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古代研究: 坂上田村麻呂のDNA

古代の武人として有名な坂上田村麻呂です。征夷大将軍として有名で、東北に蝦夷退治(まあ、東北民のアテルイからみたら、敵であるが・・・)にいきました。要するに大和朝廷側の偉大な武将です。日本史の教科書に出ていた。

最近では、何も知らん黒人が、「坂上田村麻呂は、黒人だー」とかデマばかりいってましたが(弥助以外にも、日本人の有名人を黒人にしたいらしい・・・・とほほ、なんていうか、ツナガリたい人々じゃのー。うんざり)、坂上田村麻呂は、本当はどの人種なのでしょうか?
(どうせなら、本当の黒人ハーフ(クォーター? いやクォーターより前 1/8かな???)だった、ロシア貴族のプーシキンでもつながり主張すればいいのに・・・。大文学作家だぞ!)

嫁さん、貧しい貴族の娘だけど、美人。漫画にもなったよ!!
この時代のドレスと髪型、かわいいよねwww


あ、これもインターネットに、DNA ハプログループ調査結果とかに出てるんですな。有名税ですな。

さて、有名人のDNAサイトから引用します。
(まあ、1人だけ調べたとかいう場合は、ちょっと眉唾なのですが、複数人調査の場合は、複数子孫なのでまあ信じてもいいかなと思います。)


「平安時代の武官で、陸奥国の蝦夷を平定した征夷大将軍・坂上田村麻呂のY染色体は、ハプログループO2a2b1a1a1a1a1a1(O-F155)であると推定される。坂上氏は、後漢の霊帝の子孫で、応神天皇の御代に渡来した阿知使主の子孫とされる(注1)。阿知使主の子孫で、東漢氏出身の左京大夫・坂上苅田麻呂が田村麻呂の父である(注2)(注3)。」

渡来人だったんですなあ!! 後漢の霊帝の子孫とはまあ、世が世なら、王子様だったのですな。
まあ、実際は王族の生まれでも、4,5代たったら、だんだん下級貴族になって、10代くらい後になると、ただの庶民になるのだ。悲しいものである。
神武天皇の子供とかだって、無名になるとすっかり忘れ去られるのだ。直系の子孫は、皇室だけども。
でもまあ、坂上田村麻呂は将軍で、しかも大納言まで上がったんだから、これはすごい。残るは大臣だけだったのだ。


あ、そういえば、山岸涼子先生の「日出処の天子」で崇峻天皇を暗殺した豪族の男性が、東漢氏だった。


えっつ!!
「医心方」の医者と親族じゃん!! 天才医師というか、医学大全を1人で書いたような先生です。すごい。優秀ですなあ!!

「平安時代の医博士・丹波康頼のY染色体は、ハプログループO2a2b1a1a1a1a1a1(O-F155)と推定される。丹波康頼は、坂上田村麻呂の子孫で、永観2年(984年)に『医心方』全30巻を撰し、朝廷に献上した。『医心方』は、現存する日本最古の医学書で、丹波康頼は、この功績により丹波宿禰の姓を賜り医家・丹波氏の祖となった。明治・大正期の薬学者である丹波敬三は、この直系子孫にあたる。丹波敬三の孫に俳優の丹波哲郎や、作曲家の丹波明などがいる(注1)。」


ちなみに名優丹波哲郎氏も子孫だそうだ。
なるほど!!
丹波先生、どうせなら、坂上田村麻呂の役をすればよかったのに・・・。戦国時代じゃないから、あまり時代劇にならんか・・・。残念。


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KyoKannazuki21
AI,脳科学、生物学、心理学など幅広く研究しております。 貴重なサポートは、文献の購入などにあてさせていただきます。 これからも、科学的事実を皆様に役立つようにシェアしていきたいと思います。 ありがとうございます!!