ポストジャンル時代
https://www.newyorker.com/magazine/2021/03/15/genre-is-disappearing-what-comes-next
lobstrrでこの記事が紹介されていた。
「ポストジャンル」と言うが、
音楽のジャンルって、そもそも後付けで学者とかマーケットとか偉いさんが便宜上やってる「結果」のものであり、常にジャンルを超える存在が進化させてきたものだと思うのだけど、いまさら何を?
「自分はジャズをやってるつもりはないけど、今の業界が分類するためにはジャズに定義づけされるしかない」みたいなことを上原ひろみも言っていた。
もちろん、ララランドみたいに、the Jazzに固執して表現をしたいという入り方もある。けど、実際ララランドの劇中にどれだけthe Jazzの音楽が抜けて使われていただろう。
ショパンはショパンだし、ベートーヴェンはベートーヴェン。
絵画や文学も、というか、カルチャーってそういうものなんじゃないかと。
ではなぜ今この話か。
世に出てから一人一人に届くまでの時間が、今までよりも大幅に短くなったことに起因していそう。
いまや語り手と受け手が直接繋がる時代。マーケットのコントロールが効かないし、受け手はアウトプットされた作品だけじゃなくてその人自身のもつ世界観を消費している。
こうなるとジャンルに囚われた生き方をしていても面白くなさそうだし、ジャンルというものが意味をなさなくなるだろう。
じゃあ音楽ストリーミングサービスとして何ができるか。その打ち手の一つとして、プレイリストの共有がありそうだ。それぞれが「かっこいい音楽」だと思うものを共有して、曲同士が繋がって、新しい発見に繋がる。このネットワーキングをAIが学習していくイメージは持てる。
あとは音楽を聴いているときの環境を読み取れるような仕組みができれば、この雰囲気でこういう楽曲が好まれるというデータになるだろうか。どうやんのか知らんけど。
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