみた。

驚いた。

アライくんの家には、
40数人の小学生が
一度に入れる広間が
あったのだ。

招待されたときに
訳がわからなかったことの
ひとつが、
全員を家に呼ぶって何?と
いうことだったのだ、
とようやく気づく。

並べられたお膳に
緊張し、
お菓子の詰め合わせと
おみやげの鉛筆まで
もらってしまい、

恐縮した記憶しかない。

あんなに広い家に住んでいる
アライくんには、
教室は狭かったんだろうなあ、

でも、アライくんのお母さんは
あんなに気を使わなくても
よかったのに。

アライくんは、迷惑でも
何でもなかったのに。

そう思っていた。

それから、人が増えすぎて
学校も増えて分かれることに
なったので、

テラダさんともアライくんとも
その後、会うことはなかった。

今よりずっとずっと、
集団で行動しないことが
悪とされていた時代、

彼らは今どうしているのだろう。

集団圧なんて全くないかのように、

自分を貫いていた
彼らのことが、
どこかで羨ましかったのかも
しれない。

だから、ずっと
覚えているのかも。

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