僕の音楽的ルーツ11 Yellow Magic Orchestra『Tighten Up』
ギターロック信者の僕でも、YMOは好きだった。彼らの作品はほぼロックだったから。
1. 極上のベースリフ
高校1年〜2年の時期、軽音楽部でベースに全力投球していた僕は、とにかく格好いいベースリフ(ベースの短いフレーズ)を探していた。弾くと楽しいし、練習になるからだ。僕はこの時期、数多くのロックバンドに出会い、たくさんの素晴らしいベースリフをコピーした。その例をいくつか紹介しよう。
今思えば、どれも名前の強いアーティストの楽曲ばかりだ。しかし、当時僕は軽音楽部に所属していながら、こういったアーティストはほぼ自分で発掘するしか無かった。僕が入った軽音楽部は当時3年目くらいで歴史が浅く、昔の(チャットモンチーは比較的新しいが)アーティストが脈々とコピーされ受け継がれる文化が無かった。また、当時はKANA-BOONやKEYTALKに代表される四つ打ち系の邦ロックが流行っており、コピーされるバンドはだいたいその辺りだった(僕はそういう音楽も好きなので、揶揄する気持ちが全く無いことは一応表明しておく)。そのため、上記のようなバンドは自分で探すか、仲の良かったギタリストN君に教えてもらうくらいしか無かった。
少し話が逸れたが、こうやって密かに集めていたベースリフの中に、ロックバンド以外のアーティストのものが少しだけあった。それらはみな、YMOの楽曲だった。
2. 幸運な出会い
僕が初めてYMOに触れたのは、TSUTAYAで借りたベスト盤『YMO』。
「名前を知っているから」という軽い理由で借りたわけだが、僕はこのアルバムに収録されている『東風(Tong Poo)』や『Tighten Up』といった楽曲のベースラインに強く魅了された。それは天才ベーシスト細野晴臣の存在を、初めて認識した瞬間でもあった。
『東風』について少し追加で話すと、このベスト盤に収録されているのはライブバージョンだ。これがとにかく最高なのだ。なぜならギタリスト渡辺香津美の最強ギターソロが収録されているから。上のApple Musicの埋め込みからも、1:00あたりから少し聴くことができるので、是非確かめてほしい。
実はこの渡辺香津美のギターソロ入り音源は、かなり希少なものだ。というのも、この『東風』のライブテイクは元々1980年発売のライブ盤『パブリック・プレッシャー』にも収録されていたのだが、そのバージョンでは権利関係の問題で渡辺香津美のギターがカットされてしまっていたのだ。そして、1991年発売のライブ盤『フェイカー・ホリック』では権利問題が解消され、やっとギター入りの音源が改めて世に出た。しかしこのアルバムは現在各種サブスクリプションサービスに存在せず、中古CDもプレミアが付き7千円近くまで高騰している。そのため、現在最も気軽に、かつ公式にこのギターソロを聴けるのが、このベスト盤『YMO』ぐらいしかないのだ。そう思うと、こういった様々な困難を抱えた貴重な音源にいきなり出会えた僕は、とてつもなく幸運だったと言える。
『Tighten Up』の魅力については、次の項で説明しよう。
3. YMOの"人間臭さ"
100人のYMOファンに「YMOイチの名盤は?」と訊いたら、きっと答えはかなりバラけるだろう。
ただ、なんとなく相場は決まっている。グループ名を冠した原点の1stや、大ヒットした躍進の2nd『SOLID STATE SURVIVER』はベタに人気。また、ダークな路線に転換した4th『BGM』や5th『テクノデリック』は、コアなファンからの支持が厚い印象がある。だいたいこの4枚が、一般的な名盤と言って差し支えないだろう。
しかし、僕にとっての名盤はそのいずれでもない。3rd『増殖』だ。
僕はこのアルバムをロック好きにこそ聴いてほしい。なぜなら、このアルバムはYMO史上最も「人間臭い」アルバムだから。
