淡い
僕は今、とても淡い気持ちになりながら、この文章を書いている。
「淡い」が一体どういった感情なのか、それを具体的に表現することはとても難しいことなのだけれど、それ以外に適切な言葉は出てこない。
「淡い」という気持ちはきっと、僕の中で特別な表現だ。
ふとその気持ちに浸った時に、自然と涙が溢れてしまうような。
そんな脆くて儚げな気持ちに違いない。
この2日間で僕が見た景色は、もしかすると夢だったのではないか、と時折不安になる。
それほどまでにこの12年間、自分が願い続けてきたことそのものだったのだ。
起こったことの全てを文章にするのは気恥ずかしいし、
誰にも知られることなく、自分だけの秘密にしておきたいという気持ちもある。
だから、印象的だった1シーンだけ、ここにまとめようと思う。
自分が何かに追い込まれて苦しい時、このnoteを読み返したら優しい気持ちになれるように。
ーー
愛媛の旅館をチェックアウトして、僕らは京都への帰路についていた。
あと7時間でこの旅行も終わってしまうのか、と少し後ろ髪を引かれながら、僕は車を運転していた。
行きは兵庫から岡山を経由するルートで来たので、
帰りは淡路島を通って帰ろうという話になった。
昨日は朝方までお酒を飲みながらあんなに語り合ったのに、
話題は決して尽きることはない。
その空間がとても心地良くて、淡路島まではあっという間だった。
淡路島に入ると僕らは洲本ICで高速を降りて、
海の幸を食べられるような、昼食処を探していた。
しばらくの間なんとなく海辺を走っていると、港の食堂を見つけたので、
そこで昼食を取ることにした。
おじいちゃんとおばあちゃんが2人で切り盛りしている、地元感溢れる食堂だ。
テレビから流れてくる「そこまで言って委員会」を流し聞きしながら、
僕はタコ定食を、彼女はさかな定食を注文した。
僕らは他愛のない会話を続け、10分後におばあちゃんが配膳してくれた。
彼女は慣れた手つきで、綺麗に魚の身をほぐしていく。
僕はそれが得意ではないので、タコを食べずにその様子を眺めていた。
彼女は座敷の窓側に座っていて、窓からは陽の光が優しく差し込んでいる。
彼女のブラウンの髪がキラキラと輝いていて、とても綺麗だった。
その光景を眺めていると、なんだかとても胸がいっぱいになってきた。
苦しいような、切ないような。
これをなんと表現していいかわからないけれど、とにかくタコを食べている場合ではなくて、僕は箸を置いた。
彼女は不思議そうに「食べないの?」と聞いてきたが、その時の僕は「ちょっと今は食べれない」と意味不明な返答をするしかなかった。
それ以外に言いようがない感情だった。
この文章を書いている今の僕は、この時の感情を表現することができる。
あの光景がきっと、自分の求める理想像そのものだったのだ。
この12年間、自分が求めて止まなかった夢だった。
僕は何も、彼女に特別なことを望んでいるわけではない。
ただ、こうして一緒に話をしながらご飯を食べてくれる。
それだけで良かったのだ。
それだけが本当の願いだった。
人は、自分の理想を目の当たりにした時、これほどまでに胸がいっぱいで苦しくなることを僕は知った。
それは時に人を強くする決定的な瞬間かもしれないし、
逆にどうしようもないくらいに弱くしてしまったりもするのだろう。
この瞬間は決して永遠ではないけれど、これまで強く強く願い続けてきたことだったから、僕は心の中で自分と約束をした。
中学時代から2人の間でずっと結論を先延ばしにしてきた問題は、最終的にはどのように着地するかはわからない。
だけど、少なくとも彼女と約束をしている5年後の30歳になるまで、弛まぬ努力を続けよう。
それはきっと、本当に大切な場面で、特別な人を守れる力になるはずだ、と。
時に、泣きたいくらいの切実さで。
時に、心が擦り切れるくらいに真剣に。
僕はもう一度、あの日の淡路島のように。
彼女と一緒にご飯を食べている未来がみたいから、全力で20代を走り抜けようと思う。
僕は誰よりも強く、そんな未来を信じている。