出張森づくり隊@能登 ~能登創りPRJ@森のたね ~
2024年8月24日〜8月26日
水の古民家「ぜにごけの雫」1号館(ケロン別館)泊
1日目(8/24)
台風10号が接近している中、飛行機で能登に向かったのは、8/24土曜日。
羽田空港での表示はイマージェンシーだったし、飛行機に乗っても「能登空港に着陸できない場合は、羽田に引き返すか、小松空港に行く場合もあります」とのアナウンスが入っていた。
台風の影響か? と心配が募るなか、フライトは予定通りだったし、能登空港のは穏やかな良い天気だった。
とはいえ、土とDISCOに向かう頃には飛行機での出来事はすっかり忘れてしまい、心は森づくりに飛んでいたのだが。
今回の能登行で一番乗りしていたのは、がんちゃん。23日の飛行機で来て、ケロン村の隣にある「ぜにごけの雫」周りの整備を手掛けたそう。
そして、24日は朝から土とDISCOの前庭の川に下る部分の整備をだんなさんのさとしさんと共にしていた。
そんな作業の途中で参加した私は、2種のハーブを持参していて、それをハーブ園に加える算段をしていた。
7月に来た時、ハーブ園の周りもキレイにしたつもりだったが、夏草のいきおいに負けて、あっという間に見え隠れしていた。
あらたに草を刈り、ローズマリーやレモンバーム、ペパーミント、紫蘇の葉を際だだせ、持参した「キューバンオレガノ・アロマティカス」と「プレクトランサス・シルバーグラス」を植えた。生命力のある多肉植物だ。DISCOのハーブ園ですくすくと育ってくれるだろう。
午後からは、土とDISCOのさなさんのお友だちが3名森づくり隊に加わって、DISCOの森(すぐの裏山)の整備に取りかかった。
これもまた7月にも手掛けて、いくつかしがらみを作ったところなのだが、夏草が生い茂り、ものの見事にしがらみを覆い隠している。
隊長の命は、7月にやったところには手をつけず、その周りの道づくりに着手せよ、とのことだったから、以前通したはずの道を広げるべく夏草と戦った。
裏山は、1月の地震でざっくりと崩れている。それを覆う様に道を作るのが、地震後視察結果の隊長の見解だ。
裏山に向かって左手から攻めていく。
女性陣3人が草刈り部隊で、男性陣3人が足がかり部隊。ゆうき隊長はその後の階段づくりの為の木を切り出している。
あっという間の1時間半だった。
隊長が頂上と定めたところには小さな栗の木があり、イガ栗が実っているのが見て取れる。そこまでの道は道なき道で、夏草も激しく生え誇っていて、結構大変だった。
さて降ろうとする時、もと来た道を戻るのも良し、と言われたが、せっかくならと右側に降っていった。そこは、登って来た道より更に激しく草が生え、道か塞がれていて、お尻をついて降るしか無い様な道だった。いやはや、ホンの裏山なのだが手強い。
振り返りの時、はじめましての3人の方々が、どなたも生き々々として、眼がキラキラと、足掛かりづくりの楽しさを話していらしたのが、とても嬉しかった。
森づくり隊の作業後、隊長、がんちゃん、私は、ポーレポーレのお風呂に入った後、11月の森づくり隊の時一緒だったマナミちゃんに会いに行った。ちょうどそちらの地区がお祭りだそうで、神輿型のキリコが飾ってあった。地域を引回された後、船に乗ってお祀りするんだそう。
森作業が明日もある為、今回のお祭り参加は無かったのだけれど。
2日目(8/25)
前乗りしたがんちゃんは、お仕事の都合で朝の便(羽田への飛行機は、1便しかないのだ)で帰られた。
早朝ぜにごけの雫にいた時は、雨の心配など微塵もなかったのたが、場所がDISCOに変わり、9時から作業に入ろうとする途端、雨がポツポツ降ってきた。通り雨くらいかと思ったが、本格的に降り、それは午前中ずっと続いた。
作業内容としては昨日と同じだが、作戦として左手側から上っていく。
降りて行くのにも苦戦したのに、上っていくのはもっと大変たとはわかっていたが、切り立った崖のような、草茫々のところを、どうやって攻略していくのか、途方に暮れてしまった。
実際に、土砂降りに雨は降っているし、昨日もそこそこ頑張ったし、早々に離脱しても良いのかなぁ、と私は弱気になっていた。
しかしふと見ると、初めて森づくりに携わる3人の方々が、雨の中もくもくと、草を切り開き、足掛かりを作り、嬉々として森と戯れているではないか。
そんな様子を傍から見て、私が1番に弱音を吐いてどうする? という気持ちになった。上っていくのに草を刈るだけじゃない。自分で足掛かりを作り、道を作って良いのだ。
私の中で、何かが降りて来た。
そして気がつくと、
左側の道は頂上の栗のところに届き、右側から攻めてきた皆さんとの道に、合流することができた。
