共同体と架橋の時代 ~養和二年新田信行理事長に学ぶ2~

 世相が養和二年化してきた疫病禍の下「コロナごときで一社たりとも倒産させてはならない」と奔走している人物がいます。第一勧業信用組合新田信行理事長です。氏の考えと昨年開催された0→1Booster Conference 2020での私の発表と共鳴するところがありましたので先達の教えに従い前回は流通経路と資金回転の話=資金回収の話をしました。今回は共同体の意義について大企業とベンチャー企業におけるアクセラレーションプログラムに何が必要なのかの話をしたいと思います。


アントレプレナーは「起業家」ではなく「ネットワークの中心に立つ人」 ──成功条件としての共同体構築 


第一勧業信用組合新田理事長の奔走に学ぶ

 新田理事長のお考えの内スタートアップ界隈にも活かせる点は2つあると思います。


一つは、組合組織の意義です。地域共同体の意義。そしてそのつなぎ手
もう一つは、流通経路は現金化と回転率を握る。

後者について前回述べたので、今回は前者を述べたいと思います。

 新田理事長は組合であることに着目し組合員の相互扶助を実践しています。第一勧業信用組合だけで4万人の組合員。第一勧業信用組合と提携している信用組合が全国で30信組。その加入者合わせると100万人いるので相互扶助の精神で販売経路として活用することで新規事業に乗り出した一融資先のビジネスを融資のみならず販売協力で支えようとしています。運命共同体としての意味をネットワーク組織に見いだしています。

1990年以降ネットワークの時代へ

 前に消えゆく手の時代の紹介をしましたが再度今回との関連要点をおさらいすることにしましょう。

 消えゆく手の時代とは下記を意味しています。
・管理(Management)=見える手概念の終焉
・分散化の時代
・工業化の終焉
・産業立地(工業地帯・都市)という集中化の終焉
・秘匿の終焉
・独占優位の終焉

日本における脱工業化社会論

 脱工業化社会の議論は1963年には始まっていました。梅棹忠夫先生は『情報産業論』(1963)で指摘されています。それのみならず1969年には経済企画庁が『日本の情報化社会』を上梓しており、実は古くから指摘されていました。ところが、1990年以降においても「ものづくり」という工業化思想は継続することとなったことは周知の通りです。

 私は転換期の1995年1月にサービス活動の工業化戦略の終焉という論文を上梓しました。これはハーバード大学のT.Levitt教授のIndustrialization of Service(1976)という主張をもう終わらせようという主旨の論文でした。サービス化や情報化時代に工業化という概念はそぐわないということです。

 工業化の時代は工業地帯が象徴するように集積化し集中化し、労働者が一カ所に集中化するのと付帯産業などが集まり都市が形成されました。工業化=都市化の時代でした。
  このような時代の終焉は、養老孟司先生も2002年に工業化時代の象徴である都市という概念について『「都市主義」の限界』(中央公論新社)を指摘しています。

1990年以降なにが消えたのか

 上記の都市は象徴的ですが、具体的には、同じ時刻に同じ場所に全員が集まり個性を消して標準化で効率よく作業をする。賃金は拘束時間で支払うという産業が消えたということです。


 予備校生だったときに古典の先生が当時大作家がでているCMについて「休んでいるように見えて頭の中は思考を巡らせているだろうね」とおっしゃりました。そのCMは大作家が畳の上に大の字に寝転んで天井を見ながら昆布菓子をひとつまみするものでした。このように前に紹介した情報・知識時代には生産は外観で分かるものではないのです。

 そもそも知識社会における生産工場は各人の頭脳ですから、出勤とは工場を毎朝移転しそして毎夕(いや毎夜か)移転するというとんでもなく非効率であり無効行為だということです。在宅勤務でカメラ監視やPCの画面スクショを回収していたりキー操作を監視するなどの企業があるようです。外観では分からないのに監視する。工業化社会の残滓。
 このような産業形態は1990年以降消失し、あるいは残存していても環境不適合故に淘汰される。それが消えゆく手の時代なのです。


