消えないキスマーク 【前編】
狂ったように
口で「する」ことに夢中だった時期がある。
人の体の一部、
しかも体液が出る場所なんて
おいしいわけがないはずなのに
本気で「おいしい」と感じて
悦んで口に含んでいた。
髪や肌をケアするように
舌や唇のケアに熱心だった当時の私は
かなり気味が悪い。
でも、口ですることを通して見える
男の本性やら恥じらいを知ることが
秘密基地にいるような特別な気持ちにさせてくれた。
男と神田で会うことになった、ある夜のこと。
年収2000万以上。
4ヶ国語を操る、
大手企業勤務の29歳。
婚活市場では引く手数多の
超ハイスペック、しかもかなりのイケメン。
会ってみると彼は身長も高く、
前世でどんないいことをしたのか?
と妄想してしまうほど完璧なルックスだった。
「はじめまして。
写真よりもお綺麗ですね〜!」
口癖のように流暢な褒め言葉と
爽やかな笑顔は玉山鉄二に少し似ている。
小洒落た創作料理とおいしいお酒を楽しみながら
お互いの仕事や最近のハマっていること、
恋愛観についても赤裸々に話し合う。
自信満々に過ごす彼と時を共有すればするほど、
彼は遅めの社会人デビューで、
まだまだこれからも遊びたいんだと伝わってきた。
結構ベロベロに酔っているのに
「もう一軒行きましょう」
と頬にキスをされて
「欧米か!」
と少し古いジョークを言って
ケラケラ笑いながら指を絡ませる。
(確か今日の下着、買ったばかりのだったよな)
とぼんやり思いながら二軒目に行き、
彼が言う。
「ホテル取ってるから、おいで?」
海外から帰国したばかりの彼はまだ家を決めておらず
ホテル暮らしをしているらしかった。
ふーん、
会社のお金で暮らしている部屋に女を連れ込むんだ。
かっこわる。
急に目の前の玉山鉄二がブサイクに見えてきた。
曲がったことが嫌いな私は
もう二度と会わないであろう彼を少し懲らしめると
密かに決めた。
るんるんしながら歩く彼。
その横顔を見ながら一緒に私の心も踊っていた。
「ずっと思ってたけど、すごくいい香りだね」
部屋に入るなり
火照った腕で抱きしめられる。
大量のアルコールのせいで
熱くなった手が私の体を貪り、
香りを染み込ませた首筋をすんすん嗅いでいる。
キスはうまかった。
水分がたっぷりのキス。
さっきふたりであけた、メルローの味。
「俺の、デカいけど入るかな」
せっかく気持ちよくなっていたのに
この一言でばちっと目が覚める。
出たよ、自分で言っちゃうやつか。
残念フィールド全開だ。
もはや目の前の男はただの普通の男にしか見えなくなる。
玉山鉄二、似てるなんて思ってごめんなさい。
同時に企んでいた悪戯心を思い出し、
すぐさま作戦実行に移る。
「……舐めて」
その指示が作戦発動を意味する。
プラグスーツは着ていなくとも
こちらの狙撃準備はとっくにできていた。
咥えてしばらくすると、
彼は「なにしてるの?」と少し焦り気味に聞いてきた。
まだ公式の弱いトコしか攻めていない。
嗚呼そうか。
あなたは咥えられることに慣れていないのね。
そこからは彼の声、荒い息継ぎ、
十分な水分を含んだいやらしい音以外
消えてなくなってしまった。
口ですることが好きな女は
果てるタイミングがはっきりとわかる。
力いっぱい喘ぐかわいい声が響くたび、
私は果てるのを止めた。
4度目くらいだったか、
初めて男の潮吹きを見た。
「もう、お願い、いきたい、いかせて、」
虚な目で懇願するので
明日も仕事があるしと、言う通りにした。
あんなにも自信満々だった彼は
魂が抜けた抜け殻のよう。
「なにをされているかわからないくらい、
気持ちよかった」
と言った。
本番が必要ないくらい
この言葉には私も高揚した。
シャワーを浴びるとくーくーと
ぐっすり寝ていたので、
冷蔵庫にあった炭酸水を1本拝借、そして部屋を出た。
汗ばんだ頬に
そっとキスをして。
ところが、
数時間後にはメッセージがきてしまった。
どうやら起きたら私の姿がなかったので
驚いたらしい。
適当に
昨日はありがとうね〜
と返したのに、
何度も何度も着信がきた。
メッセージには
「今日会えないか」と書かれている。
申し訳ないけれど、
会う気はもうさらさらない。
これまでの経験上、
今の気持ちのまま終わったほうが絶対にいい。
女はいつも入れられる側。
今どんなに気持ちが冷めていても、
一番大事なものを入れられたら、
どんな化学反応が起こるかわからないから。
よく沼ってしまう女性の特徴として
ここで自ら会いに行ってしまうのだ。
相手の渦に飛び込んでしまえば
もがいてももがいても、
正常だったときの自分を保てなくなる。
私も完璧な女じゃない。
「もう会わないよ」
の代わりの言葉を幾度返そうとも
彼は懲りずに信号を送ってくる。
わかっているのに、揺らいでいる自分に
嫌気がさす。
いくつかの通知をまとめて開いたときにあった
「あの日が忘れられない」
この言葉には
さすがに鼓動が大きくなる。
寝る前に、
折り返しの電話をすることにした。
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