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昇格記念コラム~拍手と曺監督~

急なゲリラ豪雨?いや違う

 サンガスタジアムbyKYOCERAは、座席スタンドの背後がコンコースになっており、外縁にはトイレと飲食のブースがあってピッチ上の雰囲気が共有しやすい構造になっている。いつの試合だったか、試合前のアップの時間にトイレに入っていた時、ザザザッという騒がしい音が響いてきて「あれ?ゲリラ豪雨かな?」と思ったことがあった。いや違う、よく晴れた日だ。コンコースに出ると、スタンドから沸き起こった拍手であった。拍手は、ピッチサイドを挨拶しながら歩く曺貴裁監督に向けられたものだった。

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 試合前に登場する監督に対する拍手はシーズン当初からあったが、その音量はゲームを重ねるごとに大きくなり、今やサンガスタジアム名物といえるほど。そしてあの拍手の音量を聞くと、自分が思っている以上に曺監督が京都のファンサポーターたちに受け容れられていることを実感するのだ。

 監督が湘南時代に起こしたパワハラ事案が酷く気分を悪くするものだったことは事実であり、そのことに対してハナから拒絶した人もいた。そこまで極端でないにしろ、どこか懐疑的に見る目もあった。一方で、地元の出身、特に洛北高校出身ということで曺監督を受容する素地もあった。そしてサンガサポーターが “ちゃんと実績のある監督” に飢えていたという面もあった。

 様々な受け止め方をされていた曺貴裁という監督が、なぜこれほどまでに大きな拍手で迎えられるようになったのだろうか。

安バサダーの眼

 キーマンは安藤淳ブランドアンバサダー。略して安藤BAと呼ぶのが正しいだろうが、親しみを込めて「安ちゃん」とか「安バサダー」と呼ぶ。去年までバリバリの主力選手で、キャプテンだった安ちゃんだったが、難病を患って選手生命を断念した。そして今年からは、安バサダーとして練習の様子などを動画やテキストで「 #現場の安藤からです 」と伝える役目を担った。

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 コロナ禍で練習見学が不可能な中、安バサダーの伝えるチームの様子は貴重だった。そして曺監督がどういう姿勢でチームを率いているのか、何を伝えようとしているのか、どんな姿勢で練習に取り組ませているのか等を、短い動画クリップの中で見事に伝えたのである。

第4節秋田戦後のミーティング風景。このあと連勝が始まった。

 普通の広報スタッフと決定的に違うのは、安バサダーはピッチに最接近してチームの様子を映し出せるということ。何ならミニゲームに入っていけるくらいに。そしてカメラを向けられた選手たちも気心知れた安ちゃんなのでよそ行きに振る舞わない。

 そういう安バサダーの眼を通じて、曺監督がどれほどの情熱を持って練習に取り組もうとしているのか、ミーティングでどんな話をして駆り立てているのか、チームが練習からどれだけ本気で取り組んでいるのかをファンサポーターは知ることができた。安バサダーの果たした役割は、大きい。

ひとつの象徴。飯田貴敬の変化

 スタジアムで監督を迎える拍手が大きくなったのは、チームの調子が上向き、勝てるようになったから、順位が上がったから、首位を狙える位置にいるから…という単純な理由もあるかもしれない。しかしそれだけだろうか?

 思い浮かぶのは、今季副キャプテンを務めた飯田貴敬のことだ。昨年加入し、序盤から活躍していたのだが、昇格の可能性が消えた終盤戦になるとあからさまに集中力を欠くプレーが散見し、ミスが多くなり、気持ちが入っていないことが見て取れる残念なプレーヤーになっていた。それが今年、目の色が変わった。元々抜群のスピードを持っていたが、特に攻→守の切り替えの場面で大きな武器となり、高い集中力と粘り強さでピンチを何度も救う「走り」を見せるようになった。

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このあと飯田のシュートはGKのニア上をぶち抜く

 この飯田の変貌ぶりこそが、京都のファンサポーターが待ち望んでいたチームの変化ではなかったか。飯田に限らずたくさんの選手たちに、チームのための闘争心や精神面の成長が植え付けられていることがプレーを通して実感できたのは、ある意味「勝ち・負け」以上の価値である。

チルドレンorアカデミー育ち

 飯田のポジションには、札幌から加入した白井康介もいた。湘南時代に曺監督の元でブレーしたいわゆる“チルドレン”である。他に松田天馬、武富孝介、中川寛斗を合わせて4人のチルドレンが今季新加入した。当初は監督のやり方を理解しているチルドレンを優先して使い、チームの骨格を作るものだと思っていた。しかし白井ではなく飯田がポジションを掴み、武富と中川寛は怪我もあって定着できず、蓋を開けてみれば主力で使われたチルドレンは松田だけだった。

 それどころか、チルドレン加入により出番を失うかもと危惧されていたアカデミー育ちの若手を曺監督は積極的に抜擢。去年から出番を増やしていた川﨑颯太と福岡慎平、若原智哉に加え、麻田将吾も大きく成長。チルドレンだから優遇するとか、前体制の主力は使わないとか、ベテランだからどうとか、アカデミー出身だからどうとか、そういったアンフェアな序列のようなものを指揮官は一切感じさせなかった。