自分の中で、11月に初めて能登に来てから、目覚めたことがあることに気がついた。なぜかこのところ「道」ばかり作っている。
藪の中の、後先わからないところに、闇雲に踏み入っていき、なぜか真っ直ぐの道を作っている。
今回も図らずも、道づくりに精を出してしまった。
最近「森のおかみ」を拝命したが、又の名を「道づくりのおきょう」と呼んでくれ。
お昼、さなさん手作りのめちゃくちゃ美味しいスパイシーカレーを頂いた。
カレーライスのおかげでパワーは戻ったが、小降りになったとは言え、雨はやんではくれず、午前中で今日の作業は充分出来たので、午後はシャトーノットとケロンの村に見学に行った。
ケロンの村に行くと、まなみちゃんが待っていて、まったりとした時間やゆっくりとした振り返りの時間を取った。
あ、もちろん、雨もやんできたので、ぐるりと視察に回った。
ぜにごけの雫に戻ると、二層式の洗濯機を稼働させ、びしょびしょの森作業服を洗濯した。
気がつくと、がんちゃんが夜な夜な、雫さんの台所の棚の整理や掃除、洗い物をやってくれていた。なので、私も雫さんの片づけをした。
そう、能登の古民家のことは「雫さん」と呼ぶ。
がんちゃんからの直感的な感想や良かったこと
『土とDISCO』
今回の作業は、午前中「土とDISCO」前面、川のほとりの「モサモサ刈り」と、午後、その裏山の崖に「足掛かり」を作り、「階段」を整備するものでした。
24日(土)午前中、土とDISCOのサトシさんと二人で、生長しきった「クズ」と「ツツジ」、「ススキ」の除去作業を開始しました!
関東組のがんちゃんとしては、日本海側は涼しいかな?と思いきや、大間違い!のと(能登)も暑いです‼︎ そんな中でのサトシさんと作業開始したのですが、サトシさんの作業が早い早い‼︎
自分(がんちゃん)は追いつけず、休憩多めの「モサモサ刈り」になってしまいました。 午後は裏山の整備で、サトシさんと『土とDISCO』の滞在の3人で突入しました。 「足がかり」の役割は、ただ足をかけて斜面を登るだけでなく、大地に降った雨を地面に吸収(戻す(呼び込む)仕組みになることを説明し、作業をお願いしました。
滞在のサトルさんは、初めから知っていたかのようにトントントンと作業を進め、また、ベテランのサトシさんは大きいスコップで、別のルートの足がかりを淡々と作っていました。 一方がんちゃんは、二人を優しいつぶらな瞳で見ているしかありませんでした!
『シャトーノット』
今回スケジュールの都合で参加できませんでしたが、きょうちゃんから「森の小径」の写真と、生長した「ブドウ」の写真を拝見させていただき、とても感動しました。
前回整備した道「森の小径」部分はしっかり残っていて、自然と調和していて嬉しい限りです♪ また、ブドウもしっかり生長していて、早く、シャトーノット産のワインを飲んでみたいなと心の中で感じている次第です♪
■改善点や要望(自分自身や運営について■ ない!
もし次回訪問するとしたら
・土とDISCO ーー裏山の階段の状況確認!
・シャトーノット ーーブドウの更なる熟れ具合!
きょうちゃんからの直感的な感想や良かったこと
昨年11月、先月7月に続いて3回目の能登。ようやく名実共に「ただいま帰りました」と言えるようになった。
7月は、震災のダメージに私自身がびくびくしていたが、現地で暮らしている方々は意外にも逞しく、明日への希望を携えているように見えた。
もちろんその笑顔に偽りはないのだろうが。
今回は、お子さんを震災で亡くされた方のお話を伺ったり、急に家の修繕や補強が必要になっても、直す業者がいないと聞いて、震災の爪痕は深いのだと思い知らされた。
天気が良ければ多少のガタガタ道も耐えられるが、雨で陥没に水が溜まって、大きくハンドルをとられらりすると、とても怖かった。
震災で傷ついた方々の支えになる為にも、傷ついた森や山や自然に寄り添い、森を喜ばせ、山を元気にしていきたい。
森つくりについては今回、自分の任務が見えてきて、自分のペースで出来るようになったように思う。
そうなのだ。私ったら、ガガガっと、かなりのハイペースで作業してしまう。時に一人集中して、人を寄せ付けないでやってしまう。
でも、これが毎月入れる森なら、のんびりと自然の生長も鑑みてとなるが、能登だと今度いつ来れるか分からない怖さがある。
だから、出来る時、出来得る限り、一心不乱にやってしまおうと思う。
森づくり隊での立ち位置。~~なぜか、道づくりに携わることが多かったし、気がつくと進んで道を作っていた。
そして今回、はっきりと自覚した。私は「道づくりのおきょう」なのだと。
以後、お見知りおきを。