個人昇格2022→2023
昇格。それは、J2あるいはJ3(さらにはJFL以下アマチュアも)を戦うチームにとっての一大目標であり、大義名分である。昨季はアルビレックス新潟と横浜FC、そしていわきFCと藤枝MYFC、おまけに奈良クラブ、FC大阪が宿願を成し遂げた。一方で悲願、大望叶わず散ったチームはその10倍ある。
だが、しかし!チームとしての昇格が叶わずとも、個人事業主として、螺旋階段を駆け上がるように翌年上位カテゴリーにステップアップする選手たちがいる。人はそれを「個人昇格」と呼ぶ。
個人昇格は昔からあったが、とりわけセンセーショナルだったのは古橋亨梧(2018/J2岐阜→神戸)の成功だろうか。これに続いて横浜MによるJ2、J3からの乱獲積極補強が目立つようになり(見切りも早く、J2に再放流して生態系を乱した)、続いてC大阪や浦和などがJ2チームの主力に狙いを定めた補強に手を染めた。
近年特にJ2からの引き抜きが目立つのがC大阪で、坂元達裕(←J2山形/2020)、加藤陸次樹(←J2金沢/2021)、上門知樹(←J2岡山/2022)、毎熊晟矢(←J2長崎/2022)らがいる。坂元は古橋同様個人昇格から海外移籍まで駆け上がっていった。
個人昇格の定義
個人昇格の定義は基本的にはシンプルで、「下位カテゴリーでプレーした選手が、翌年上位カテゴリーのクラブに移籍(プレー)すること」。なお、本稿では「2022→2023シーズンのJ1への個人昇格」を取り上げるが、もちろんJ2への個人昇格もJ3への個人昇格だってある。
個人昇格にはいくつか例外がある。1つは「レンタル元への復帰」。具体例としては昨季C大阪からJ2徳島に貸し出されて活躍した藤尾翔太は今季所属元に戻ってJ1でプレーする。このパターンは個人昇格とはいえない。少しややこしいのが名古屋からJ2熊本にレンタルされていたターレスで、名目上復帰なので個人昇格ではない。ただし名古屋でプレーしたことはなく、実質今季が個人昇格初年度みたいなものだが。
悩んだのが「(J1から)J2にレンタルされていた選手が別のJ1クラブに行く」パターン。今オフは新井直人(徳島[→C大阪]→新潟)、イヨハ理ヘンリー(熊本[→広島]→京都)、樺山諒乃介(山形[→横浜M]→鳥栖)が該当する。これは個人昇格扱いにしておく。新井は2度目の個人昇格ということなる。もうひとりの新井、新井瑞希(ジルヴィセンテ[→東京V]→横浜FC)も同じパターンだが、J2所属→海外レンタル→J1、は個人昇格でいいのだろうか?ま、いいか。
それから毎年出てくるのが、「所属チームは昇格したが、個人として別のチームに移籍する」パターン。今オフは今のところ亀川諒史(横浜FC→福岡)1人。昨オフだとルキアン(磐田→福岡)など。これは個人昇格でもあるのでカウントする。
最近ちょくちょく出てきているのが、前述したターレスのように「下位カテゴリーから引き抜き、そのまま下位カテゴリーに貸し出す」パターン。今オフは小原基樹(J3愛媛[→広島]→J2水戸)が該当する。小原の場合はJ3→J2の個人昇格と定義する。となるとターレスはいつ個人昇格したことになるのか?ま、いいか。
今オフの個人昇格の人数は?
以上の条件で今季「J1への個人昇格した選手」は以下の通り。(以下、全て1月13日時点)
その数は
37人!
ターレスを入れるとすれば38人。小原まで含めるなら39人(含まれないが)。前年分は細かくカウントしてないが、確実に増えている(はず)。
さまざまな要因があると思うが、J2で主力を張ってた選手ならばJ1でもそこそこやれるという実例が増えたので、計算できる補強ルートとして定着したのだろう。
あとはコストパフォーマンス的に、下から取ってきた方が(年俸面で)安いから…というのもあるはず。まぁ前述の上門なんかは1億近い違約金が動いたとの報道もあったが。
さらに考えられるのが、J2を指揮していた監督がJ1で監督になっている例が増え、能力をよく知るJ2の選手がターゲットになりやすくなったという点。リカルドロドリゲス浦和前監督とかFC東京のアルベル監督とか。後述するが、今オフ個人昇格獲得数が多いチームの監督は全員J2を戦った指揮官だったりする。J2は別次元の世界ではなく、J1とJ2は地続きなのだ。
なお、J3からJ1への個人昇格が今季は3人いる(小原は除く)。そのうち2人はGK(坂田大樹/いわき→福岡、内山圭/藤枝→鳥栖)。個人昇格にはポジション特性もありそうだ。フィールドプレイヤーではNEXT前田大然ともいわれている横山歩夢(松本→鳥栖)だけになる。鳥栖…多いな。
個人昇格選手を取った人数ランキング
ということで、今オフ下のカテゴリーからたんさん選手を奪った獲得したチームは一体どこなのか…???
