大童・一
海の青に、憧れる。
あの大らかな青のような、深みに至りたい。
そう思いながら生きている。
海は広い。
とてつもなく、広い。
凡百生物をその内に受け容れながら、尚その色が青であり続ける程に───広い。
仮令幾立もの墨汁をそこへ零したとして、海は相変わらず青いだろう。
そこらの水溜まり等とは規模が違う。自身は一切変わらぬまま、幾つもの内包物を泰然と受け止めているのだ。
だからこそ、憧れた。そのようになりたいと思った。
陸の生き物ですらその中に溶かしてしまえるような、どこまでも広く深い海の如き声音で───人々を感傷に誘いたい。歌を唄う人間にとって、最も原始的な願いである。
子供心に抱いた夢は、成長した今も胸に在り続ける。いや、寧ろ昔に比べて遥かに大きくなっている。夢を綴るその言葉は語彙を増し、経験を重ね、その意味をより重くした。始まりこそ何とも子供らしい単純で抽象的な願望であったが、なればこそ達成までの困難さは明白であった。その前途は時に凪のように洋洋たり、時化のように多難である。大洋を単身で渡るが如きこの夢は、生涯を懸けるに値するものだと確信している。
もはや夢と言うよりは、それは使命に近かった。
使命を遂行する為、心身は忠実に働く。心のままに詞は紡がれ、声は発せられる。歌う───という行為に関して、己の身体は呼吸同然に動いた。これは生まれつきの事であった。だからこそ───そんな風に生まれたからこそ、やはりこの夢は前もって定められた運命の下に授けられた使命なのである。
その為に、求められるべきものは何か。自問自答を日々重ねた。
そう、まずは───共感を得る事が必要だ。
聴衆が皆思わず移入してしまうような歌声を目指すには、まずは此方側から歩み寄らねばなるまい。
凡百人々の思い総てに、共感せねば。
この声が、聴く者の心を飲み込む程の大海の青を帯びるまで。
遠野長閑は、それだけを目指している。