消えゆく手の時代の組織構造

 消えゆく手の時代の組織構造とそこにおける役割と意義について考えることとしましょう。ネットワーク組織に対立する概念はヒエラルキー組織です。競技大会の勝ち抜き戦で用いられる図のように一番上に指揮監督者がいてその下に段階的にぶら下がっている図です。一方消え行く手の時代(もう今日では消えた手の時代)における組織構造は下記の図のような網状に結ばれた組織=ネットワーク組織です。非中央集権組織とも言えます。

画像1

Figure 1. Structural holes in a social network
Adams, M., Makramalla, M., & Miron, W. 2014. Down the Rabbit Hole: How Structural Holes in Entrepreneurs' Social Networks Impact Early Venture Growth. Technology Innovation Management Review, 4(9): 19-27.

 ネットワーク組織の特徴は2つです。
・手の届く距離の共同体
・起業家=その共同体群の間「谷間structural holes」があってこの谷間を取り持つ人と起業家(entrepurunure)です。


0→1Booster Conference 2020にて

 2019年12月4日(水)有楽町国際フォーラムに1000名を超える人々が集いかつ国際的に有名なイノベーターの集まりInov8er's Conferenceも併設された大きな大会でした。その会合で私は、01ブースター代表の鈴木規文氏と対談を行いました。お題は、Corporate Acceleration について。
 何点かの要点の内の一つが、調達という共同体についてです。
・調達経路は試作速度を決めている。
・系列への参入には信用が必要であるが起業家はその信用がない。
・大企業が調達経路の大半をおさえている。そして大企業には信用がある。
・我が国の環境は貸金業(VC等)が金融にのみ特化していて調達協力をしていないのが問題。
・まして、調達と販売を結ぶ役割はほとんどない。
・よって、大企業の保留する起業を加速させる機能は調達と販売経路なのでCAPの要点(大企業に求められる振る舞い)はこれである。

ネットワーク

準垂直統合と学術で言われている日本企業の系列

 浅沼萬里先生は自動車会社の系列を精査して、共同体における相互扶助の精神が本質であると見抜きました。それまでの搾取されるだけの下請企業バッファ論を打破し、中核企業と供給企業の革新的適応メカニズムを明示した研究書です(『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム―長期取引関係の構造と機能』東洋経済新報社 1997)。
 このような共同体の特徴が大手企業とスタートアップの間で必要不可欠なのです。問題はネットワーク組織の最適解が我が国で維持されているのか疑問ですが。

深センにおける共同体と起業家

 Figure 1. Structural holes in a social networkをもう一度ご覧ください。共同体群の隙間を埋めるのが起業家です。この消えゆく手の時代に必要な構造を創っている起業家が深センで活躍しています。ハードウェア・スタートアップ支援を事業にしている現地名Jerald Fuさんです。彼は、「こうした動きを加速するために、本来ならスタートアップが日本国内で金型の製作や組立を担う町工場と組んで進められればいいのですが、実際どうしても動きが遅くなってしまう。日本にはそれを可能にするサプライチェーンやエコシステムが、ほとんどないからなんです。」と語っています。

 我が国でスタートアップが育たないのはこのような環境が消えてしまったからなのです。そして1990年以降このような取引関係が必要であったのに浅沼萬里先生ご指摘の関係は消えていき、全ての取引先は知財も絡め取る存在という荒野が広がりぺんぺん草も生えなくなったと言えます。

エコシステムとは

 今の起業家環境はVCなど融資側面の議論は盛んに行われていても、現金回収の速度に関する協力の議論はされていません。
 わずかにうまく起業家を育てたアクセラレーションプログラムでは大企業が営業協力を惜しまなかった例のみです。極端な例では技術面には無頓着で大企業である自社の信用を基にしたプラットフォーム化に徹している所すらあります。

 大変厳しい禍渦中ですがこのような環境下でこそ新田理事長のような大人物の起業家が多く出てきて活躍する社会の幕開けであることを祈念してこの稿を皆さんに問いたいと思います。

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