(3) ”日本人学校離れ” の内実は?
前回、2018年に日本人学校に通っている海外子女(小・中学生)は 23%のみだったことを書きました。それにより 日本人学校は次々と経営難に陥って 授業料・バス代等を毎年のように値上げし、さらに在籍者が減るという悪循環になっていました。
総運営経費の約6割は日本政府の助成で運営されているので、授業料はインター校と比べたら 半額以下ですみます。しかも、その地域の海外子女数は年々増えているはずです。それなのに 在籍者が減っていくのは、なぜなのでしょうか?
今回は「日本人学校が進学先に選ばれない」という “日本人学校離れ” の内実について考えてみたいと思います。
なお、前回の『海外子女教育に いま何が起こってる?』を読まれてない方は、まず そちらを予め読んでいただければ幸いです。
4年生が終わったらどうする?
英語圏以外の国々では、比較的早い時期(1970年代~80年代)に日本人学校が設立されています(注)。それは、そうした地域の現地校で小学4年以上の教育を受けさせることのハードルが高すぎる(高校/大学受験に臨めるだけの学力に達する可能性が低い)と思われていたからです。
『言語習得のメカニズムと学力偏差値』で、「認知的・学問的言語能力(CALP)」の習得上の問題と、異文化衝撃は「文化の相違の幅が大きくなればなるほど、より症状が重くなる」(距離の法則)ということも書きました。
日本であまり馴染みのない言語で教育を受ける子どもの負担は、心理的にも学習内容そのものについても、英語で指導する学校に通っている子よりも重いと想像できます。
しかし、企業・団体等から派遣されている駐在員の大半は、数年で帰国することを前提に赴任してきています。日本人学校があっても、「子ども将来のことを考えると、中学入試のために4年生が終わったら帰国して受験体制に入るしかない」と考える保護者が少なくありません。
また、5年生から帰国する子が増える一方で、新たな赴任者のほうも、小5以上の子どもがいれば 単身赴任を選択する家庭が多いともいわれ、上の学年になればなるほど 在籍者数は減っていきます。
そうした、上の学年の在籍者数が減っていく状況を観ている保護者の間にも、将来の学習環境に不安が広がりかねません。「うちの子も4年生が終わったら、母子で帰国することも考えおかないといけないのかな?」と悩みもします。学習塾はその辺りの不安を巧妙に煽って、「特別指導講座」の受講に導こうとするでしょう。
なので、悩んだ末に「せっかくだから、いっそ最初から現地校かインター校に入れて、学習塾でフォローしていけば、帰国生枠も最大限に利用できるはず・・・」という “選択肢" を選んだりします。
また、子どもが複数いる場合に、「下の子は現地校に入れてしまおうか?」と夫婦で話し合っているという保護者を、私は何人も知っています。
「長期滞在者」という存在
他方で 海外には、多様な職種の専門家や職人、芸術家、学者など、そして国際結婚した人が、日本を離れて “長期滞在”(ほとんど移民状態)しています。一般に「長期滞在者」と呼ばれる これらの人たちの数は、企業・団体等の駐在員の数倍です。
「長期滞在者」の家庭の子どもの大半は、厳密にいえば「海外子女」ではないのですが、「継承語」としての日本語や日本の文化・生活感覚を学ばせるために、日本人学校に子どもを通わせる家庭もあります。
そうした保護者は普通、「本人が望むなら、どこの国の大学等に進学させても好い」と考えているものの、「日本の大学」という選択肢も失わないでおきたいのです。
ところが、在籍者の減少による経営難から 授業料やバス代などが値上げされだすと、現地校(地元の公立学校=授業料無料)に転校させる家庭も増えてきます。
さらにいえば、これから「長期滞在者」になりそうな家庭には、「日本で生まれ、10歳くらいまで育ってから海外に帯同され、現地校やインター校に通い始める子」もたくさんいます。親の都合と「海外子女ではない」という冷たい視線のせいで(日本人学校を選ばず)、いきなり言葉も習慣も違う外国の学校に放り込まれているわけです。
そういう経緯を経て、「海外子女」(小・中学生)だけでも、アジアでは6割、欧州では8割半の子どもが日本人学校に通わない状況になりました。
もちろん、現地校等でも 教科学習の内容は学年が上がるほど高度になっていきますし、フランスやドイツなど 小学校でも “原級留置(落第)” を徹底する国もあります。
現地校やインター校で 年齢に応じた基礎学力が身につかないリスクも高いのですが、日本人学校に通っていても中学部を卒業する時、よほどの受験準備をしていない限り、その国の言葉での入試を突破して地元の高校に進学できません(フランスは 法律上ほとんど不可)。