僕は、ロックとは「人間臭い音楽」だと思っている。R&Bシンガーや歌謡曲のように声楽的に正しく、大きな声量で歌うわけではなく、がなったり、ぼそぼそ歌ったりするあの感じ。もしくは、オーケストラのヴァイオリニストが周りのヴァイオリニストと合わせて楽譜通りの強弱できっちり演奏するのではなく、ギタリストが快楽の赴くままにギターをかき鳴らしたり、ブリッジミュートに強弱をつけたりするあの感じ。教会音楽のように神に向けた歌詞では無く、日常を切り取ったり空想を描いたような歌詞。そういう人間臭さが最も全面的に出ているジャンルが、僕はロックだと感じる。
中高の頃僕がギターロック信者だったという話は以前に何度もしたが、逆に苦手だったジャンルがある。いわゆる「ボカロ」だ。当時の初音ミクなどの歌声は言わずもがな機械的だったので、そこに良さを見出せなかった。また、ボカロ音楽はその特性上、人間が歌えない音域で、人間がまともに演奏できないような超絶フレーズを奏でたりする。僕はそれを当時良いとは思えなかったし、不気味に感じていた。
その意味では、YMOが属する「テクノ」だって例外ではなかった。もしYMOが、生楽器を一切入れず打ち込みだけの音源をリリースしまくっていたら、きっとハマれていなかったと思う。
でも、この『増殖』はとにかく生楽器が面白いのだ。それこそ『Tighten Up』は生演奏のベースがめちゃめちゃ格好いいし、ギターのカッティングも非常に心地いい。そこにちょうど良い塩梅で電子音が含まれているのが、素晴らしいバランスだと思う。そして合間合間入るよく分からない喋り声。ボコーダーなどを介さずに、なんなら歌声でもない人間の喋り声が入っているのも、生々しさがあるし、そういう部分が僕はかなりロック的だと感じた。
そして、『増殖』の人間臭さはサウンド面だけではない。まず曲構成を見てほしい。
楽曲と交互に、"SNAKEMAN SHOW"というのが挟まれている。この中身は、コントユニット・スネークマンショーによるコントである。そう、『増殖』は世にも珍しい、楽曲とコントが入り混じったアルバムなのだ。
ただ、僕が伝えたいのは決して、『コントがユーモラスで笑えるから人間的』といった表面的な話ではない。答えはもっと奥にある。
これらのコント、一聴しただけだと分からないかもしれないが、実はその題材がかなりブラックなのだ。実在の汚職事件や、西洋人の黄色人種差別、薬物中毒者といった社会問題を題材にしたコントが繰り広げられる。そういうシニカルさが、いかにも人間的でロック的ではないだろうか。
このシニカルさはコントだけでなく、楽曲にも表れている。2曲目『NICE AGE』の間奏では、このようなアナウンサー風の喋りが挟まれる。
一見何のことを言っているのか分からないと思うが、これは実は1980年1月にマリファナ所持で逮捕された、ポール・マッカートニーについての記述である。例えば「22番」という数字は、彼が拘置所内でつけられた番号である。そして「1週間」とある通り、彼が拘置所にいたのは9日間である。また、「花のように姿を現します」というのは、彼の楽曲『Coming Up』の歌詞 "Coming up like a flower"の引用である。こんなストレートな記述を逮捕されたその年に出してしまうあたり、YMO恐るべしという感じだ。
当時のYMOは、前作『SOLID STATE SURVIVER』やライブ盤『パブリック・プレッシャー』が大ヒットし、人気の絶頂にいた。そして、レコード会社からも新たなライブ盤の発売を求められていた。その中で彼らはあえて、ブラックジョーク満載のアルバム『増殖』を出した。カッコ良すぎる。そして曲目の半数がコントとはいえ、収録されている楽曲はどれも素晴らしく、全く隙がない。アルバム全体のクオリティで言えば、『増殖』はYMO史上最高だと僕は思っている。そして、人気絶頂期にいながら、あえてこの挑戦的なアルバムを、最高品質で生み出したYMOには尊敬しかない。
YMOはテクノユニットだ。しかし僕は『増殖』を、史上最高の"ロック"アルバムの一つだと考えている。だからこそ、このアルバムは全ロック好きに聴いてもらいたい。そして特にベーシストの皆さんには、『Tighten Up』を100回聴いてほしい。
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