YouTube大学、「安いニッポン」を見て思うこと・8
話は飛ぶが、ひと冬だけ、北海道のニセコという、スキーリゾートで過ごしたことがあった。
メキシコの生活に、少しだけ余裕が出てきた時、果たして自分が、ここに永住するべきか、揺れたのだ。
日本で、自分が再び働くとは、思わなかった。
シンガポールから、日本に帰った時のトラウマが、頭の片隅に残っていて、それよりも、もう少しだけインターナショナルな環境・・もっと色んな人種の人や考え方の人がいて、もう少し自由で気楽な場所・・そう考えた時に浮かんだのがニセコだった。
スキーのインストラクターとして、世界中あちこち飛び回っている友人がいて、前々からニセコの噂は聞いていた。
雪質の良いスキーリゾートで、世界中からスキーヤーが訪れる街。
お客さんも、外国人が多いと聞く。
調べたら、地元に籍を置く、オーストラリアの旅行会社所有の、高級コンドミニアムのコンシェルジュのポストに、空きがあるという。ホスピタリティの仕事はコンシェルジュなどで経験していたので、応募したところオファーを頂き、たくさんの防寒具を持って現地に駆けつけた。
ちなみにその時の人事担当は、爽やかな感じの日本人男性で、ホスピタリティ部門の総括も、日本人男性だった。
多分オーストラリアの会社、というだけで、実際に現場を動かしているのは、日本人なんだろう。
そうたかを括って、行ってみて驚いたことには、総勢130名程のスタッフのうち、日本人はごく数名で、残りは全て、オーストラリアから来た、ワーキングホリディの若者達だった。
スキー好き、パーティ好き、そしてワーキングホリディで来日するオーストラリアの若者は、皆、弾けんばかりのエネルギーに漲っている。
何しろ毎晩パーティ、毎晩飲み会、中には泥酔して、ここそこでものを破損し、露天温泉ではお酒持ち込みで(女湯で)雪合戦、仕事の遅刻・欠勤はご愛敬。
メキシコならともかく、まさか日本で、メキシコみたいな仕事環境の職場に配属になるなど、思いもしなかった。
まず、高級コンドミニアムであるにもかかわらず、派遣された若いオージーは、基本裸足。(文化の差だけど、彼らは裸足で過ごすのが好き)
お客様出迎えの時も、部屋にいくにも、裸足で対応。
まぁ、これくらいは、笑いの一つで済まされるけれど、問題は、日本語が、ほとんどできない彼らから、日本語が出来る我々に回ってくる仕事。
タクシーの予約(当時、英語の話せるスタッフを置いたタクシー会社は、いなかった)に、スノーモービルの予約、病院の付き添い、物の紛失時の手続き等々、日本人のカバーする分野は多かった。
だが、時として、若気の至りで発せられる彼らの命令口調が、私たちを少しずつ苛立たせていった。
もちろん最初は、歩み寄りの努力をした。けれども、社内全体に、「ここはオーストラリアの会社」的な空気が流れ、いかんせん立場が弱い。
お客さんがオーストラリア人の場合、どんなにこちらの職務経験が長くても、彼らが、同胞者に仕事を頼むのは当たり前で、当然、チップも彼らのポケットにだけ入っていった。
知らない国に来て、同胞者に声を掛けたくなるのは、ごく自然な流れであることもよくわかる。
けれども、社会経験の浅い(もしくは皆無の)若者が、休み時間にスキーに出かけて、時間を過ぎても戻ってこず、戻ってきたと思えば、お客さんの出前の寿司を盗み食いして、何食わぬ顔でお皿を盛り直し、高額のチップを手に、毎晩飲み歩く姿を見ていると、何ともしれない気持ちになった。(もちろん真面目な人もいたので、付け加えておきます)
まぁ、どこの国にでも、それが若さであり、ワーキングホリデー(working + Holiday)ということなのだろうけれど。
その一方、お部屋の清掃をするスタッフは、地元に住んでいる日本人女性が殆どで、彼女達は、散らかった部屋を、機敏に、そして大急ぎで掃除して回り(お客さんは、外国人が主で、部屋の散らかり具合も、日本人とは全く異なるから、時間も労力も掛かっただろうと思う)、たまにすれ違うと、「この時期に、お仕事を頂けるなんて、本当にありがたいですね。」などと、どこまでも低姿勢なのだった。
その一方で、日にちを追うごとに、街のゴミは増えてゆき、看板は誰に蹴られたのか、真っ二つに折れ、街に行くバスに乗れば、後ろから乗ってきた外国人グループが、運転手さんが止める声も全く無視して、無銭乗車を決め込み、運転手さんの注意(日本語)をわからないフリして、後ろの方で声高に笑っている。
これは、流石に腹に据えかねて、注意して払わせた。(悪いことをするのも問題だが、悪いことに、何も言えずに放置するのも、これまた問題!)
また、疲れた身体を休めに温泉に行っても、大抵外国人のグループがいて、そこで騒いでいても、自分はそこでは、マイノリティとなり、注意しても効果がない。
朝の出勤時に雪道を歩いていれば、道の向こうとこちら側で、雪かきをする外国人が、「俺の方に雪を落とすな!」と口喧嘩をし、仕事場に到着すれば、スタッフが酔っ払って、雪道の坂をそりで滑って、どこかに激突し、重傷を追ったとニュースが回ってくる。
お金を落とす仕組みを作った人、そこにお金を落とす人、それに群がる人、ハメを外す人、まさに銀世界は、カオス一色だった。
ちなみにその昔、何人かのオーストラリア人によって見出され、一大投資家の元、巨大リゾートとなり、外国人向けの立派なコンドミニアムは、週単位で、中国人などの富裕層に貸し出しされている。
ただ、中華系のお客さんは、同じアジア人ということで、我々日本人に声を掛けてくれることも多く、直通バスもあってその方が安いのに、空港までのタクシーの手配を頼まれ、1時間近くも運転手を待たせ、間に立たされて、ヤキモキしながら待ち構えていたら、「ごめんごめん!」と、最後に手渡された小さな4つ折りは、1万円札だった。
チップに1万円。
くれたのは、インドネシア系の中国人男性。
その時だった。
あ、時代は、もう変わったんだなと。
私たちが、好もうと好まざると、世の中の経済は、急激に変化を遂げ、日本は、海外富裕層にとっての、安全でホスピタリティ満点の、ディスティネーションに変わってしまったのだと。
いても経ってもおられずに、シーズンの休みの日、まとめたレポートを持って、その街の役場を訪れた。
「今、この町で何が行われているか、ご存知ですか?」
私に対応してくれたのは、職員の中で、尤も若そうな、優しげな人だった。
「外資の企業が、その国でビジネスをする場合、従業員の過半数を、その国の従業員で賄うべきだというのは、ごく一般的で、不動産売買に関しても、早く見直さないと、後々、とんでもないことになると思うのですが。」
若い職員さんは、「わかりました。ご意見をお預かりいたします」と丁寧に応対してくれた。
もちろん、一介の出稼ぎの意見が、どこかに届かないことなど、初めからわかっていた。
それでも言ったのだ。黙ってられなくて。
(続く)
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この経験は、今から約8年前のものです。
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