ドゥルルルルル…(ドラムロール)
ジャン!
多いな…という印象通り、やっぱり鳥栖が1位!前述の通りJ3から2人補強しているが、山形からは3人も取っている。川井健太監督は2年前まで山形のコーチだったこと、その前は愛媛の監督だった訳で、いわばJ2を知り尽くしている。むしろ自身が個人昇格した監督。目の付け所もちょっと違っていて、昨季高卒1年目の坂本稀吏也などは山形でわずか57分しか出場していない。一方で河原創(←熊本)は昨年のJ2で最も出場時間の長いフィールドプレイヤーだ。
2位は昇格組の横浜FC。昨季対戦相手として「コイツいいなぁ!欲しい!」と思った戦力を積極的に体内に取り込みながらパワーアップを図るパターン。実は前年度の昇格チーム・京都もやっている(5人)。J2の実力を知ってるからこその補強であろう。あと、このやり方はおそらくコスパがいい。
で、その京都が3位。前年と同じく5人がJ2からの個人昇格。けれども5人中4人はJ1で出場実績持ちで、初挑戦はイヨハのみ(レンタル→レンタルでの個人昇格)。栃木から復帰の谷内田哲平は個人昇格には該当しないが、J1は未経験。当然ながら京都もJ2を知り尽くすクラブ&指揮官のチームである。
4位は3人ずつ獲得したガンバと福岡。去年徳島を指揮したポヤトス監督も、長谷部監督もJ2をしっかり経験している。長谷部監督は去年まではJ2から「チルドレン」を取ってきていたが、今オフはその傾向はなし。ポヤトス監督も直接指揮した徳島からの補強はないので、単純にチームとしてJ2がターゲット化しているといるのか、あるいはJ2補強の雄・セレッソへの対抗意識か…。
ちなみにあんなにJ2補強の波に乗っていたセレッソだが、今季はJ2からの個人昇格は0。大卒1年目でJ2でブレイク!みたいなめぼしい人材はいなかったか…。
以下2人獲得が浦和と横浜Mと新潟。1人獲得が札幌、鹿島、柏、FC東京、名古屋、神戸、広島となっている。
獲得した個人昇格選手の総出場時間数ランキング
ただ、人数だけではどれだけ主力を奪って…取ってきているのかを計ることはできない。これを前年(J2あるいはJ3)の出場時間数の総計にすればある程度可視化される。
それがこちら
ここでも1位は鳥栖。何せ河原は42試合+PO3試合フルタイム出場してる。川井監督の愛弟子・山﨑浩介も3689分(+PO180分)という主力中の主力。
総出場時間数では横浜FCと京都が入れ替わって京都が2位。三竿雄斗、イヨハ、平戸太貴は昨季J2で3000分超えの主力だった。
ちなみに横浜FCは、新井瑞希のポルトガルでの出場時間はカウントしていない(8試合出てるらしいがよくわからん)。
4位のガンバは獲得3人ながら9374分と出場時間数が多い。それだけ主力を奪…獲得したということ。ならば平均出場時間に換算してみた方がわかりやすい。
獲得した個人昇格選手の平均出場時間ランキング
1位は名古屋(甲府の山田陸1人)。2位が杉山直宏(熊本)、江川湧清(長崎)、半田陸(山形)という各チームの若手有望株を3人揃えたガンバ。3位は徳島から新井直人、町田から太田修介というライバルチームの主力2名を引き抜いた新潟。4位は広島(秋田の正守護神・田中雄大1人)。5位はJ2から補強した5人全員主力~準主力級の京都。
以下6位FC東京(岡山から徳元悠平)、7位柏(山形から山田康太)、8位札幌(東京Vから馬場晴也)ときて、9位に鳥栖となっている。鳥栖は主力級だけでなく出場時間数の少なかった坂本や樺山もいることと、そもそも試合数の少ないJ3組が2人いるのでこの順位に。
横浜Mは出場時間数は2人で平均1940分と多くはないが、ブレイクが昨季途中からだった井上健太(大分)と怪我もあった植中朝日(長崎)ときっちり有望株を抑えている。さすがは老舗。
最も個人昇格選手を輩出したチームは?
では逆にJ2(J3)からみて、今オフ最もJ1への個人昇格を多く輩出したのはどのチームだろうか?
たぶんあそこですよねー…
ドン!
1位はやはり熊本!しかし同数で山形も1位タイ。東京Vも同じ数字だが新井はポルトガル経由なので実質3位。いずれにしろこの3チームが今季の個人昇格輩出王!
