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日本人学校等の開校の切り札

学校の体裁がある程度整った段階で、支援や浄財じょうざいをどうやって集めるのか? ・・・・・ その説明の後半です。「建学の精神/趣旨」や「教育理念」「運営方針」等が関係者に周知され、広範な支援体制が出そろってきたら、一気に展開する勢いをつけます。
つまり、学校の基本方針に向かって「ヒト・モノ・カネ」を集め、編集・統合していく作業です。とくに海外の日本人学校等の開校において、「シドニー方式」と「指定寄付金」は、決定的な方策となります。
だんだん「ああ、面倒くさい!」と感じられる方もおられるでしょうけど、最後の詰めですので、我慢して読んでみてください。


シドニー方式と募金活動

海外の日本人学校等の開設/校舎増築に対する政府の援助には、通称「シドニー方式(取扱要領)」(1971年のシドニー日本人学校建設の際に外務省が制定)というものがあって、校舎の新築・改築・増築および購入などに際しての政府援助について定められています。(注)

注)会計検査院「平成16年度決算検査報告」(シドニー方式)(↑ クリック)
写真:上海日本人学校(浦東)、クアラルンプール日本人学校、ジャカルタ日本人学校

基本的に、学校運営委員会(理事会)から在外公館(大使館・総領事館など)を通じて援助の要請書を提出し、その “必要性” “緊急性” 等が認められれば、土地購入や校舎建築・増改築などの経費の約半額を「5~25年の分割払い」で援助してもらえる制度です。
つまり 学校運営委員会は、銀行で約10年のローンを組み、その返済計画を添えて援助申請するわけです。次年度からの外務省予算に1年分の返済額(利息込み)を計上してもらうためには、遅くとも開校前年の5月末までに申請しておく必要があります(予算科目「校舎借料等援助」)。

日本人学校(全日制)94校に対し、補習授業校(週1回)240校。

また、それは “半額援助” なので、援助対象にならない施設や教材・教具なども考えれば、開校/増築費用の半分以上を(現物の寄付も含め)学校側で調達しなければなりません。
学校の校地や校舎・施設等ができてしまえば、それらは その都市の日本人コミュニティの共有資産となりますが、日本人会等とは別法人にしておくことも必要です。そして、その後の運営・維持費(各種の税金・手数料、電気・光熱費・水道料など)や補修費、あるいは借金も、日本人コミュニティの負担となります。

なお、“後から来た会社・個人” にも、建設時にいた会社や個人が分担した寄付金等に相当する額(同じ基準で計算したもの)を拠出してもらい、「建設会計」などの(大規模修繕等に備える)特別会計に積んでいきます。そうしないと 不公平ですから。

政府の間接的援助「指定寄付金」

個人が学校法人に寄付をすると、所得税の確定申告をする際に、寄付した額のほぼ40%を所得税・住民税から、控除されます。企業が学校法人に寄付をした場合も、その中の一定額を「損金算入」(個人の所得控除に相当)することができます。
しかし、海外の学校に寄付する場合には、この控除がありませんから、寄付する側も躊躇ちゅうちょしたり悩んだりします。日本人学校等の募金活動を国内でする際の、大きな障壁しょうへきなのです。

他方、政府は、公益を目的とする事業を行う法人・団体に対する寄付金で「広く一般に募集され、かつ公益性および緊急性が高いもの」については、財務省が「指定寄付金」の指定をし、その全額を所得控除/損金算入することを認めています。
そこで 海外子女教育振興財団では、海外の日本人学校等に代わって 指定寄付金の事務(申請手続きから募金活動、現地への送金、事業の完了報告までの全てを処理)を引き受け、募金目標の達成を図ることを大事な業務にしているのです。

政府としては税収が大きく減るわけですから 辛いのですけど、「公益性」(つまりは、そこに学校が必要であること)と「緊急性」(すぐに学校を創らないと困窮する日本人が多いこと)を考慮して、学校建設・増改築を推進する “間接的な援助” を決断するわけです。(次年度予算に計上します)
それだけに 審査はとても厳しく、募金期間(通常1年間)と募金目標の達成率(90%以上)を課されます。万が一、期間内に目標額の9割に達しなかった場合は(考えたくもありませんが)、全額を返還するか、寄付した会社・人に「一般寄付金」として税金を払ってもらうかを、選択させられます。

募金も最大規模だったバンコク日本人学校(左)と シンガポール日本人学校(中学部)

現在、世界各地にある94校の日本人学校は、全て 指定寄付金で無事スタートしていますし、校舎の移転や増改築でも 指定寄付金を利用するのが普通です。しかし、「私立在外教育施設」と呼ばれる学校は、ほとんどが日本の学校法人が海外に開設する日本人高校です。
多くの企業関係者は「高校からは帰国すればいいのだから “贅沢ぜいたく” だ」と感じていたり、「募金活動をしても、資金は集まらないだろう?」と考えたりします。学校が開設される地域の日本人コミュニティも、「私立学校がビジネスで来るんだから・・・」と冷ややかなので、指定寄付金の申請すら難しい状態です。