松田のアジリティが川﨑を育てた…のかもしれない

 宮吉拓実を含め、アカデミー出身選手を伸ばしてくれているという実感は、京都のファンサポーターが曺監督に大きな拍手を送りたくなるファクターになった。そういえば、第8節で若原が欠場した理由が「夫人の出産に立ち会わせるため」だったことも曺監督の意外な人柄を知るエピソードだった。

トレーニングの証拠

 昇格を決めた41節千葉戦。早い時間帯に絶対的主軸・ヨルディバイスが負傷し、長井一真が投入された。長井は主に途中から出て守備を固めるためサイドに置かれることが多かった選手だ。2試合前には出場停止の麻田の代役としてCBとして十分な働きを見せていたが、このゲームでも見事なパフォーマンスで中央を封じてみせた。

 長井のように出場機会がさほど多くなかった選手が、出てくれば以前よりもレベルアップしている!と驚くことがある。出場機会があろうがなかろうが高いモチベーションで強度の高いトレーニングをしている証拠だろう。監督は当初から「サンガタウン(練習場)で勝ち抜いた者がチームの代表として試合のピッチに立つ」と言い続けていた。

 開幕戦でベンチ入りして以降、まったくベンチ入りすらなかった庄司悦大は、もしかすると監督のサッカーと合わず、構想外になったのでは?という憶測も飛んでいたが、監督は終盤重要な局面で庄司をピッチに立たせ、チームとスタジアムのボルテージをMAXに引き上げた。

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 ここぞの場面でキャストにスポットライトを当てる手腕は、舞台監督のような鮮やかさだった(こののち庄司が長期欠場していた理由は負傷離脱だったことが明かされた)。

一番喜ぶの監督じゃん

 サンガスタジアムbyKYOCERAでは今季何試合か劇的なゲームがあった。第29節琉球戦は当時上位直接対決で、アディショナルタイムに白井のクロスをイスマイラが合わせて逆転勝ちするというエキサイティングな展開だった。試合終了後、選手達の背後には何度もガッツポーズを繰り出したり、両手挙げてながら客席を煽る曺監督の姿が…。

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 第37節大宮戦は試合終了間際のほぼラストプレーで川﨑が飛び込んで決勝ゴール。こちらはハイライト映像でも曺監督の“ジャンピングガッツポーズ”が捉えられており…(スロー再生まである!)。怖い顔してるけど、声を出せないファンサポーターの分まで、誰よりもエモーショナルに勝利を喜ぶのが曺監督だというのはもうみんな知ってる。一番喜ぶの監督じゃん。そういえば湘南時代はお立ち台で「♪BMWで~」ってマイク持って歌ってたのを、古いJ2ファンなら知っている。

拍手の連鎖

 今季も春に京都府に緊急事態宣言が出てしまったため、ホームではモートマッチ(無観客試合)が2試合あり、アウェイでは京都側の観客が受け入れられない期間が続いた。第10節山口戦は最初の「アウェイ席無観客」のゲームだったが、選手たちは無人のゴール裏に向かって挨拶をした。

(試合の前後、無人のアウェイゴール裏席に挨拶に行ったことについて)
宮吉拓実「昨日のミーティングで曺監督から「試合前と試合後は、ファン・サポーターの皆さんがいる時と同じように挨拶してからピッチに入ろう」という話がありました。今日、山口まで応援に来てくれようとしていたにも関わらず緊急事態宣言が出てしまい、DAZNだけで応援せざるを得なくなったファン・サポーターの皆さんがたくさんいたはずです。僕たち選手が、そんなファン・サポーターの皆さんに対する感謝の気持ちを、このような行動で伝えることができて良かったです」

 それは曺監督からの提案だった。この時の京都の選手達の振る舞いはかなりポジティブな反響があったと記憶している。一方、ホーム・サンガスタジアムbyKYOCERAの無観客は13節に解除されたが、アウェイサポーターが来られない期間は続いた。その時、サンガスタジアムbyKYOCERAにもポジティブな変化が起こる。アウェイチームがアップに出てくる際にスタジアム全体から大きな拍手が起こるようになったのだ。アウェイサポーターが入れるようになってからも、相手チームへの拍手は続いている。ボールパーソン紹介時の拍手も、去年よりも明らかに大きい。

 曺監督のはからいから選手の振る舞う姿勢が明らかに変わってゆき、それがファンサポーターの姿勢にまで影響を与え、誰も望まない無観客試合を経てサンガスタジアムbyKYOCERAにはさまざまな形の拍手が連鎖して沸き起こるようになった。このスタジアムはとにかく拍手がよく響く。拍手で何かを伝えやすいのだ。

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「なぜあなたは監督が出てきたら拍手をするのですか?」―その問への答えは人それぞれもしれないが、自分ならこう答える。「Goodなチームを作ってくれてありがとう、の拍手だ」と。「勝たせてくれてありがとう」とは少し違う。

 J1昇格という11年目の大願を手にして凱旋する最終節金沢戦。試合前のアップで監督が顔を出した時、サンガスタジアムbyKYOCERAにどんな拍手が沸き起こるのか、とても楽しみにしている。


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