【農業】私のおばあちゃん(続き)#004
祖父が亡くなったのは12年前。夫を亡くし気分が沈むのかと思ったら、そんなこと微塵もなく、「自由を手に入れた!」と言わんばかりにますます元気に過ごしていた祖母。
80代は農作業や身の回りの家事はもちろん、ボケたらあかんからと毎日のウォーキングも欠かさなかった。農作業が落ち着く冬場は、得意の編み物や裁縫に没頭していた。
力仕事などできないことは少しずつ増えていたけど、「そろそろじゃがいも植えたいなあ」「裏の畑すいておいてくれるか」「●●買ってきて」と父や母に都度指示を出し、自分の段取りで日々過ごしていた。
とにかく生きる意欲を絶やさない祖母だったので、きっと最後のその日まで活動的に生きていくんだろうなと周りはみんなそう思っていた。
そんな中、数年前に庭で転んで大腿骨を骨折したのだった。
手術・入院・リハビリを経て家に戻ったものの、そのあたりから少しずつ祖母の様子が変わっていった。
今までなら少々の痛みやしんどさに負けずにウォーキングしたり畑に出たりしていた祖母が、畑に出ることがなくなり、日課だったウォーキングもしなくなってしまった。
少しでも体を動かして筋力をつけないとほんとに動けなくなってしまうよと父や母から何度も声かけをしたけれど、根っから人の意見を聞かない頑固な性格もあり、、、「いいや!」と拒否。
結果、だんだんと行動範囲が狭くなり、最近では一日の大半を寝て過ごすようになってしまっていた。
そんな折、また移動中にまた転んでしまい、今度は逆の大腿骨骨折。
手術・入院を経て、現在リハビリセンターで療養中である。
入院中の祖母のお見舞いに行ったときに、
「おばあちゃん、私、農業の手伝い始めたよ。ぶどう園や畑に出てお父さんやお母さんと一緒にやってるんよ」と話してみたけれど、
ぼんやり私の目を見つめるばかりで、聞こえているのか伝わっているのかも分からない。
あれだけ精力的で意欲的で根性のある人でも、
”老い”は平等にやってくるということを目の当たりにし、
やるせなさというか寂しさのような感情に包まれた。
もう少し早くに私が行動を起こしていれば、祖母は喜んでくれただろうか。
ぶどう園の地面を踏みしめながら、
畑の土をさわること、自分で作った作物で料理することが大好きだったあの頃の祖母に、今の私を伝えることができたらなと、時折目頭が熱くなる。
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