実際、これまでに「私立在外教育施設」は18校(その内、高等部設置は 16校)が開校し、文科省に認定されていますが、次の延べ4校しか「指定寄付金による募金」をしていません。
〇立教英国学院(1973年の校舎増築募金=目標 1億6000万円、達成 90.9%)
         1983年の校舎増築募金= 〃 2億2270万円、〃  99.0%)
〇英国暁星国際学園(1985年の学校開設募金= 〃 18億5100万円、
                             〃  92.6%)
〇慶應義塾ニューヨーク学院(1988年 学校開設募金=〃 44億5360万円、
                             〃 90.9%)

注) 渋谷幕張シンガポール校は、日本輸出入銀行の融資が早々と決まったことが裏目に出て「指定寄付金」が認められませんでした。寄付金が集まらないために経営は難航し、2002年から早稲田大学の系属校に。

どういう特徴のある教育を?

海外の日本人学校・日本人高校は「私立学校としての経営基盤を築くこと」を要求されています。開校後10年も経てば、企業・団体等の駐在員はほとんど交代してしまうので、設立時の情熱や苦労は “他人事” になりかねないからです。(注:だから 外務省の校舎等援助も10年ローンにするのが一般的です。「返済完了報告」を書ける人がいなくなりますから)
“独占企業” だったはずの日本人学校は、周囲の現地校やインター校と比較される “選択肢の一つ” とみなされるので、私立学校としての競争感覚を要求される状況です。また、日本国内の中学・高校の入試準備のため 小学5年から母子で帰国する風潮が避けられないことは、既に何度も書いてきました。

民間企業であれば「どういう特徴の商品を売るか?」を考えるのは当然のことですが、日本人学校・日本人高校として「どういう特徴のある教育サービスを提供するのか?」を考えることは、教員にも学校運営委員会(理事会)のメンバーにも、なかなかできません。
しかし、「選ばれる学校になる」ためには、「設立の趣旨/理念」を関係者が全員、それこそ在籍する児童生徒も含めて、認知のレベルに置いていることが大事です。

より具体的には、「我が校にしかできないこと/有利なことは 何なのか?」を常に考えていることと、関係者が協力し知恵を絞って「教務内容の質の向上」「指導の力量の向上」「常識にとらわれず新しいことに挑戦」などを推し進めることでしょう。また、その努力している現状を、日本人コミュニティに留まらず、地域社会全体に、さらには日本国内を含む世界中に発信していくことも、求められます。

緩やかなネットワークを活用する

幸いなことに 日本人学校・日本人高校には、国内の学校にはない広範なネットワークが 既にあります。
海外子女教育振興財団をキーステーションにした「AG5:日本人学校・補習授業校応援サイト」は、「海外に在住する子どもたちに高度なグローバル人材としての基礎力を育成すること」「国際結婚家庭や永住者の子どもの増加に伴う日本語能力向上ための教育を提供すること」「日本文化の発信の拠点としての役割を果たすこと」を目指し、様々な活動を展開しています。

日本人学校等で勤務した教員等が中心になって組織している「全海研:全国海外子女教育国際理解教育研究協議会」は、国際バカロレア(IB)と日本の教育の融合の視点から 子どもの学びを保証するため、「逆向き設計」「育てたい力の意識化」「双方向型の学びのスキル」などを提案しています。
また、海外で得た材料や経験を個人のものとせず、IBも含めて世界中の教材や生きる知恵を『何処でも 何時でも 誰でも』使えるよう “一般化” していくための具体策、さらには 日本人学校等で既に「長期滞在者」の家庭の子が大半である現実を踏まえ、日本人学校を「日本語によるインター校」として整備する試みまで、オープンな議論をインターネット上で展開しています。

日本人学校・日本人高校は 海外にあるからこそ、国際結婚の家庭や外国籍の子どもと協働して授業を創り上げる経験を積めるし、JSL指導を要する子どもへの対処をはじめ多文化共生教育への挑戦も思い切ってできます。 また、両親がともに健康でいっしょに暮らしているため、落ち着いた素直な子が多いのです。
こういった日本人学校等の状況をよく知る者同士のネットワークがあるのですから、その気さえあれば「特徴のある教育」ができます。なにより子どもたちが学校生活を “いきいき” “伸び伸び” 楽しんでくれるようにすれば、もう「選ばれる学校」はできているはずです。

全海研 全国大会(2023年8月@東京)↑ クリック

次回は、日本人学校の中に補習授業校や高等部を開設する際の方策について考えてみます。
上海日本人学校高等部の設立準備プロジェクトの記録
パリの日本人高校/山下アカデミーのプロジェクト
グローバル化社会の教育研究会(EGS)


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