ニセコレポート
中国の旧正月が終わって、やっと余裕が出てきたので、今更ながら、ニセコのレポートを書こうと思う。
今季で2度目。1度目は今から9年前で、日本の中で、遂に、英語で過ごせる環境が出来たと嬉々として出掛けるも、惨憺たる思いをしたので、今回、全く期待がなかったものの、別ポストの契約が一向に進まないことに業を煮やして、”渋々”来た、というのが本音。
11月にシーズンが始まって以来、人手不足も手伝って、今日に至るまで、恐らく通常シーズンの2人分くらいの仕事を、メキシコモードから一気に切り上げて、休みもなく働き続けたので、記憶もだいぶ飛んでいる。
前回来た時と比べ、特に真新しいこともないので、取り立てて書くこともないのだが、とある人達にビデオを送ったら、興味を持ってくれた様子なので、改めて書いてみることにする。
さて、今季私が働くコンドミニアムのスタッフは、全部で180人くらい。
国籍で言えば、オーストラリア、ニュージーランド、香港、台湾、フィリピン、タイ、ネパール、インドネシア、ベトナム、バングラデッシュ、カナダ、イギリス、フランス、オランダ、ポーランド、スロバキア、オーストリア、ニュージーランド、チリ、ブラジル、ザンビアと様々。日本人は少数派だけど、その居住国は、タイ、スリランカ、オーストラリアなど、要は拠点を海外としている人が殆どで、そのほかに、雪かきやメンテナンス、あるいはハウスキーパーとして、活躍するローカル日本人がいる。
フロントラインで働くスタッフのうち9割は、英語を母国語とするワーホリで集められた若者で、彼らは、半分ホリデーで来ているので、真面目に仕事する子としない子の格差が激しく、例えば元旦の朝、出勤したのは8名中、私と日本人のマネージャーの2人のみだった。
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(元旦の朝)
私:「あれ?他のメンバーは?」
マネージャー:「来てない」
私:「あ、そ。」
会話終了。
何しろ、いないものはいない、来ないものは来ないのだ。
じゃ、取り敢えず、目の前の仕事を片付けるか・・と、無言で片っ端からこなしていると(前晩の大晦日のパーティの影響で、ホテル内は静まり返っていた)一人、また一人とやって来る。
マネージャーからのお咎めなどは、一切なし。
”Hi, How was the party? Happy New year!
(大晦日のカウントダウンはどうだった?明けましておめでとう!)"
外資のリゾート会社って、こんなものかと、ある意味納得。
下がった円で母国の半分、もしくは3分の1の給金で働いてくれる若者は、実は会社にとって、大切なお客様。
彼らには、航空券の一部と、リフト券がプレゼントされている。
(日本人の正社員には、領収書と引き換えにリフト券分の現金が一部支給された。移動費の支給はなし。)
外国人ワーホリの皆様にとって、第一目的はスノボー。
だから、突然の病欠、遅刻、早引き、お昼に滑りに行って1時間半経っても戻らない、は当たり前。
捻挫・骨折や、他社からの引き抜きや、寮の環境に耐えられず、途中で姿をくらますスタッフ3割強。
真面目なスタッフの中には、ろくなトレーニングもないまま、第一線に立たされ、そこで富裕層の注文の多いお客様に、針のむしろにされ、心折れて疾走する人も少なからずいた。
私自身も、散々苦情を言われ、時には(想像していたサービスを受けられず)ケチだの、嘘つきだの怒鳴られたことも、一度ならずあったものの、無事ハイシーズンを切り抜けられたのは、一重にメキシコでのカオス経験が役に立っているのだと思う。
それに加えて、一回りも二回りも若い連中に囲まれて、仕事するのは決して楽ではないけれど、これだけ多文化の中に入れば、ある意味諦めも肝心。
そして何を隠そう、私は多様性の中にいることが、好きなのだ。
同じ地元の人だけ、同じ人種の人だけ、日本語だけ・・という環境では窮屈で、日本語も英語も中国語もスペイン語もフランス語もタガログ語も、毎日飛び交ってる環境くらいが、正直ホッとくる。
だからと言って、別に英語が上手でもなければ、中国語は「没有」しかわからないし、フランス語もタガログ語も子守唄にしか聞こえない。
けれど、そんなたくさんの音に囲まれて、みんなのやりとりを聞きつつ、人物観察するのが、いわば私の「趣味」なのだ。
唯一の問題は、住環境。
何せニセコは土地の値段が急高騰して、寮としてあてがわれる空間も、驚くべき2畳間、そして隣人との壁は、なきに等しい薄さだ。
最初に案内された時は、これは何かの罰ゲームなのかと、目を疑ったし、自分の部屋は、「反省部屋」と呼んで、寝る時などは、「さ、反省部屋に帰るとするか」などと言って、他のメンバーと笑い合っていたが、正直忙し過ぎて、まさに寝に帰るだけの空間だったのが、不幸中の幸いだったのかもしれない。
今までも色んな体験をしたけれど、今シーズン、珍体験はまだまだ続いている。
次回は、ここで会った愛すべき人々の話をしたいと思う。