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師走の気絶には御用心

世界有数の観光地である、ここカンクンには、素敵なホテルがたくさん立ち並んでいる。純白にそびえる建物、高い天井と、吹き抜けの館内を通り抜ける風は甘く優しく、一歩プールエリアに出れば、手入れされた庭園には、美しいパームツリーが立ち並び、南国のプラントが、真っ青な空と、ターコイズブルーの海によく映える。

・・・さて、そんなホテルの中でも、4つ星に輝く、ジェラシックパークを彷彿とさせる、豪華な庭園ホテルの人事マネージャーに、知り合いがいる。

彼とはその昔、ホテルに来て働いて欲しい(要は日本人なら誰でもいい)と連絡を受け、逆に、日本語のクラスをホテルで取り入れてはどうかと、営業しに行った時以来の仲で、アニメ好きらしく、日本語も習いたい、と言って、かれこれ数年が経つ。

ホテルゾーンは、夢の世界だが、夢があるならば、もちろん現実の世界もある訳で、私は、その現実世界で日々、髪振り乱して生きている。以前、ホテルに出入りしていた時期もあったけれど、今ではローカルに混じり、どっぷり暮らしている。まぁ、これはこれでよしとしよう。

さて、時は師走。ただでさえ、普段から忙しいのに、12月に入った途端に、時計の進み具合が早くなった。

人混みを避ける為、ずっと伸ばし伸ばしにしていた用事も、年末が終わるまでに済ませねばならないし、学校も、もうすぐクリスマスで終わるから、オンラインとはいえ、何かしら、それなりに盛り上げたい。

また、別に参加しているコーラスグループからは、練習した歌を録音して、いついつまでに送ってくれと連絡があり、それに加えて、毎年この時期やっている、自分自身のプロジェクトがあり、12月の授業料の徴収は、まだまだ終わっておらず、何しろ、毎日てんてこ舞いなのだ。

今日はそんな中、意を決して銀行に行った。なるべく人のいない時間を選んだはずだったが、銀行の入り口には、長い行列が出来ており、行内への人の出入りが絶えず、作業も、もちろんいつも通りに遅いので、気が急いて仕方がない。あまり長居して、ここで息をするのも嫌だし、用事を終えた後に、すぐ、別の親と会うことにもなっている。

と、突然、”ピーン”と携帯音が鳴った。

もしかしたら、会う約束をしている親からかも!と急ぎ画面を見ると、何やら大きな文字が見える。

しかも、送信者は、生徒の親ではなく、冒頭にあげた、人事マネージャーの名前だった。この人物、忘れた頃に、こうやってメッセージをよこすのだ。

いや〜な予感がして、チラッとメッセージをみて、次の瞬間、それはなかったことにした。

そして用事を速攻で終えて、指定の場所で生徒の親を待つも、来ると言って人を待たせたまま現れず、代わりに別の親が急に現れて、すったもんだが終わり、やっと家に帰り着いて、ひと段落し、遅い昼ごはんを取りながら、改めて、携帯を取り出すと、そこには、こんな画像が貼られてあった。


貴 阿 部 都


「kyoko、これ、なんて書いてんのー?」


・・・・

・・・・

・・・・

・・・・

・・・・

皆さん、わかりますか?

ちなみに、この漢字の下には、小さく、こうルビが振られてあった。


”キ ア ベ ト”


ご飯を食べて、気持ちに余裕のある時で良かった。そうでなければ、大切な携帯は、地面に叩きつけられ、粉々に割れていただろう。

実は、銀行でちら見した時に、私は、この恐るべき当て字の意味にすぐに気がついて、テンパっていた時だけに、ヘナヘナとその場にしゃがみたくなったのだった。

情けない・・・大の大人が、当て字のTシャツか何か知らんが、こんなことを聞くために、この忙しい師走の真っ昼間に、わざわざ送って寄越すなんて・・

このまま彼をブロックするべきか、それとも倍にして返すべきか。

少し考えて、私はこう返した。

「Cabbage (キャベツ)。あ、そうそう。来年1月から新しいクラスを開講します。あなた前回、日本語習いたいって言ってたわよね。」

「Super!」

(スーパーって何だよ。クラス取るのよ、取らないのよ。)

「今、新クラスを編成しているところなので、興味があるなら言って下さい。」

「うーん、お金に余裕があるか、ちょっと見てみるよ。」

実はこの彼、前々から、自分に都合の良い時だけ連絡してきて、やれ、自分の名前は漢字でどう書くんだだの、姪が誕生したから、名前を考えろとか、ちょっと首をかしげたくなることが続いていたのだ。ちなみに彼と会ったのは、ニ回きりで、知り合いではあるが、友達ではない。

しかも、メッセージの前後には必ず、自分がどれだけ日本語に興味があって、君のクラスを取りたいから、情報を送ってくれ、などとおまけがつくのだからタチが悪い。

なので、こう返した。

「立派なホテルで働いているのだから、もちろんお金がない訳ないわよね。」

「ははは。でも僕ねぇ、彼女がたくさんいるから、一人か二人別れなきゃ、お金かかって仕方ないんだよね。ははは。」


ブロック確定!


・・してもいいが、ま、次回のネタ用に、取っておくか。

全く油断もスキもならない、と言うのは、こう言う輩のことである。

そしてこの観光地には、こう言う輩がごまんといる。


と言う訳で、次回は、私の名前をフルネームで呼んだ、元同僚の話。

頭痛いわ、全く。




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