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背負い投げされたくて

 
 弦楽器、管楽器、打楽器、オーケストラの全奏者がいきり立って不穏な旋律を奏で始めた。折り重なり共鳴し合い、次第に大音響となってコンサートホール中に轟き渡る。
 昂まれるところまで昂まって、そして突然奏者全員が一斉に演奏を止めた。いきなりホールは無音に包まれる。
 ――なんなんだ? 
 しんとして、客席の誰もが固唾を吞んでいる。
 ――見え見えなんだよ。
 残響を彼は苦々しく思う。
 指揮者が指揮棒を下ろし、振り返って深々とお辞儀をした。そこで聴衆の歓声が上がり、拍手が鳴りやまなくなる。 
 
「とても独創的だったね。特に最後の演奏なんか」
「そうかい? 物珍しければ何をやってもいいというもんじゃないよ」
「えっ? 気に入らなかったの?」
「作為的すぎるのは、あんまり」
「作為的すぎる?」
 ――あれは作為的とも言えないか。単なるイージーな思いつきの産物でしかない。
 彼はワイングラスに手を伸ばし、ひと口含んだ。
 ――いつもの深み、香りが薄い……。
 彼女がさっと赤のスパークリングワインのボトルを手に取って彼のグラスに注ぎ足す。
「いきなりびっくりさせ、落ち着かなくさせるという演出が陳腐なんだよ。いかにもって感じがする。ホラー映画なんかでよくある演出と同じで、いきなり何かが目の前に飛び出してきたり、突然暗転したり、おどろおどろしいミステリアスな音響がくどく映像に被さってきたりする。それと同じで」
「………………」
「恐怖だって、感動だって、喜怒哀楽が丁寧に描かれていって、じんわり伝わってくるような仕立てのものがいい。巧まざるしてそれが描かれていたとしたら最高に素晴らしいと思う」
「なるほどね」
 彼女は腕組みをし、首を傾げてカフェテリアの吹き抜けの天井を見上げた。今度は彼が彼女のグラスに注いだ。
「……だからだったんだね」
「ん?」
 彼女はいつも彼との待ち合わせの場所に二、三十分は遅れてやってくる。毎回じゃないけれど、彼の背後から近づいていっていきなり「わっ」とおぶさって驚かせる。
「いつも大袈裟で、ムキになっちゃって」
 彼女が投げる手振りをする。
「ああ、そのこと? そりゃそうだろ」
 条件反射で投げの体勢をとってしまう。勢い余って投げる寸前までいくことだってあった。
「反射的に身体が動くんだよ」
「そん時胸がキュンとするんだよね」
「危ないからやめてっていつも言ってるでしょ」
「でもやめられないんだな、これが」
 含み笑いをしている。
 ――どういうこと?
「嫌じゃないんだ。真剣に向き合ってくれてるって実感できるんだよね」
「だから、それってどういうことなの?」
「確かめたくなるんだよね、ちょっと怖くても」
「………………」
「私って、作為的? イージーすぎるのかな?」
 ――人間の感性の弱みにつけ込み力技で抑え込もうとする企みが好きになれない。強烈なインパクトは与えられても滋味がない。知らなければそりゃあ驚くよ、誰だって。驚くけど感動するとは限らない。
 見切り発車的な、独りよがりな企みは生理的に好きになれない……。 




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