【月刊小説】異世界ヌーヨークで魔王と結婚してみたらウクレレ屋でコキ使われるはめになった件 序章

 ピーッ、と、尾の長い鳥が輪を描く、青い空。
 墓参りって、どうしていつも、いいお天気なんだろう――
――あの世界でも、この世界でも。

 正方形の石版に刻まれた、表情のない活字。
 それでも私にとっては、明らかに意味のある名前だった。
 その文字の並びには、ニホン人の、女性であるという、言語的な意味がある。
 そしてそれは、友達、先輩の名前であると告げる、私の記憶がある。
 その名のお墓の前に立つ。

 アーコ先輩、元気ですか。いや、生きてないから、元気じゃないすか。
 とくに、話したいこととか、あるわけじゃないんですけど。
 お墓参りって、きらいじゃないんです。
 だって、お墓の前に立つと、どうしても考えるじゃないですか。
 前回の墓参りから、どのくらい経ったかな、とか。
 そのあいだに、なにがあったかな、とか。
 そこから、そのお墓の下の人が興味を持ってくれそうなことを、選び出して口にしてみたり。
 そうじゃなくても、心の中で、話し言葉にするじゃないですか。
 それ。
 そこが、お墓参りの神髄って気がする。
 記憶の回想と再構成。
 これが、生者にとってはセラピー的な役割を果たすのだろうと。
 そう、思うわけです。

 とはいえ、ですよ。
 最近、ここ、来てるの月2くらい?
 正直、私、墓に来すぎでは?
 たった2週間の日常を再構成して語るって、それはもう、ほぼ、日記の読み上げに近いのでは?
 アーコ先輩、それ、うれしいすか? おもしろいすか?

「ダイソー寄ってく? 買う物あったっけ?」

 という声で、私の先輩とのバーチャル会話は、ブチンと断ち切られる。
 それは頭上の鳥といっしょに、どこかへ消えた。

「買うものとか、とくにないよ」

 後ろから声をかけてきたのは、夫。
 いちおう、返事する。
――こいつには、セラピーなんか、いらないからな。
 なにしろ、異世界の魔王なんだから。
 ここ異世界ヌーヨークで、やりたい放題に生きる魔王。
 彼には、異世界に住むニホン人である私の心のつかれなんか、想像できるはずもない。

 そもそも、ダイソーには、つい2週間前に行ったばかり。
 行く度、充実した買い物ができるので、なんとなく行きたくなる気持ちは、わかる。
 みごとに、成功体験からプログラミングされている感情。
 だけどそれは、たまに行くからこその成功なんだよ。
 ダイソーでのショッピングは、間隔をおくことが大切なんだよ。
 あんまり行き過ぎると、意外に商品の入れ替わりがなかったりして、失望する。
 失望は悲しい。だから……。

 だから私は、自分の欲望をコントロールする。
 ダイソーに行き過ぎないように。
 その結果、悲しい思いをしないように。
 心を、小さな悲しみの連続から、守らないといけない。
 私は魔王ではなく、人間だからだ。
 異世界ではなく、私の世界・ニホンの人間だからだ。
 そうやって生きてきたし、ここでもそうやって、生きていく。

「じゃ、帰る? 墓チェックしながら」
「うん」
 魔王の趣味のひとつは、お墓を見て回ること。
 通称、墓チェック。
 お墓の石にはたいてい、名前や職業、生まれた年と亡くなった年なんかが刻まれている。
 たくさんの死者が出た戦争や事件については、それを記した石碑なんかもある。
 魔王は、それらをひとつひとつ、読んではコメントをつける。
「3歳で死んじゃったなんて、気の毒だねぇ。ご両親は辛いよねぇ」
「将軍……戦争で早死に、だって。見て見て、となりの奥さんはそのあと、30年も生きてる」
 この広大な墓地は、芝生におおわれた丘に拡がっている。森や湖もある。
 そんなに混まないし、正直、いい散歩場所ではある。
「こういうの、縁起悪いって思う? よく言われるんだよね……」
「いいんじゃない」
 ここに来ると、なぜか、天気がいいし。
 死という大きな悲しみが、たくさん埋まっているこの墓場。
 そこから私たちはーー魔王も、人間も、小さな喜びを持って帰る。

 そして、ここに来ると――。
 ――日本から来て、この異世界で眠るアーコ先輩について、やはり考えずにはいられない。
 この異世界ヌーヨークの魔王との結婚について、賛成してくれた、アーコ先輩について。
 そして、自分の、この先について。
 ひょっとして、私も、この異世界で葬られるなんてことも、あるんだろうか。

「それにしても、今日もいいサンドイッチだったよね」
「おいしかったよね」
 墓地の前のベーカリーで、サンドイッチを食べるのが、魔王と私の共通の楽しみ。
「夕飯、サラダでいい?」
――そうきたか。おいしいサンドイッチからの、カロリー制限でサラダか。
 意外に、魔王も、欲望のコントロールをしながら、生きているんだろうか。
 なにが理由であれ、サラダなら作ってくれるので、
「あ。いいね」
 つきあう。
「夜さあ、あれ見る? 『刑事Hの――』」
「クロサワ映画祭はどうなったの。次はサンジュウロウじゃないの」
「そうだった! 今夜もミフネだ!」
 はい。それで今日も1日、終わりだな。

 そして明日からは、私はまた、魔法楽器ウクレレを売る。
 それがこの異世界での、私の仕事。
 この異世界ヌーヨークの魔王と、ともに生きるためには――。
 ――異世界から転生した戦士として、ウクレレ屋という戦場にひとり、出ていかねばならない。
 それがいかに、マヌケで不完全な戦場であったとしても。
 それをジャッジしている暇があったら、戦わないと、コロされる。

 ですよね、先輩。


登場したものと似ているこの世界のもの

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