有望な選手が上のカテゴリーへと去っていく悲哀は…(涙)。それは味わった者にしかわかるまいが、優秀な選手を育てられた!ということで前を向こう。
以下4位は3人が去った町田と大分。6位は2人が個人昇格した長崎、徳島、山口、仙台。1人OUTが水戸、甲府、秋田、岡山に、昇格組みの横浜FC、+J3のいわき、藤枝、松本となっている。
こちらも人数ではなく出場時間数の総計をみれば、どれだけ主力を奪われたステップアップしたのがよくわかるようになる。
個人昇格していった選手の総出場時間数ランキング
それがこちら。
1位はダントツで熊本!。5人全員主力中の主力で、PO含めて17935分ぶん(5人が40試合フル出場したくらいの時間)もファンサポーターを熱くさせてくれた選手たちが去った。去年の熊本の大躍進ぶりを示す。
2位山形も山﨑浩介、半田陸、山田康太という主力がステップアップ。半田は下部組織出身でもある。今後大きく成長した暁には「半田は山形が育てた」と叫ぼう。
3位は東京V(5人)で4位は町田(3人)。お互い主力が複数個人昇格したが、町田はポポヴィッチ体制の心臓・背骨のような3人がいなくなった。代わりに血が入れ替わるような大補強を敢行している(J2からもたくさん獲った)。東京VはJ2生活が長くなり「有望選手が出てくるとすぐに奪われる」というサイクルに入って久しい。これがJ2に長く居るということ…(寄り添う気持ちを)。
個人昇格していった選手の平均出場時間ランキング
個人昇格するくらいだから、どの選手も大事な戦力だったのは間違いのだけど、一応1人あたりどれくらい出ていたのかを出してみよう。前提知識として、42試合フル出場で3780分、40試合フル出場で3600分、20試合フル出場で1800分である。
やっぱり熊本が1位!PO~参入決定戦まで45試合戦っているとはいえ、5人とも主力中の主力だったことを物語る。
2位の甲府は名古屋に移籍する山田陸1人だが、40試合出場(1試合は出場停止)という主力の1人。
3位の藤枝はJ3リーグ全34試合フルタイム出場したGK内山圭の数字。移籍先の鳥栖には絶対的守護神・朴一圭がいるが、GKの場合はセカンドキーパー以下の役割も大きいことを鳥栖はよく知ってるのだろう。
4位秋田も正守護神・田中雄大1人の数字。ただし秋田は実は他にも出場時間数上位の主力を同カテゴリーのJ2(町田と東京V)に奪われてしまっている。GKはほ総替え。どうなる?秋田一体。
5位以下もどこも大切な主力級を失ったのは間違いない。元々J1にいてJ2の舞台でようやく開花した選手もいれば、J3→J2とステップアップしてきた選手もいる。アカデミーから育ってきた秘蔵っ子もいる。
それでは最後に個別の数字を見てみよう。
個人昇格選手の個別出場時間ランキング
河原創の4050分というのが意味がわからないが、45試合(リーグ42試合+POと決定戦3試合)フルタイム出場ということ。鳥栖では一体どのような使われ方をするのだろうか…。
2位の山﨑浩介は1試合出場停止があったもののほぼフル出場。J1初挑戦だが、川井監督チルドレンであり、出番はありそう。
3位三竿雄斗はPO含めて全試合出場。キャリアを見れば元々J1を主戦場にしていた選手であり、個人昇格というより個人復帰に近いかもしれない。
その他上位は熊本組が独占。彼らの多くがJ2初挑戦であるとともにJ3から這い上がってきた者たちでもある。
クラブのアカデミー育ちは9位の半田陸や15位の江川湧清ら。J2の厳しい環境でしっかり出場経験を積んでからの個人昇格は、タイミングが合えば大きく伸びるが、さて新天地ではいかに?
8位の山田陸は大宮のアカデミーからJ2大宮→育成型レンタルでJ3盛岡→育成型レンタルでJ3長野→レンタルでJ2甲府→甲府に完全移籍という紆余曲折のキャリアを辿った下剋上型だ。
前回J1所属時は力足らずだったが、J2で成長して個人昇格を果たしたタイプは10位の平戸太貴や20位の山田康太ら。平戸は鹿島ではほぼ出番がなかった。山田は横浜Mや名古屋では才能が開花しきれなかった。しかし両者ともJ2では欠かせない中心選手となってJ1に再挑戦する。
近年「黄金の個人昇格ルート」になってきている大卒1年目からのJ1移籍パターンは14位の橋本健人。ただし特別指定選手として2020年からプレーしているので、「そういえば大卒1年目だったね」という感覚になる。大卒1年目で活躍→移籍は同じ山口の沼田駿也がいるが、こちらの移籍先はJ2の町田である。
今オフ個人昇格随一のヤングプレイヤーは横山歩夢。高卒1年目がJ2松本→2年目がJ3松本→3年目にJ1鳥栖という「3年で3カテゴリー」というキャリアを歩むことになる。
さて、今季は個人昇格組の中からJ1主軸に定着できる選手はどれだけ出てくるのか?J2魂を持つ彼らの動向を注視するとともに、活躍した暁には「○○はJ2が育てた!」とつぶやきたい。