“先輩” の「長期滞在者」のアドバイスもあるのでしょうけど、「安易に日本人学校は選べない」と考えられているのは残念です。それに学習塾や通信教育等にまで 高い受講料・指導料を払える人も限られますよね。
“教育シェルター”の必要性
現在、海外には全日制の日本人学校94校のほかに、日本政府から助成を受けている補習授業校(主に週1日の授業)が240校あります(注)。
現地校やインター校に通う子どもたちの「日本の学習」は補習授業校が担うわけですが、政府に認知されていない補習校もたくさんあります(例:フランスには補習校は約50校あり、その内21校のみが政府に認知されて "正式の補習授業校" となり 助成を受けています)。
日本人学校には中学部までしかないので、卒業生のうち駐在員の子どもの大半は帰国して日本の高校(単身なら寮のある学校)に進学します。しかし、親の任期がまだ残っていたり、先ほど触れた「長期滞在者」の場合は、数少ない日本人高校(世界に 5校+上海日本人学校)に進学するか、現地校・インター校に進学するかを選択するしかない家庭も多いのです。
現地校やインター校に入る場合は、言葉も習慣も違う学校に放り込まれ「逃げ場のない苦労を強いられる」ということもあるし、「頑張れば、高校卒業資格まで得られる」という保証もないのです。そういう生徒のために、補習授業校の多くは高等部まで設置して(もちろん政府助成の対象外)、精神面と学力面の両面で支援しています。
つまり、現地校やインター校に通う子どもにとって、いわば “教育シェルター(避難所)” の機能を 補習授業校は果たしているわけです。シェルターとして日本人学校に転校させたくても、高校への進学問題があって "二の足" を踏んでいる家庭には、正に「継承語」学習のための拠り所となっています。
日本人学校等は長期滞在者が支える
ここで、敢えて触れておきたいのは、全日制日本人学校の教員(英会話・現地語講師を除く)の約2割、補習授業校のほぼ全教員が、「長期滞在者」であることです。駐在員の帯同家族(配偶者や子ども等)の中に教員免許保有者が多くいても、給与をもらって指導することは厳しく禁止されています。就労ビザがないから、働きたくても働けないのです。
たいていの「現地採用教員」は、日本人の子どもたちのために補習授業校を創り、それを日本人学校に昇格させる長い歴史に関わり、物心両面の協力をしてきてくれてもいます。赴任したばかりの家庭の “お世話係” や、日本人学校の現地理解/体験学習の場の提供・開拓など、政府派遣教員には手の届かない部分をカバーしてくれるのです。
しかし、駐在員の何倍もその地域に生活している「長期滞在者」の子どもの大半は、厳密な意味では「海外子女」ではないことを繰り返し書いてきました。
「海外子女」以外の子どもに対し、「政府の助成で建てた校舎を使わせること」「政府が無償給付する教科書を配ること」「政府派遣教員が指導する教育を提供すること」等は違法・・・・・ などと主張する頭の固いお役人や校長に、関係者はことあるごとに悩まされます。
駐在員家庭の多くは、我が子がお世話になっている先生の子が、授業で使う検定教科書を買わされていたり(無償給付されないので)、寄付金を出したり学校債を買わされていたり(派遣元がないから)など、“冷たい扱い” を受けていることを、見て見ぬふりを決め込んできました。
甚だしい例としては、創立記念式典に招待されなかったりして「日本の子どもたちのために頑張っているのに、あまりに "理不尽" だ!」と憤る様子も目にしましたが、どうすることもできませんでした。
もちろん、なかには「できるだけ “現実的な対応” をしよう」「”救済” が必要なら対処しよう」と頑張ってくれる総領事館員や政府派遣教員、PTA役員などもいて、周りを説得しようとしてくれます。
しかし、いつまでも続く こうした “冷たい空気” に我慢できなくて、子どもを現地校等に転校させる(+補習授業校に通う)「長期滞在者」もあるのです。
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ついに外務省は、2018年を最後に「海外子女数」のカウントをやめ、日本人学校と補習授業校の在籍者数(「長期滞在者」の子どもも外国籍の子も区別せず数える)を調査するだけにします。
そして2022年、「在外教育施設における教育の振興に関する法律」(令和4年法律第73号)が成立して、「長期滞在者」はもちろん 日本人学校で子どもを学ばせたい人の子どもは(外国籍でも)できるだけ受け入れること、幼稚園・高校段階の子どもにも必要な施策を検討することが “推奨” されました。
次回は、海外の日本人高校の必要性について書きます。
※ (2) 海外子女教育に今、何が起こってる?
※ 上海日本人学校高等部の設立準備プロジェクトの記録
※ パリの日本人高校/山下アカデミーのプロジェクト
※ グローバル化社会の教育研究会(EGS)