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プレ皇室研究: 伊邪那美は死後、誰に相談にいったのか?
伊邪那美は、カグツチを産んだときに、陰部を焼かれて死んでしまいます。
「焼かれる」がよくわかりませんが、いずれにしろ、古代にはお産のときに母子とも死ぬというのはよくありました。比較的近代、明治時代だって、大正時代だって、昭和の前半だってあったことです。
それで黄泉の国にいった伊邪那美を追って、伊弉諾は「帰ってきてくれー」といって探しにいきます。
伊邪那美は、夫がとても嘆き悲しんでいるので、「ちょっと黄泉の国の神と相談してきます」といって引っ込んで相談にいきます。
「ところが伊邪那美命は最後に火の神さまを生むと、大火傷を負って黄泉国(よもつくに)へお去りになってしまいました。伊邪那岐命は悲しみ、涙にくれました。
伊邪那岐命は、伊邪那美命を連れ戻そうと思い立ち、去っていった黄泉国へと向かいました。
伊邪那岐命が黄泉国につくと、伊邪那美命はすでに黄泉国の食べ物を口にしており、もとの国には帰れません。しかし、伊邪那美命は伊邪那岐命が迎えにきてくれたことを知ると、それは尊いことだから何とかして帰ろうと思い、「くれぐれも私の姿を見ないように」と伊邪那岐命に言い残し、黄泉国の神さまのもとへ相談に行きました。」
「もうどれくらいたったことでしょう。待ちきれなくなった伊邪那岐命は、髪にさしていた櫛を手にとり、火をともして辺りを見回しました。
すると何としたことでしょう。妻の姿が見るも恐ろしい姿となって、そこに横たわっているではありませんか。
あまりの恐ろしさに、伊邪那岐命は逃げ出します。すると姿を見られた伊邪那美命は「私に恥をかかせたな」と言って、黄泉国の者どもと追いかけました。」
もともと国産みで、2人しか神様がいなかったはずなのに、なぜか黄泉の神様とその部下たちがいるのです(苦笑)。子供でもありません。
こういう神話の矛盾です。
ギリシア神話にも死んだ妻を探しに行く話があるのですが、それは神様がもともと別にいます。主人公たちは、トップの神様ではないのです。ギリシア神話では、大神ゼウスでさえ、前に先祖の神様が何人もいるので、1人ではないのです。それ以外の、下っ端の神様やニンフたちは、もっと他にたくさんの神様一族がいるので、矛盾ではありません。
まあ、こんな風に、「死の国そのものが架空」だから、「死の神様たちも架空」で、一番トップの伊邪那美が死んだので、彼女が繰り上がりで死の国で一番扱いになる・・・というのがありうるかなあと思います。
前に、結婚するときにすぐ子供が生まれなくて相談にいった親族の神様たちは、まあ、同じように瀬戸内海あたりに渡来してきた親族、従兄弟やハトコや、伯父とかかなと思いますが、さすがに死の国なので、架空かなあと思います。
死後ではなく、単純に離婚であれば、伊邪那美には、たとえば再婚相手と再婚した相手の親族がいたりするでしょう。ずっと日本にいたので、おそらく、縄文人の有力者かなと思います。あるいは、山陰なので、もっと前に大陸から、日本海側にやってきた先行渡来民の金持ち男性かもしれません。なんせ、そこそこすでに金持ちのはずの伊弉諾を捨てるのですから、同ランクの経済規模男性ではないと、離婚しないと思います。
ただまあ、前の夫がやってきて、「離婚なしにしてくれー」といっても、まあ、再婚相手に相談するのも変なので、ただ、お笑い話にしただけかもしれないです。
「もー、前の夫がさあ、再縁してってうるさくてさー」
っていう程度かも?
なので、「腐って汚い妻になっていた」というぼろかす批判になるわけです(苦笑)
また、追手などは、伊邪那美がつかっていたメイドや従者とかかもしれません。
「うちの奥様になにをするー」
っていうので、忠実に追い出したっていう話で、追い出したので、そこまでは追いかけてこないのですな(苦笑)。追い払えばいいだけなんで。
しかしまあ、「古事記」はあいかわらず、ボロが出る変な本ですwww
まあ、そのぼろを追求するのが、面白いのですが・・・。
まあ、きっと説話の外国神話などを参考にして、つぎはぎにするから、こういうゆがみ、矛盾がでてくるのでしょう。
そういえば、伊邪那美の黄泉の国は、故森浩一教授が、「横穴式石室ではないか?」と推論されていたのですが、たしかに、もし伊邪那美の再婚相手が、地元山陰地方の有力者であれば、自分や親族の墓を先に作っていた可能性があります。
古代エジプトでも、王様は死ぬ前から自分の墓を作りました。まあ、そのため、墓泥棒に狙われてしまうのですが・・・。
ただまあ、それは後の時代との混在というもので、紀元前2世紀頃は、甕棺が多いので、横穴式石室になるのは、古墳時代になります。
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